第4話
[私が狂ってるのか……それとも、この世界が狂ってるのか?]
[この配信者……ダンジョン産の劇毒ゴンズイを、素手で掴んでるんだけど!?]
[終わった!!誰か!!救急車呼んで!!]
[人が死ぬぞおおお!!]
「ん? そんなに危ないの?」
初めて見る魚だったから、どうして配信のコメント欄がこんなに騒いでいるのか、まったく分からない。
「すごい……こんなに小さい魚たちが、絡み合って……ひとつの球みたいになってる……」
危険なんて、まったく感じなかった。
それどころか、この黄白の縞模様の小魚たちは、すごく可愛く見える。
私はそっと両手で包み込む。
手のひらの温もりのせいか、小魚たちは少しずつほどけていき――
ぴょん、ぴょん、と跳ねながら海へと戻っていった。
……止められない。
小さすぎるし、体の表面はぬるぬるした粘液に覆われていて、まったく掴めない。
それに、このサイズの幼魚って……食べちゃダメなサイズだよね、これ。
気がついたときには――
手のひらには、小さな粘液だけが残っていた。
なぜか分からないけど、その粘液は――
触れた瞬間、妙に気持ちよくて。
思わず、手の甲に塗り広げてしまった。
[????]
[WTF??????]
コメント欄が、一瞬で疑問符に埋め尽くされる。
[ちょっと待て!?ゴンズイの毒粘液を素手で塗ったぞ!?]
[ゴンズイ?毒粘液?何それ?本当なの?]
[魚詳しくないけど……全然苦しそうに見えないんだが]
[むしろ気持ちよさそうなんだけど!?]
半信半疑のコメントが流れていく。
[知らない人向けに説明する――
ダンジョン産ゴンズイの粘液には、大量の毒針細胞と毒性タンパクが含まれている。
人間が触れれば激痛。蜂の百倍レベルの痛みだ。
しかも、接触部位は壊死する!]
[俺それやったことある……一週間入院した……マジで、ずっと電撃と灼熱を同時に食らってるみたいで……痛すぎて気絶するレベルだった……]
[この動画見てるだけでPTSD来たんだけど]
「えっ……そんなにヤバいの?」
塗る手が、ぴたりと止まる。
私はそっと手を持ち上げて、目の前でじっと見つめた。
……そして。
うっとりしたまま、そのまま頬へと塗り広げる。
[????]
[??????]
コメント欄が、完全に壊れた。
流れてくるのは、ただ無数の疑問符だけ。
でも――
そんなこと、どうでもよかった。
だって……
気持ちよすぎる!
まるで、無数の小さな精霊の手に撫でられているみたいに。
くすぐったくて、ふわふわして、ずっと触っていてほしくなるような感覚。
目の前に、次々とステータス表示が浮かび上がる。
[腕/顔の皮膚細胞健康度+100(永続)]
[痛覚耐性+100(1週間)]
[神経系強化、反射遅延-0.03秒(永続)]
[防御力+5]
……すごい。
なんだか、体が軽くなった気がする。
それに――反射遅延が減るってことは。
危険に対して、もっと早く反応できるってことだよね?
「全部逃げちゃったのは残念だけど……まだお腹空いてるし……釣り、続けよっか」
粘液はすっかり吸収されたみたいで、肌はしっとりして、なめらかになっている。
私はもう一度、釣り竿を構えた。
ここは美容配信じゃないし。
……お腹、まだ空いてる。
[いやいやいや、普通に続行するな!?]
[救急車いらないのかよ!?]
[無理してるだけだろ!?痛いなら叫べって!!]
[頼むから病院行ってくれ……課金するから……スマホの中で死なないでくれ……]
「……大丈夫です。私のスキルなら、こういう毒は平気なので。ほんとに大丈夫です……」
「あと、絶対に真似しないでくださいね!」
ひゅっ――
釣り針を投げる。
初心者には“ビギナーズラック”があるって、聞いたことがある。
……どうやら、まだ続いてるみたい!
「来た!」
二匹目!
一瞬のチャンス。
でも――
さっきより、体の動きが明らかに速い。
私はその瞬間を、正確に掴み取った。
ぐっと、竿を引き上げる。
今度は、小魚じゃない。
夜でよく見えないけど……少なくとも、手のひらよりは大きい。
食べられる!
ごぽ……ごぽ……
……違う。
お腹じゃない。
魚が、鳴いてる?
しかも――
体が、みるみる膨らんでいく。
膨張……?
「フグ!!」
フグだ!
一口で成人十人を殺せるほどの猛毒を持つ――ダンジョン産の劇毒フグ!
やった!!
ついに釣れた!!
[フグ!?]
[終わったあああああ!!]
コメント欄が、一斉に絶叫で埋め尽くされる。
私は慎重に針から外し、そのまま一気に海岸から距離を取った。
さっきみたいに逃がしたら困るし。
[マジで食う気か!?]
[それだけはやめろ!!]
[お願いだから死なないでくれ!!俺のスマホの中で死ぬな!!俺のスマホを事故物件にするな!!]
[通報しろ!!]
[G172の古代灯台エリアだろ!?近くの奴、止めに行け!!]
[今向かってる!!待て!!]
「通報は本当にやめてください!大丈夫ですから!」
え、ほんとに来るの!?
まずい……
捕まったら、食べられない。
こうなったら――
刺身しかない!
フグ、食べたことないけど……
そのまま齧れば、いける?
がぶっ――
……硬っ!?
皮、硬すぎる!
無理、全然噛めない!!
どうしよう、どうしよう……!
焦っていると、そのフグが口を開き――
中で、紫色の光が急速に集まっていく。
[避けろ!!ダークショットだ!!]
ドンッ!!
――間に合う。
今の私は、すごく冴えてる。
反応も、速い。
完成する前に、思いきり蹴り飛ばした。
暴発した魔法が、口の中で炸裂する。
空気が、じんわり熱を帯びる。
……動かない。
死んだ?
しかも――
自分で焼けた……?
ちょうどいいかも。
魚の締め方、分からなかったし……
うぅ……ありがとう、フグ……!
私は急いで回収し、ナイフと簡易調理道具を取り出す。
皮を切り裂き、身をいくつか取り出す。
時間がない。
転送陣の方から、人が走ってきてる――
私は魚肉をつまみ上げて、口を開いた。
目を閉じる。
あむっ――
……
……
……
頬を、涙が伝った。
「……なんで……」
「……こんなに、美味しいの……?」




