第1話
「……あの子、だよね……」
「そうそう。適性検査のとき、覚醒ポーションを全部飲み干したのに、有用なスキルがひとつも出なかったっていう……」
「え……それ、ちょっと可哀想すぎない……?」
「もし自分だったら、たぶんもう耐えられないと思う……」
私はぐったりとしたまま、机に開いた教科書へ顔を埋め、両手で耳を強く塞いだ。
……そう。あの子っていうのは、私のことだ。
今日はスキル測定の日だった。
覚醒ポーションを飲めば、自分の持つスキルが顕現する——それがこの世界の常識だ。
一本目を飲んだとき、確かに私の体は光に包まれた。
ちゃんと“覚醒した”はずだった。
なのに——
二本目を飲んだ瞬間、どうしてあの光は、まるで嘘みたいに消えてしまったの?
……おかしい。どう考えても、おかしい。
もしかして、本当に——私にはスキルがないの?
「静かに」
担任の先生が教室に入ってきた。
眼鏡を指で押し上げながら、先生は教卓の上に置かれた分厚い報告書の束を持ち上げ、生徒たちを見渡す。
「諸君のスキル結果は、すでにすべて記録済みだ。来週には、それぞれ冒険チームへ配属する」
「どんなスキルであっても、落ち込む必要はない。戦闘に向かない場合でも、後方支援という重要な役割がある……ダンジョン攻略においては、後方も前線と同じくらい大切だ」
「先生、じゃあスキルがない場合はどうなるんですか?」
……ぼさぼさの爆発頭の男子が、空気も読まずに大声でそう言った。
その瞬間、教室中の視線が一斉に私へと突き刺さる。
私は床のひび割れを見つめながら、今すぐそこに潜り込んで消えてしまいたくなった。
「お前——」
ドンッ!
「お前はバカか!!」
先生が言い終える前に、拳がすでにその男子の顔面に叩き込まれていた。
続いて、消しゴムや教科書、ペンケース、さらにはどこから飛んできたのか分からないスリッパまで、次々と爆発頭へと降り注ぐ。
教室中の生徒がほぼ同時に暴走状態に入り、収拾がつかなくなる。
通りすがりの犬ですら、立ち止まってその男子に向かって吠えていた。
「人がこんなに落ち込んでるのに、なんでわざわざ蒸し返すのよ!」
「Sランクの鋼皮膚だからって、調子に乗ってんじゃないわよ!」
「バカ!これでもくらえ!」
「ちょ、ちょっと待って!やめて!俺、もう大丈夫だから——!」
後ろの席で繰り広げられる惨状を、私は苦笑しながら眺めていた。
……なんだか、少しだけ救われた気がする。
「はい、そこまで。静かに!」
先生が机を叩いて、ようやく騒ぎを収めた。
「ダンジョンが地球に出現して以来、スキルを持たない例はこれまで確認されていない。今回の件については、覚醒ポーションの不具合である可能性が高いと学校側は判断している」
「水瀬さん、あまり心配しなくていい。現在、検査機関が原因の特定を進めている。それに……仮にスキルがなかったとしても、問題はない」
「この世界には、スキルに頼らない仕事も数多く存在する。たとえば——配信、などだ」
「……はい」
私は小さく頷いた。
「では、本日はこれで終了だ。各自、進路について家族とよく話し合っておくように」
「また来週」
◇
どうやって教室を出たのか、よく覚えていない。
周囲からは、同級生たちの心配そうな声が途切れずに聞こえてくる。
けれど、それは何の慰めにもならなかった。
……むしろ、余計に苦しくなるだけだった。
三年前——地球各地に、危険区域が出現した。
人々はそれを「ダンジョン」と呼んだ。
ダンジョンの中では、地球上では生成できない不思議なアイテムが手に入る。
生活を便利にするものもあれば、人間の身体能力を向上させるもの、さらには科学技術の進歩を飛躍させるものまで存在している。
そして——ダンジョンの出現と同時に、人類は“スキル”と呼ばれる力を覚醒し始めた。
すべての人間は、生まれながらにひとつのスキルを持っている。
覚醒ポーションを飲めば、それが顕現する。
それは、ダンジョン探索において極めて重要な要素だ。
……だけど。
どうやら、その“人類全体の進化”は——私だけを置いていったらしい。
……はぁ。
本当は、スキルを覚醒させてダンジョンに入り、生活を少しでも楽にするつもりだったのに。
全部、台無しだ。
来月の家賃もどうするか分からない。
スキルがないと助成金も打ち切られるし、電気代だってかかるし、AIアシスタントの利用料金も——
「Chatgpt、もう無理。いっそ私を終わらせてよ」
【まず第一に、私はあなたに危害を加えることはできません。
第二に、私はChatgptではありません。あなたが私に付けた名前は「ポチ」です。私はあなたのアシスタントです。
現在の発言には危険性が含まれています。これは一時的な情緒低下による衝動である可能性が高いため、注意を喚起します。
では、深呼吸を行いましょう。
4秒吸って、2秒止めて、6秒吐きます。
もし自傷の衝動がある場合は、以下の相談窓口に連絡してください。
こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556
または「いのちの電話」……】
「はいはいストップ!もういいって!そういうのはいいから、もっと現実的な話して。来月の課金、払えないんだけど」
【了解しました。問題の主因は経済状況にあると推定されます。
あなたのスキルが[未検出]であることを考慮し、スキルを必要としない職業を提案します。
1.ダンジョンアナリスト
2.トップ攻略者のマネージャー
3.配信活動】
「配信……?さっき先生も言ってたけど……」
「でも、私……歌も踊りもできないし、ダンジョンも攻略できないのに……何を配信すればいいの……?」
暗いワンルーム。
ベッドの上に座り込みながら、私はぼんやりと考え込んでいた。
……そのとき。
突然、部屋いっぱいに強烈な光が溢れた。
え……ちょっと待って、この光って——
まさか……
覚醒のエフェクト!?
【通知:覚醒ポーションの反転効果「覚醒抑制」タイマーが終了しました】
——え?
今の声、なに?
誰……?
誰が、話してるの……?




