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十分でしょう、ロザリア様。

曲が終わりを告げるように、ユリウスの動きがゆっくりと止まった。

静まり返ったホールに、重なり合う二人の呼吸の音だけが微かに響く。

まだ私の腰に添えられたままの彼の手のひらから、ドクンドクンと激しい鼓動が伝わってくるような気がして――それが自分のものなのか、それとも彼のものなのか、判別がつかないほど私はのぼせ上がっていた。


「……ユリウス」


縋るように彼の名を呼んだ。

月明かりの下、いつもより少しだけ潤んで見える彼の瞳が、私をじっと射抜いている。何か、言葉以上のものが交わされるのではないか。そう期待して、私は彼の手を握り返そうとした。


けれど。


「……。終わりましたよ、ロザリア様」


不意に、腰から温もりが消えた。

ユリウスはまるで魔法が解けたかのように、すとんと、いつもの「完璧な執事」の距離まで後退した。


「……え?」

「ダンスの確認はこれで十分でしょう。ご自分の美点も欠点も、再認識できたはずです」


彼は何事もなかったかのように燭台を手に取ると、一礼した。その仕草には、先ほどまで私を惑わせていた熱い気配など、微塵も残っていない。


「さあ、今度こそお部屋へ。明日からはまた、今日よりも厳しいスケジュールが待っています。公爵令嬢たるもの、一夜の浮かれ気分で体調を崩すなどという醜態は見せられませんからね」

「……っ、ちょっと!あんた、さっきあんな風に言っておいて、今更何よその態度は!」


私の心臓はまだこんなに騒がしいのに。

思わず声を荒らげると、ユリウスは階段の踊り場を指し示し、皮肉げに口角を上げた。


「あんな風、とは? ……ああ、ステップを間違えそうだ、という話ですか? 慣れない不審な動きをロザリア様がなさるので、一介の執事として動揺したまでです。お気になさらず」

「不審って、なによそれ!」

「お静かになさってください。夜の静寂を乱すのは、淑女の振る舞いとは言えませんよ。……使用人たちを起こして、己の醜態を見せびらかしたいのなら別ですが」


彼は私の抗議を柳に風と受け流し、私の歩調に合わせて階段を上り始めた。

常に私の一歩先を歩き、足元が暗くないように燭台を差し出す。その所作はあまりに模範的で、あまりに「執事」そのもので、先ほどまで私の腰を抱いていた男と同一人物だとは信じられない。


自室の扉の前に着くと、彼は音もなく扉を開け、部屋の中の予備のキャンドルに火を灯した。


「さあ、お入りください。寝支度のメイドを呼びましょうか」

「……いいわよ、疲れてるから自分で脱ぐわ」

「左様ですか。では、私はこれで」


彼は深々と頭を下げ、部屋を辞そうとする。その冷徹なまでの切り替えの早さに、私はたまらず彼の背中に言葉をぶつけた。


「……ユリウス。貴方、本当に私に何も感じていないの?あんなに近くで踊ったのに!」


ユリウスは扉のノブに手をかけたまま、一度だけ足を止めた。

振り返ることはなかったが、背中越しに届いた彼の声は、心なしかいつもより低く、硬質に響いた。


「……感じておりますよ。……貴女様のドレスが、いかに着脱しにくく、明朝の着替えに時間がかかりそうか、という懸念を」

「はぁ!?こんな時までふざけないでよ!この性悪執事!」

「お褒めに預かり光栄です。……おやすみなさい、ロザリア様。明日からはまた、今日よりも厳しいスケジュールが待っています。夢を見る暇もないほど、明朝は早くから叩き起こしますので、覚悟しておいてください」


パタン、と静かに扉が閉まる。

取り残された私は、豪華な部屋の真ん中で立ち尽くした。


「性悪執事」と毒づきながらも、扉の向こう側で彼の足音が遠ざかっていくのを、私はいつまでも耳を澄ませて追いかけてしまう。


(……なによ、あいつ。最後まで、私のペースを乱すんだから……)


結局、彼が本気だったのか、それとも私をからかっていただけなのかは、闇の中に消えてしまった。

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