第60話
背後には、腰へ突きつけられた剣先。
目の前では、聖騎士がゴブリンの群れに囲まれ、まるで不良にリンチされるみたいに蹴り回されていた。
しかも、どこからともなく――
『がんばれ〜! がんばれ〜!』
なんて応援の声まで飛んできている。
さらに頭上では、ポチが配信コメント欄いっぱいに流れる『wwwww』を、容赦なく私へ見せつけていた。
「……こんな状況で、なんでみんな笑ってるのぉぉぉぉぉぉ!!」
コメント欄の笑いは、さらに加速した。
私は完全に心が折れて、顔を覆う。
……ほんと、忘れられない冒険になった。
本当は、神代の前で“自分たちにも人を見る目がある”って証明したかったのに。
まさか、数いる冒険者の中からピンポイントで“最悪の三人”を引き当てるなんて。
しかも、その全部が配信で世界中に流れた。
……もういっそ死にたい。
「まあ、これは別にあなたたちだけが悪いわけじゃないわよ。初めてダンジョンに入る新人って、一回はこういうのに引っかかって覚えるものだし〜」
神代は剣の柄へ手を添えたまま、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「……何する気?」
黒衣の剣士が脅すように、私の背中へさらに剣先を押しつけた。
「モンスターを相手しろ! でなきゃこいつを殺す!!」
それでも神代の足は、一切止まらない。
腰の長剣が、静かに抜き放たれる。
赤い長髪がふわりと浮かび上がり、剣身から紅い光が滲んだ。
「私の雇い主を脅したのは、失敗だったわね」
「……止まれ!! これ以上近づいたら、本当にお前の雇い主を殺すぞ!!」
「ふふ……」
その瞬間。
神代の姿が、視界から消えた。
「せいぜい祈ってなさい。私の剣のほうが速いことを。
もし彼女に血でも流させたら……
神様でも、あなたは助けられないわ」
キィンッ!!
火花が散る。
黒衣の剣士――いや、指名手配犯さんの剣が、一瞬で弾き飛ばされた。
「レイアン・スマ。レベル19、職業は剣士。……やっぱり情報通りね」
次の瞬間には、神代の剣がすでに男の首筋へ当てられていた。
「予想通り、弱かったわ」
黒衣の剣士はその場へ膝をつき、青野に両手両足を縛られていく。
そこでようやく、私は我に返った。
ばっと神代を振り向く。
「もし情報が間違ってたらどうするつもりだったの!?!?」
「まあ、あなた残機あるし〜」
「めちゃくちゃ痛いんだよ!? 絶対痛いんだよ!? 賞金から差し引くからね!! 賞金カット!!」
「そんな細かいこと気にしないの〜」
……くっそぉ!!
神代はにこにこと笑いながら、人差し指を立てた。
「あとで私の料理、食べさせてあげるわ」
「……えっ。ふ、ふーん……なら……まあ、許せなくもないけど……」
「うん。私の料理、食べた人みんな幸せすぎて言葉失うのよね〜」
……言葉を失う?
さっき見たこいつらのプロフィールを思い出して、私は“言葉を失った理由”のほうをものすごく疑った。
とにかく、もうこの迷宮は攻略続行なんて無理。
一回外に出て、パーティを組み直すしかない。
「えぇ〜? もう続けないの〜?」
応援の声が止み、闇の奥から不満そうな声が漂ってきた。
「このまま続けて、お前にドロップ品だけ横取りされるため?」
私たちは縛り上げた指名手配犯を引きずりながら、出口へ向かう。
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
ゴブリンの群れの中から、聖騎士の悲鳴が響いていた。
とはいえ、聖騎士には回復スキルがある。
治癒を連打しながら、本人も必死に出口へ向かって這ってきているので、実際そこまで重傷ではない。
「自力で這い出してきなよ。これは嘘ついてた罰だから」
私はぷんっと顔を背けて、もうあの男を見ないことにした。
――けれど。
ダンジョンを出る、その直前。
私はふと立ち止まり、ぎゅっと拳を握る。
「もし、私たちが新しいメンバー集め終わるまでに自力でここから脱出できて……そのうえで、もう二度と嘘プロフィールで人を騙しませんって騎士の誓いにかけて約束して、今まで騙した相手全員に謝って、ちゃんと埋め合わせするなら……もう一回くらいなら組んであげてもいいよ」
「えぇ〜、まだこんなの入れるの?」
青野が頬を膨らませる。
私は小さくため息をついた。
「でもさ……あの人、飛び出す時だけは一切躊躇しなかったじゃん。殴られるの分かってても、ちゃんと攻撃引き受けようとしてたし……なんか、そこまで悪い人にも見えなくて」
神代は肩をすくめる。
「まあ、サボって寄生して報酬だけ掠め取るのも十分罪だけど、この子の場合は“弱さ”を隠しきれてないから、即バレするタイプなのよね。だから実際には寄生も成立しない。……うん、私が見てきた冒険者の中では、まだマシな部類」
「神代が今まで見てきた冒険者、どんだけ終わってるのよ……」
青野が呆れたようにツッコんだ、その瞬間。
転送が完了した直後――
耳元で、無数の抜剣音が一斉に鳴り響いた。
ざりっ、と。
数十人の冒険者たちが、隙間なく包囲陣を形成している。
私たちを、完全に取り囲むように。
そして、その先頭に立っていたのは――
以前、私が顎をL字型にへし折った、あの金髪女だった。
神代は両手を軽く広げる。
「……ね? こういうクズ」




