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期待以上です、ロザリア様。

ヴィルヘルム殿下との鮮烈な一曲のあと、会場の空気は一変していた。

私を蔑んでいたはずの殿方たちが、次々とダンスの申し出に訪れる。私はその一人ひとりと、ユリウスに叩き込まれた通りの優雅さで、完璧にステップを踏み続けた。


何人目の相手だったかしら。

最後の一曲が終わった瞬間、会場は一拍の静寂ののち、今日一番の割れんばかりの拍手に包まれた。

令嬢たちの羨望と、殿方たちの熱い視線。会場中のすべての意識が、嵐の中心にいる私一人に吸い寄せられているのが、肌がひりつくほどに伝わってくる。


その拍手がまだ鳴り止まないうちに、会場の主であるクロムウェル伯爵が、ゆっくりと杖を鳴らした。

コツン、という硬い音が石床に響き、波が引くようにざわめきが途切れ、音楽が止む。


「ロザリア嬢」


低く、重みのある声がホールに響き渡った。

私は心臓を跳ねさせながらも、反射的に一歩前へ出る。


「……はい、伯爵」


会場中の視線が一斉に私に突き刺さる。先ほどのダンスの称賛が、一転して「審判」を待つような緊張感へと変わった。

だが、伯爵は――笑っていた。

厳格なその頬の皺がゆっくりと崩れ、鋭い金色の瞳が、今は穏やかに光っている。


「私がこの場に君を招いたのは、噂を確かめるためだった」


伯爵の言葉に、空気が緊張で凍りつく。

伯爵は杖を軽く突き、私を真っ直ぐに見据えて続けた。


「“己の評判ばかりを気にし、礼も忠義も知らぬ高慢な娘”――それが王都に流れていた君の噂だ。だが今、私の目に映ったのはどうだ」


伯爵は一度言葉を切り、私の背後に控えるユリウスへと視線を向けた。


「貴女は踊りの中で、危うい場面が何度かあった。ドレスの裾を踏みかけ、重心を崩しかけた。……だがその度に、背後に控えるその召使が、微かな合図や視線、そして完璧な気配で君を支えていた。そして君は、彼という存在を、自分を貶める汚れ役などとは思わなかった。彼を、自らの誇りを守るための唯一無二の“盾”として信頼し、共にこの舞踏を完成させた」


私は息を呑んだ。クロムウェル伯爵の言う通り、ユリウスは壁際に控えたまま一歩も動いていないはずなのに、私のステップが乱れる寸前、必ず鋭い視線で、私の意識を正しい場所へと引き戻していた。


「君は、召使に支えられることを“見苦しい”とは思わなかった。むしろ、主従の誇りを守るために最後まで美しく舞い切った。……素晴らしい。実に気高い精神だ」


伯爵はゆっくりと近づき、私の前で立ち止まった。


「貴女が“悪女”と呼ばれるのは……きっと、誰より自分に、そして傍らに置く者に、誠実だからだ」


その言葉が、凍りついた私の心を優しく溶かしていく。

視界の端で、ユリウスが静かに、深々と頭を下げるのが見えた。

伯爵は満足げに微笑み、私に手を差し出した。


「ロザリア・セラフィーナ・エーデルハイト。君のような女性が、これからの社交界を照らすことを願っているよ」


私は震える手でその手を取り、最高の淑女の礼を捧げた。

……胸がいっぱいだった。ヴィルヘルム殿下の称賛も嬉しかったけれど、私の「泥臭い努力」と「ユリウスとの絆」を、丸ごと認められたことが、何よりも誇らしかった。


◇◇◇


馬車の中は、舞踏会の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

窓の外を流れる王都の夜景を眺めながら、私は何度も伯爵の言葉を反芻する。


(……誰より自分に、そして傍らに置く者に、誠実……)


これまでの私なら、「当然よ」と鼻で笑って済ませていたはずの言葉。けれど今は、その言葉の重みが心地よく、そして少しだけ面映ゆい。

ふと視線を落とすと、向かいに座るユリウスが、いつものように端正な姿勢で控えていた。馬車の揺れに合わせて、彼の手元にある燭台の火が小さく揺れ、その影が彼の彫りの深い横顔を強調している。


「……お疲れであれば、お屋敷に着くまで目を閉じておいでください」


相変わらずの素っ気ない物言い。

けれど、先ほどの伯爵の言葉を聞いた後では、その無愛想ささえも、私を甘やかさない彼なりの「誠実さ」のように思えてしまうから不思議だ。


「……伯爵に言われたこと、どう思った?私が、あんたを信頼していたから踊れたってやつよ」


私が探るように尋ねると、ユリウスは視線を上げることなく、静かに口を開いた。


「……事実にございます。私がどれほど完璧な合図を送ろうと、貴女様がそれを受け取る意志を持たなければ、あの舞踏は崩れ去っていたでしょう」


ユリウスはそこで一度言葉を切ると、ゆっくりと私の方を見た。月光が差し込む車内、その瞳は夜の色を映して深い色に染まっている。


「今夜の貴女様は……私の期待を、ほんの僅かに上回る出来でしたよ」

「……ほんの、僅か?」


私はむっとして言い返しましたが、彼がふっと柔らかく目を細めるのを見て、毒気を抜かれてしまった。

いつもなら憎たらしく感じるその余裕が、今はどうしようもなく私を動揺させる。


(……何よ。今日くらい、手放しで褒めなさいよ)


胸の奥が、熱い痺れで満たされていくのを感じた。

伯爵に認められた。殿下を魅了した。

でも、それだけじゃまだ足りない。

この男に、もっと「私の価値」を刻みつけたい。


屋敷に到着したとき、私は決めていた。

この高揚感が冷めないうちに、彼に「不敬」を強いてでも、確かめたいことがあるのだと。


馬車の扉が開かれ、ユリウスが差し出したその手を取りながら、私は自分の心臓の音が、夜風に乗って彼に届いてしまうのではないかと気が気ではなかった。

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