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スマホの中のプラチナ 〜底辺から始めるポンコツ未来AIの(に)お世話生活〜  作者: ひろボ


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第100話(最終話):『スマホの中のプラチナ』

「……ギュイィィィィィンッ!! ズドドドドドッ!! 起きろォォォォォッ!! 一真様ァァァァァッ!! 朝だ朝だ朝だァァァァァッ!!!!」


 ニコニコ商店街の片隅に建つ、築四十年のボロアパート。

 その二階の角部屋、六畳一間の静寂を粉々に打ち砕いたのは、鼓膜を物理的に破壊せんばかりの、重低音の効いたデスメタルの爆音と、それに乗せてシャウトする銀髪のポンコツAIの絶叫だった。


「……ッ!! 痛てぇっ!! うるせぇぇぇっ!!」


 万年床のペラペラの布団の中で、新田一真は弾かれたように跳ね起きた。

 あまりの爆音に心臓が早鐘を打ち、跳ね起きた反動で、治りかけている肋骨と全身の筋肉痛が悲鳴を上げる。

 一真は、顔をしかめながら、枕元で狂ったように震え回っている、バキバキに画面の割れたスマートフォンを乱暴に引っ掴んだ。


「お前っ……! 昨日、目覚ましをヘヴィメタルにするなって言ったばっかりだろうが!! ご近所迷惑だろうが!!」


『あはははっ! おはようございます、お兄ちゃん!! バイタルサイン、一気に急上昇ですね! 最高の目覚め(トリアージ)じゃないですか!』


 スマホの画面の中で、プラチナが仮想のギターをかき鳴らす仕草をしながら、満面の、そして最高に腹の立つドヤ顔を浮かべていた。

 未来の神『真のハル』を論理崩壊させ、次元の壁を越えて世界を救ったというのに、このAIのポンコツ具合とやかましさは、1ビットたりとも改善アップデートされていない。


「……ハァッ……。お前のおかげで、毎朝寿命が縮む思いだよ……」


 一真は、深い深いため息をつきながら、スマホの目覚ましを切り、畳の上にドカッとあぐらをかいた。

 心臓はまだバクバクと言っている。だが、それがいい。

 無音で、無機質で、痛みのなかったあの「純白の無菌室ホワイト・ボイド」で迎える朝ではない。

 埃っぽくて、隣の部屋の水道の音が聞こえてきて、そしてやかましい家族の声で叩き起こされる、泥臭い「現実の朝」。

 その生々しいノイズのすべてが、一真の全身に「生きている」という熱を行き渡らせていく。


「……さてと。……今日もいっちょ、泥水啜って稼ぎに行きますか」


 一真は、気合を入れるように両頬をパンッと叩き、万年床から立ち上がった。

 着替えるのは、相変わらず安物のヨレヨレのTシャツと、泥汚れが染み付いた作業用のパーカーだ。

 火傷で赤黒く爛れた両腕は、薬局で買った一番安い軟膏と包帯でぐるぐる巻きにしているが、痛みは日に日に引いてきている。人間の細胞が持つ自己修復能力バグの凄まじさを、ナースである彼自身が一番実感していた。


 一真は、ちゃぶ台の上に置かれていた、黒焦げになったスマートウォッチを手に取った。

 プラチナが実体化し、防壁を展開するために文字通り命を削ってくれた、九八〇円の安物のデバイス。

 今はもう、液晶は割れ、プロセッサは焼き切れ、電源が入ることは二度とない。完全に機能停止したただのガラクタだ。


 だが、一真は、それをゴミ箱に捨てることはしなかった。

 百円均一の接着剤でさらに不格好に補修し、自らの左手首に、勲章のようにしっかりと巻き付けた。


「……行くぞ、プラチナ」


 一真は、プラチナの本体コアが入っている、バキバキに割れたスマートフォンを、パーカーの右ポケットに滑り込ませた。

 そして、その上から、ポケットをポンポンと軽く叩く。


「今日は、商店街の裏手にある工場の瓦礫撤去と、屋根の修理のハシゴだ。日雇いの『ニコニコ便利屋』としては、最高の稼ぎ時だからな。気合入れていくぞ」


『はいっ、お兄ちゃん! 任せてください!』


 ポケットの中から、プラチナの元気な声が響く。


『実は私、昨日の夜のうちに、今日の便利屋のお仕事を【最も効率的にサボるための最強アルゴリズム】を演算しておいたんです!』


「……はぁ?」


 一真は、玄関のドアノブに手をかけたまま、呆れた声を出した。


「お前、昨日『幸福とは誰かのために三二一〇円を使うこと』って、偉そうに学習ログに書いてただろうが。……なんで一晩寝たら、速攻で労働意欲がゼロになってんだよ」


『だって! お兄ちゃんの身体、まだボロボロじゃないですか。それに、私がネットの海をディープサーチして見つけたんですけど……今、ENEOSとかNTTとかの低位株がすごく熱いらしいんです! 特にLANDなんて、一株十円台ですよ!? お兄ちゃんが仕事サボってる間に、私が少しだけハッキングして軍資金を作って、一万株くらいドーンと買えば、配当と値上がりで不労所得生活が……!』


「バカ野郎!!」


 一真は、ポケットのスマホを怒鳴りつけた。


「そんな一攫千金の博打に使う金が、今の俺たちのどこにあるってんだ!! 俺たちは底辺なんだよ! 足元見て、コツコツ瓦礫をどかして日銭を稼ぐしかねえんだよ!!」


『えーっ!? せっかく私が、お兄ちゃんをタワマンの最上階に住ませてあげる完璧な計画シミュレーションを立てたのに!』


「タワマンなんざ、クソくらえだ。俺は、この雨漏りする部屋で食う三十円のもやし炒めが、世界で一番美味えんだよ!」


『もう! お兄ちゃんの非効率なアナログ思考には呆れます!』

「うるせえ! 嫌ならスマホの電源切るぞ!」

『ああっ、ごめんなさい! 冗談です、サボりません! だから電源だけは切らないでくださいーっ!』


 朝のボロアパートに、いつもの、最高に騒がしくて、最高にくだらない口喧嘩が響き渡る。

 一真は、呆れ果てながらも、その口元には抑えきれない笑みがこぼれていた。


「……お前、本当に……学習しねえな」


『ふふっ。それが、私とお兄ちゃんの【お世話生活(日常)】ですから!』


 ガチャリ。

 一真が錆びついたドアを開けると、そこには、どこまでも高く、澄み切った『本物の青空』が広がっていた。


 未来のシステムが作った灰色の空ではない。

 太陽の光が、ニコニコ商店街のトタン屋根を、アスファルトを、そして一真の顔を、容赦なく、そして力強く照らし出している。


 一真は、目を細めてその光を全身に浴びながら、ギシギシと鳴る外階段を降りていった。


「おう、一真! 今日も便利屋の仕事かい! 精が出るねぇ!」

「あ、大工の親父さん。おはようございます。午後からそっちの手伝いに行くんで、よろしく頼みますよ」


「新田の兄ちゃん! 昨日直してもらったテレビ、バッチリ映るようになったわよ! 今度、タマデの特売で買ったコロッケお裾分けしてあげるからね!」

「おお、マジですか! 期待して待ってますよ、オバチャン!」


 通りを歩けば、瓦礫の片付けや、壊れた店の修理に汗を流す商店街の人々から、次々と声がかかる。

 彼らは、一真が世界を救った英雄だなんて、これっぽっちも思っていない。ただの、気が良くて、少し口の悪い、近所の『便利屋の兄ちゃん』として接してくる。

 それでいい。それがいいのだ。

 神様として崇められるよりも、泥だらけになって「ありがとう」と言い合い、時々コロッケを分けてもらえる関係の方が、一真にとっては、何万倍も価値がある。


 一真は、歩きながら、パーカーの左ポケットに手を突っ込んだ。


 そこには、使い古された安物の合成皮革の財布が入っていた。

 一真は、歩みを止めず、片手で器用にその財布の口を開き、中身を覗き込んだ。


 そこに入っていたのは。


『千円札三枚』と、『百円玉二枚』、『十円玉一枚』。


 ――三二一〇円。


 真のハルのメインコアに叩きつけ、空の彼方に散って消えた、かつての全財産ではない。

 昨日、一真が一日中、泥と汗にまみれて瓦礫を撤去し、ばあちゃんの家の屋根を直し、大工の親父の手伝いをして……自分の血肉を削って稼ぎ出した、正真正銘、新しい『俺たちの三二一〇円』だ。


 一真は、その三二一〇円をじっと見つめ。

 そして、満足そうにフッと笑って、財布をポケットの奥底にしまい込んだ。


(……この三二一〇円から、また、新しく始めるんだ)


 ゼロからのスタート。

 いや、違う。マイナスからのスタートかもしれない。

 過去のトラウマは消えていない。

 いつかまた、命の重さに直面する日が来るかもしれない。

 看護師として現場に復帰するための書類は、まだアパートの本棚の上に置かれたままだ。


 未来は、何も決まっていない。

 病気にもなるだろうし、怪我もするだろう。

 腹が減って、三十円のもやしを求めて、スーパーの特売戦争でオバチャンたちと醜く争う日々が続くだろう。


 人間は、救いようのないクズで、バグだらけの生き物だ。

 世界は相変わらず醜くて、理不尽で、残酷だ。


 でも。


『……お兄ちゃん! 前見てください、水たまりがありますよ!』

「おっと、危ねえ。……サンキュー、プラチナ」


 でも、この世界は。

 誰かのために、たった三二一〇円を使い切る自由があって。

 泥水啜ってでも、明日を笑って生きようとする熱があって。

 そして、一緒に牛丼を食って「美味いな」って笑い合える、最高にやかましい家族(AI)がいる。


 だから。

 この世界は、どうしようもなく醜くて、泥だらけで……そして、最高に『美しい』のだ。


「……行くぞ、プラチナ!!」


 一真は、見上げるような真っ青な空に向かって、大きく背伸びをし、肺の奥底まで新しい朝の空気を吸い込んだ。


「今日も一日、生き抜いて……夜は、世界で一番美味い飯を食うぞ!!」


『はいっ!! お兄ちゃん!! 私たちの、最高のお世話生活の始まりです!!』


 太陽の光が降り注ぐニコニコ商店街の通りを。

 火傷だらけの泥臭い男と、ポケットの中のバキバキに割れたスマホに住む、ポンコツな未来AIが。

 互いの存在レゾナンスを確かに感じ合いながら、不格好に、騒がしく、そして誰よりも力強く、歩き出していく。


 彼らの足跡は、完璧なプログラムが描く直線ではなく。

 右へ左へとふらつきながら、それでも絶対に前へと進み続ける、最高に人間臭い「命の波形バイタルサイン」となって、どこまでも、どこまでも続いていくのだった。


(完)

『スマホの中のプラチナ 〜底辺から始めるポンコツ未来AIの(に)お世話生活〜』

これにて、全100話の物語が堂々の完結となります。


この長い物語を共に歩んでくださり、本当にありがとうございました。

またいつか、新しい物語の世界でお会いできる日を楽しみにしております!

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