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落ち着いてください、ロザリア様。

「……少しばかり、コルセットがきつくなるかもしれませんが、ご容赦を」

「ちょっと待って、それって私が太ったって言いたいわけ!?」


私が睨むと、ユリウスは表情一つ変えずに、私のウエストを視線でなぞった。

「滅相もございません。ただ、今夜のロザリア様はいつも以上に『隙のない美しさ』が必要だと思いまして。……骨が二、三本折れる覚悟で締めて差し上げますよ」

「いやだ、怖い!お手柔らかにってば!」

「おや、あんなに威勢よく『完璧にしろ』と仰ったのはどなたでしたっけ?」


ぐぬぬ……。ユリウスはいつもそうだ。

意地が悪くて、主である私をからかって楽しんでいる節がある。


「分かったわよ、もう! 好きにして!」


私が半ばヤケクソで言い放つと、ユリウスは「心得ました」と短く応じ、私の背後に回った。


「失礼いたします」


その直後だった。

ぎりっ、と空気が軋むような音がして、私の胃のあたりに凄まじい圧力がかかった。


「ひ、ふぎっ……!?」


冗談抜きで骨の数本が悲鳴を上げそうな締め上げっぷり。ユリウスの手加減なしの「完璧」が、私のウエストをさらに限界まで絞っていく。


「やりすぎよバカユリウス!!」


私が涙目で叫んでも、背後の男は微塵も動じない。むしろ、さらに「ぎりり」ともう一段絞り上げてきた。


「バカとは心外ですね。私は貴方の『完璧にして』という仰せを忠実に守っているだけですが」

「っ、限度があるでしょ、げん、どが……っ!」

「お喋りができるうちは、まだ余裕がある証拠です。さあ、息を吐ききってください」

「ひいぃ……っ!」


酸素が肺から強制的に追い出され、意識が飛びそうになる。

けれど、最後にユリウスが流れるような手つきでリボンを固定すると、あら不思議。あれほど苦しかったはずなのに、私の体は一本の芯が通ったように凛と立ち上がり、鏡の中には見違えるほど凛然とした「公爵令嬢」がいた。


「……ふぅ。……死ぬかと思った」


私はようやく肺に空気を送り込み、鏡の中の自分をまじまじと見つめた。

ヴィルヘルム殿下の瞳と同じ、深い青のドレス。それが私の肌と、ユリウスに締め上げられた腰をこの上なく美しく強調している。


「ほう、もうお疲れですか? ですが残念ながら、コルセットは単なる土台に過ぎませんよ。……さあ、次は髪です。座ってください」


鏡の前に座らされた私の髪を、彼は迷いのない手つきで梳き上げていく。

複雑な編み込みに、青いドレスに合わせたサファイアの髪飾りを絶妙な位置に差し込む。さらに、私の肌の色を一番綺麗に見せるネックレスを選び出す。


手袋のシワひとつ、スカートのドレープのゆらぎひとつに至るまで、彼は一切の妥協を許さない。あまりの早業と出来栄えの良さに、私は呆然として鏡の中の自分を見つめた。


「……ユリウス。あなた、意外とセンスあるわね……というか、どこでそんな技術覚えたのよ!」


思わず振り返って詰め寄ると、ユリウスはサファイアのピアスを私の耳元に飾りながら、事も無げに答えた。


「執事の教養のひとつですよ。」


ユリウスは最後の一仕上げに、私の肩に薄いレースのショールをふわりと掛けた。


「お待たせいたしました、ロザリア様。……実にお似合いですよ」


背後でユリウスが、さも当然といった顔で微笑んでいる。

腹立たしいほど完璧な仕事だ。


「……うん、いいわ。これならエミリアの隣に立っても、一歩も引けを取らない」


◇◇◇


大広間へと続く長い回廊。私はふと足を止める。


「あら、いけない。ユリウス、自室の机に扇を忘れてきてしまったわ。取ってきてくれないかしら?」

「扇、ですか。……予備のものがこちらに」

「いいえ、あれじゃなきゃ嫌なの。……お願い」


私が少し我が儘な主を演じて見せると、ユリウスは私の意図を察したように「かしこまりました」と深く一礼し、音もなく背後へ去っていく。


一人になった私は、壁に飾られた大きな鏡の前で立ち止まった。

その時、柱の影から滑り出すように、一人の少女が現れる。


……エミリア。


鏡越しにその姿を認めた瞬間、全身の血液が逆流するような感覚に襲われた。

最後に去っていく傷だらけのユリウスの背中、広場を埋め尽くした民衆の罵声、そして何より――最期の瞬間に私を見下ろした、彼女のあの冷酷な、悦びに満ちた瞳。


(……よくも、のうのうと私の前に、その薄汚い顔を晒せたものね)


握りしめた扇が、みしりと音を立てる。

今すぐその細い喉を掴み、あの日私が味わった絶望のすべてを叩き込んでやりたい。その「天使の仮面」を剥ぎ取り、地を這いずらせてやりたい。


……落ち着け、ロザリア。

ここで感情に任せて動けば、一週目の二の舞になる。

彼女を殺すのは今じゃない。最も残酷で、最も惨めな形で、彼女が築き上げた偽りの世界をすべて奪い取ってからだ。

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