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はしたないですよ、ロザリア様。

一周目の世界。

荷物をまとめ、屋敷を去る直前のリィナの姿。

あの時の彼女は、今よりずっと痩せて、生気を失った瞳をしていた。

見送りに来たユリウスに対し、彼女は吐き捨てるようにこう言い放ったのだ。


『――あんたもさっさとやめるべきよ。この屋敷はもう、腐ったやつしかいない』


あの時は、クビになった腹いせに悪態をついているだけだと思っていた。

けれど、違う。

彼女はあの時、エミリアの異常さに一人、気づいていたのだろう。


私は椅子から立ち上がり、リィナの肩を掴んで自分の方へ向かせた。

「ロザリア様。急に何を……」

「リィナ。あんた、エミリアに何かされたんでしょう? あるいは、見てはいけないものを見たの?」


リィナの大きな瞳が、驚きに揺れる。

いつもはクールな彼女が、一瞬だけ、怯えたような表情を見せた。


「……私は……」


リィナが震える唇をわななかせた、その時だった。


「失礼いたします、ロザリア様。お目覚めのご気分はいかがでしょうか」


聞き慣れた、けれど今は少しだけ恨めしいほど冷静な声が、開け放たれた扉の向こうから響いた。


「――っ!」


リィナが弾かれたように私から離れる。彼女の顔は一瞬にしていつもの無機質なメイドの仮面に覆われ、サッと深々と頭を下げた。


「……ユリウス様。お戻りでしたか」

「あぁ、旦那様との用件は済んだ。……ロザリア様。リィナの肩をそんなに強く掴まれて、一体何の尋問ですか?彼女が震えているではありませんか。一旦落ち着いて、彼女を自由にしてやってください。……リィナ、仕事は済んだのか。」


ユリウスは室内に足を踏み入れると、私の手元――リィナの肩を掴んでいる指先――を、まるで「はしたないですよ」とでも言いたげに優しく、けれど有無を言わせぬ所作で解いた。


「はい。配膳とセッティング、すべて完了いたしました。……では、私はこれで失礼いたします。ロザリア様、失礼いたしました」


リィナは一度も私と目を合わせることなく、サイドテールを揺らして、逃げるように部屋を飛び出していった。


「あ、待って、リィナ……!」


呼びかけも虚しく、扉が閉まる。

私は掴みかけていた真実の断片を指の間からこぼしたような気分になり、悔しさで拳を握りしめた。


「……朝から随分と熱烈な触れ合いをなさっていたようですね。私がいなくて心寂しかったのは分かりますが、メイドを困らせるのは感心しません」


ユリウスはワゴンに残った紅茶の温度を確認しながら、さらりと嫌味を口にする。


「寂しくなんてないわよ! それよりあんた、タイミングが悪すぎ……っ」


怒鳴りかけ、私はふと立ち止まった。

一周目のあの日、リィナに「あんたも辞めるべきよ」と言われたユリウス。彼はあの時、どんな顔をしていたのだろうか。

彼はすべてを察しながら、それでもこの「腐った屋敷」に残ることを選んでいたのだろうか。


「……ユリウス。あんた……」

「何でしょうか」


彼は真っ直ぐに私を見つめた。

昨夜の甘いダンスの記憶を微塵も感じさせない、鉄面皮の瞳。


(……いいわ。リィナは私が守る。彼女がクビになる未来も、この屋敷が腐っていく未来も、全部私が叩き潰してみせる)


私はユリウスの視線を受け流し、椅子に深く腰掛けた。


「なんでもないわよ。それより早く朝食の準備をしなさい。お腹がすいてしまったわ」

「承知いたしました。」


ユリウスが慇懃に一礼し、優雅な手つきで紅茶を注ぐ。

リィナとの接触をどう深め、エミリアの「化けの皮」を剥がすための剣にするか。

昨夜の火照りとは違う、冷たく静かな決意が、私の胸の中で燃え始めていた。

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