〈幕間6〉 坊っちゃん
フラッハ・フェンにとってのアルドー・ルカ・マグノリアは、“将来仕えるべき人物”と言うより、“なんかちょっと保護しておかないとまずい奴”だ。
『教育』の主家フルーメン伯爵家の次男として生まれたフラッハは、学園か平民向けの学校の教員になる将来しか無かった。
だからといってフルーメン伯爵家を継ぎたいわけでも無く、単純にその職業に魅力を感じなかった。
一応、伯爵家の方針で体術も習ってみたが、これも全く興味が湧かない。
妹のペールがポンポン飛び跳ねて体術を操るのを見て、感心した程度だった。
アルドーを初めて認識したのは、学園入学後の図書館。
十歳で貴族の仲間入りをした子供たちのお披露目が王都で祝われるが、その時の祝宴で会った覚えがない。
何しろ初めての王城で、目に映るものすべてが珍しくてたまらなかった。
親の手を離れ、(のちに判ったが)王妃の庭に紛れ込んでいた。
警備兵に手を引かれて祝宴会場に戻された。
フルーメン伯爵にたっぷり叱られ、早々に帰宅した。
なかなかどうして落ち着きのない子供だったが、育つにつれ活字を追う趣味に出会い、本の虫となった。
学園に入学する頃にはすっかり活字中毒になっていた。
入学式も教室でのオリエンテーションもサボり、図書館にいた程だ。
これも流石に学園からフルーメン伯爵に連絡が行き、こんこんと説教を受けた。
その後の教室内でもひたすらに本を読み続け、アルドーの事など眼中になかった。
そんな訳で、同じクラスにいるはずの第二王子アルドーと、王太子の婚約者セーレナ・ラティオが、図書館で小声で揉めているのを目撃したのが初めての出会いだ。
静かに、だが強く詰問するセーレナと、目を泳がせながら頭を下げるアルドー。
一体どちらが王族なのか。
ペコペコ頭を下げるアルドーが面白くて、肘をついて見入ってしまった。
苛立ちが隠せない様子だが、礼儀正しくフラッハにまで礼をして立ち去るセーレナ。
それを見送るアルドー。
セーレナの後ろ姿を見ていたら、音もなくアルドーが近寄ってきて「すまない。うるさくして」と、謝罪した。
王族が、謝罪。
眉を下げて情けない顔で。
──側で見てないとまずくない?
何故かそう思ってしまった。
それ以来、フラッハはアルドーの“自称”お世話係になった。
アルドーは自分以上に本の虫で理屈っぽい。
それを指摘すると、シュンとして目も当てられない状態になる。
人付き合いもあまり得意ではなさそうで、本に逃げ込む事もある。
手のかかる奴だが、なんかちょっと可愛い。
女子生徒の熱い視線に無関心で、セーレナだけがまともに話せる女性だ。
──何で王太子の婚約者なんだろうなあ。気が合いそうなのに。何と言っても美人、かつ可愛い。
などと思っていたら、最終学年の春、アルドーに初恋が訪れた。
ベタ惚れである。
侍従見習いでアルドーの自室に出入りする機会が増えて、遠慮もなく部屋に入るとソファの上でもんどり打っていたりする。
お相手は『芸術』の『春の顔見せ』で出会った一学年の男爵令嬢。
身分的にどうかと思っていたが、それ以上に出自と『内務』とのいざこざで問題があった。
アルドーは初めこそセーレナの力を借りなければうまく捌けない状態だったが、だんだんと自力で解決出来るようになっていった。
──ああ、坊っちゃん。成長されましたな。
すでに侍従気分だった。
だが、男爵令嬢クリスに逃げられそうになるという、特大な問題浮上で一肌脱がねばならなくなった。
しかも階段で、出会い頭に。
──まったく世話の焼ける坊っちゃんですこと。
フラッハは可愛いアルドーの為に仲を取り持つ。
そんな苦労をしながら見守り続けたアルドーが、生命の危機に瀕している。
──冗談じゃない。
フラッハは憤る。
だが、アルドーは安全な場所で未来の王妃を護れと言う。
確かに自分が出ていったところで、何の役にも立たない事は解っている。それでも心配で仕方が無い。
セーレナの差配で学園内の『部門別発表会』は恙無く進行した。
式典会場を区分けして、ほとんどがパネル展示だ。
例年通りなら開会式も、『芸術』の楽奏も会場の壇上で行われるはずだった。
しかし、今回のジュゼッペの捕獲という王家による作戦で、そのどちらもが王城の聖堂で行われる事になった。
ジュゼッペの狙いは王権の奪取。
しかも今回は『芸術』の元主家の令息を使って、アルドーの命が狙われている。
アルドーの事だ。自分の体を張って捕まえようとしたりするに違いない。
そう、フラッハはアルドーをまったく信用していなかった。
二学年までのアルドーなら、全部軍と神殿長任せにしただろう。
だが、今は違う。
クリスの為なら何でもしそうな勢いだった。
案の定、アルドーは足を撃たれた。
王妃の許可が下りて、フラッハは王城の医療室へ行く。
馬車に乗っている間も、王城内を移動する間も、とにかく頭に血が上っていた。
「何やってんだよ! 何が私は大丈夫だ!」
治療室のドアを叩き、叫ぶ。
異変に気付いた神殿長が出て来て「治療は楽だ」「回復したら連絡する」と言う。
──良かった。いや、良くない。
ずっと腹を立てたままだったが、ふとそこで側にクリスがいる事に気付いた。
一部始終を聞いた。
憤ったままのフラッハを、クリスは宥めた。
自分の方がフラッハより危険な目にあったというのに。
死をも覚悟していたと言われ、頭が冷えた。
何故自分はこんなにまで腹が立ったのだろうか。
フラッハは改めて考えた。
──蚊帳の外に置かれたのが気に入らなかったんだ。
アルドーの側にいすぎて、全部の問題を共有している気になっていた。
クリスとの仲を取り持てば、アルドーが喜ぶと思ってやっていたが、いざ二人がうまくいくと疎外感を覚えていた気がする。
──いつまでも子供なのは自分じゃないか。
アンバーブロウ邸へ着く頃には怒りは鎮まり、むしろ落ち込んでいた。
フラッハはクリスに謝り、一人馬車の中で溜息をつく。
「あー、何やってんのかなあ。私は」
でも、やっぱり、無鉄砲なアルドーには説教しないとだめだ。
クリスが見守る医療室で目覚めたアルドー。
いきなりくちづけしてる。
侍従長が右往左往している。
こんなに手が早い奴だとは思ってなかった。
──まったく困った坊っちゃんだ。
あまり叱らないでとクリスに言われたが、甘やかしてはいけない。
クリスが婚約者候補になったと言って喜ばせてから、充分に言い聞かせないと。
ニヤリ、とフラッハは笑う。
「さ、これからは説教です。覚悟して下さい」




