掃除の時間です、ロザリア様。
「……ユリウス、あんたも知ってるでしょ? 最近、使用人たちの間で流れてるロザリア様の妙な噂。……あの方は、『自作自演で悲劇のヒロインを演じている』って話よ」
リィナが声を潜める。壁の向こうに誰かがいないか、本気で怯えているような仕草だ。
「先日のドレスの件だってそうよ。本当は、注目を集めるためにロザリア様が自分でインクをかけたんじゃないかって。食事会の発熱魔石の件も、本当は自分で仕掛けたのに、それをエミリア様のせいにして、お父様の同情を引こうとした……って。舞踏会であんなに完璧に振る舞えたのも、本当は前からずっと練習していたのに、わざと『できないフリ』をして周囲を油断させていたんだって噂されてる。……要するに、あの方は嘘つきで、家族を陥れようとする恐ろしい性格の持ち主だ、って話になってるのよ」
「……なるほど。努力や実力を『狡猾な計算』に、被害を『狂言』にすり替えるわけですか」
私は眉を動かさずに応じた。これなら、ロザリア様がどれだけ完璧に振る舞っても「どうせこれも計算だろう」と色眼鏡で見られてしまう。反論すればするほど「必死に嘘を重ねている」と受け取られかねない、非常に質の悪い噂だ。
「それにね、昨日の夜、舞踏会へ出発する直前……。ロザリア様のドレスが汚れたって騒ぎがあったでしょ?」
リィナは一瞬、言葉を呑み込み、周囲の気配を伺うように目を泳がせた。
「あの日、私は予備の小物を探しに図書室の裏廊下を通ったの。……そこで、開いたままの扉の隙間から見えたのよ。誰もいない部屋で、エミリア様が……あの方が、無表情でロザリア様のドレスに黒いインクをぶちまけているところを」
私は眉を動かさずにその言葉を聞いていた。
ロザリア様の豹変、そしてエミリア様の隠された貌。この屋敷の歪みは、もはや修復不可能なほどに進行しているらしい。特にエミリア様の不審な態度は、単なる姉妹の嫉妬の範疇を超えている。
「ユリウス。……私、怖いのよ。エミリア様が何を考えているのか、あの方の周囲で何が起きてるのか。……この屋敷はもう、根っこから腐り始めているのかもしれないわ」
私は壁から背を離し、震える彼女の肩に、いつもの無機質な手つきで触れた。
「……いいだろう。リィナ、お前の見たものは確かに受け取った。これ以上、お前が一人で抱え込む必要はない」
「……ユリウス?」
「お前がこの屋敷で、誠実に仕事を全うできるよう、私が保証しよう。……その代わり、一つ頼まれてくれないか」
私は怪訝そうなリィナの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「お前は変わらず、エミリア様の影を追え。ただし、深追いはするな。特に、彼女の『独り言』の内容や、出入りしている不審な人物がいれば、真っ先に私か……あるいは、あのお転婆な主に報告するんだ。彼女は今、お前が思っている以上に、この屋敷の『真実』を欲している」
リィナは戸惑いながらも、覚悟を決めたように小さく頷いた。
「……わかったわよ。全く、あんたもロザリア様も、揃って私を使い荒らすんだから……」
リィナを残し、私はリネン室を後にした。
歩きながら、私は胸元の懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開ける。
針は刻一刻と、崩壊へのカウントダウンを刻んでいる。
(半年後の解雇……。なるほど、ロザリア様が焦るわけだ。リィナは、触れてはならない『蛇の尻尾』を踏もうとしている)
私は冷徹な思考を巡らせる。
ロザリア様は、リィナを救いたいと仰った。だが、リィナを救うということは、エミリア様の背後に蠢く「何か」を暴き出すことを意味する。
「……掃除すべき『ゴミ』が、思っていたより多いようですね」
私は誰に聞かせるでもなくそう呟くと、再びあのお騒がせな主の元へ、冷めきった紅茶の片付けに向かうべく足を速めた。
かなり間が空いてしまい申し訳ありませんでした!
可能な限り連続投稿を心がけて頑張ります!
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