〈幕間2〉とんぼ玉
「いいかい? まずは安全第一だ。この眼鏡で目を守りなさい」
思い立ったらどうにも止まらなくなったクリス。
帰宅するなり執務室の父ノアの元へ押しかけ、キアラのグラスホルダーを作りたいと懇願した。
苦笑するノアに、なおもとんぼ玉の作り方を教えて欲しいと言い募る。
最後には「次の休日に淑女教育が終わってから、工房に行こう」と約束を取り付けた。
そして、工房でのノアの第一声が保護眼鏡の着用だった。
とんぼ玉は温度の加減が難しい。
温めすぎても急激に冷ましても割れてしまう。
火で炙っている最中に割れると破片が飛んでくる可能性がある。
「焦ったり、慌てたりは厳禁だ。ランプワークの前に鉄芯に離型剤をつけておこう」
とんぼ玉は鉄芯に、溶かしたガラスを巻き付けていく。
離型剤は鉄芯から冷えて固まったガラスをきれいに剥がすために必要な物だ。
一本一本均等に離型剤の入った瓶に差し込んでいく。
離型剤の乾燥を待つ間にフイゴの操作を覚える。
右足でペダルを踏むと送り出された空気が、金属の缶で圧縮される。
それによって、その先にあるアルコールランプの火を強めるのだ。
感覚を覚え、次の工程に移る。
ランプでガラス棒の先端を作りたい大きさの分だけ溶かす。
鉄芯もランプの炎の中に入れくるくると回し、溶けたガラスを巻き付ける。
均等に巻けたら、鉄芯を回しながら火の温度の低い下の方へ。
さらに側面へと移動させて、ガラスが動かなくなったら徐冷材の中に入れる。
しばらく冷ました後、徐冷材から取り出し鉄芯から外せば完成だ。
「どうだい? いびつになるのは温度調整が出来てない証拠だ。とにかく慌てないこと」
クリスが徐冷材から覗く鉄芯を見つめていると、ノアが注意を促した
「⋯⋯ふふ。やり甲斐がありますね。頑張りますわ、お父様」
ノアに見守られながら、さらに離型剤をつけた数本の鉄芯を一つずつ丁寧に仕上げていく。
なかなか思ったようにいかないが、少しずつコツを掴む。
くるくると鉄芯を回す。
溶けたガラスを巻きつける。
とんぼ玉では無いけれど、クリスは幼い頃に見た風景を思い出す。
自分で出来る様になった事に感動した。
すべてに巻き付けが終わり、固まるのを待つ。
その間に職人の熟練の技を見せてもらった。
髪には白いものが混じり、顔に深い皺を刻んだ老人だが、まだまだ現役だ。
クリスは一色だけの模様のない基本を作ったが、職人はそこに別の色で模様を入れていく。
幼い頃と同じ感動。
いや、難しさを知った今はそれ以上だ。
「お父様、やっぱりガラス細工は素敵ですね。美しさも、思う通りにいかない難しさも」
「そうだな。だからこそ、私は彼らを守りたい」
「嬉しいねえ、いい領主様だ。そういや、先代の男爵は今どうしてなさるんですか?」
作業の途中だが、職人ヴォイテフが口を挟む。
「現役時代から美しい物の話を聞くと、飛んでいってしまって落ち着かない人達だが、今はそれ以上だよ。たまに手紙が届くだけで何をしているのか。少し前はフローレスに行こうかなんて書いてあったが⋯⋯」
クリスは祖父母と一緒に暮らした記憶があまりない。
ノアが爵位を継ぐまではかろうじて同居していたが、領地で何かあってもまず領主を探し出すところから始めないとならない様な人達だった。
フローレスは王都から馬車でひと月程かかる南の最果ての地にある。
神殿以外は小さな集落があるだけの場所だ。
何に心奪われたのか三人には分からなかった。
そうしているうちにクリスの作ったとんぼ玉が冷えた。
クリスはおそるおそる徐冷材から取り出す。
作るうちに精度が上がっている。
最後の一本はなだらかな曲線を描いていた。
「やったぁ!」
両手を挙げて喜ぶクリス。
「クリス、淑女はどこへ行ったのかな?」
ノアが笑いながら言う。
「あ、あー。やりましたわ!」
「ブフッ。なんですか、それは。お嬢様」
ヴォイテフが堪らず噴き出した。
「学園で上位貴族と接する機会が多くなったのでね、最近、淑女教育をしているんだよ」
「ブジェフで走り回ってたお嬢様がねぇ。そういや、少し背が伸びましたかい?」
「もうっ! わたくしだってもう十五歳ですのよ。ミニュスクール公爵令嬢に気に入っていただけましたの。早く大人にならないといけないのです」
体型は仕方無いにしても、所作や精神的な成長は早めないと、という焦りはある。
セーレナの卒業までに何かしらの形を残さねばならない。
楽しいと苦しいが表裏一体な感じだ。
「クリス、焦ってはだめだ。とんぼ玉と同じだよ。慎重に一歩ずつだ」
ノアはクリスの顔を覗き込み、幼い子供にするように頭を撫でた。
ノアはずっとそうして来たから気付いていないかも知れないが、クリスはちょっと不満だ。
子供扱いしているつもりが無いのをクリスは分かっているので、怒るに怒れない。
「旦那様、お嬢様は子供じゃないんですから」
クリスが躊躇しているのを察したのか、ヴォイテフが指摘する。
ノアは慌てて手を離した。
「私にとってはいつまで経っても可愛い娘だよ」
ノアはそう言った後もブツブツと「殿下、手が早すぎないか?」と小声でボヤいていた。
自分が一学年の時には、キアラと交際を始めていたのを棚に上げて。
「次は模様の入れ方を教えて下さい。伺う前に連絡しますね」
クリスはヴォイテフに頭を下げる。
「ああ、いつでも。俺はもうほとんど店番だ」
「これ、貰って行ってよろしいかしら?」
失敗作も含め、完成品を手の平に乗せた。
「ああ、俺が作ったのも持っていくといい」
ヴォイテフは小さな革袋に、先程作った見本品を入れた。
「ありがとう」
受け取り、自分の物もコロコロと中に入れる。
初めてとんぼ玉を作った記念に。
初心を忘れない様にする為に。
──お母様に贈るグラスホルダーへの第一歩。




