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綺麗でしたよ、ロザリア様。

曲が終わった瞬間、会場は一拍の静寂ののち、割れんばかりの拍手に包まれた。

ヴィルヘルム殿下は私の手を握ったまま、しばらくの間、信じられないものを見るような目で私を見つめていた。その瞳には、かつての冷淡さや無関心などは微塵もなく、ただ一人の女性に向けられる熱い光が宿っている。


「……驚いたな、ロザリア。君がこれほどまでに、僕を魅了する術を知っていたとは」


殿下は興奮を隠しきれない様子で、私に顔を近づけて言った。


「正直に言おう。今夜の君は、会場の誰よりも光り輝いている。……いや、その凛とした佇まいは、もはや眩しいほどだ。君が今日までどれほど自分を律し、努力を重ねてきたのか……その一歩一歩から、痛いほど伝わってきたよ。ロザリア、今夜の君を、僕は一生忘れることはないだろう」

「……光栄ですわ、殿下。」


私は火照る頬を隠すように、淑女の微笑みを湛えて応えた。


「いいや、本当のことだ。これほど心震わされる舞踏を経験したのは初めてだよ。……ロザリア、君を僕の婚約者として、今夜ほど誇らしく思ったことはない」


殿下は私の指先に、熱い、誓いのような口づけを落とした。

その瞬間、私の胸の奥は甘い痺れでいっぱいになった。充足感に包まれながら、私は優雅に一礼してフロアを後にした。

だが、そんな夢見心地のまま、私は吸い寄せられるように会場の隅へと向かっていた。

そこに立つ、いつもの鉄面皮の男に会うために。


(見てたかしら、ユリウス! 文句のつけようがない完璧なダンスだったわよね!)


喉の渇きを癒やすフリをして、壁際に控えるユリウスの元へ足早に向かう。

彼はいつものように背筋を伸ばし、周囲の喧騒などどこ吹く風といった様子で佇んでいた。


「ユリウス!」


私は周囲に聞こえない程度の声で、けれど弾むような心音を隠さずに彼に呼びかける。

ユリウスは無表情のまま、トレイから冷たい飲み物を取り出し、私に差し出した。


「……お疲れ様でした、ロザリア様。どうやら今夜は、無様に転んで床の汚れをドレスで拭き取るような事態にはならなかったようですね」

「もう!またそういうこと言って!見てたでしょ?私、一歩も間違えなかったんだから!」


私はグラスを受け取りながら、少し身を乗り出して彼を見上げた。

瞳をキラキラさせて、期待に満ちた眼差しをこれでもかと彼にぶつける。


「ねぇ、今のダンス……どうだった? 殿下だけじゃなくて、あんたの感想も聞きに来てあげたんだから。素直に言いなさいよ」


ユリウスは私の顔をじっと見つめると、ふっと溜息をつきました。


「……まったく。殿下に喉が枯れるほど褒め称えられたというのに、まだ足りないのですか。欲張りな主です」

「欲張りで結構よ!……ねぇ、早く」


私が催促すると、ユリウスは周囲を警戒するように一度視線を走らせました。そして、彼にしては珍しく、ほんの少しだけ腰を屈めて私の耳元に顔を近づけた。


「……あの鬼特訓に、一回も泣かずに付いてきた甲斐がありましたね」


ユリウスの低く心地よい声が、耳をくすぐる。


「今日の貴女は、私が仕立て直したあのドレスにも、負けないくらいには……」


ユリウスがこちらをはっきりと見て、言う。


「綺麗でしたよ、ロザリア様。」


…綺麗!?


予想外に直球の「綺麗」という言葉に、私の心臓は殿下と踊っていた時よりも激しく、ドクンと跳ねた。

熱い。顔が、さっきまでよりずっと熱い。


聞き間違えじゃないわよね!?この不遜な執事からそんな言葉が出るだなんて、とてもじゃないが信じられなかった。


「……そ、そう。当然よ!私を誰だと思っているの?」


私は慌てて視線を逸らし、一気に飲み物を煽った。

喉を通り過ぎる冷たい液体も、今の私の火照りを鎮める役には立ちそうにない。


「おや、ロザリア様。……その赤さは、殿下への情熱ですか? それとも、あまりの美辞麗句にのぼせ上がりましたか?」

「うるさいわね!のぼせたのはあんたのその……皮肉のせいよ!」


私が赤面して言い返すと、ユリウスの口角が、ほんのわずかだけ、本当にわずかだけ優しげに上がったように見えた。


「ですが、貴方様の努力は事実です。……今夜、皆様が目にしているのは磨き上げられた宝石ですが、私は、その宝石を削り出す貴女の指先の震えも、一度も折れなかったその心も知っています。……ロザリア様。今夜、この会場にいる誰よりも……いえ、恐らくこの世界の誰よりも、貴女が一番誇らしく、そして美しい。 私が保証しましょう」


「……っ、なっ、……!」

あまりに真っ直ぐに、一点の曇りもない瞳で褒めちぎられ、私の思考は完全に真っ白になった。


「……私は、事実に基いた評価しか口にいたしません。ロザリア様、そのお顔の赤さも……今夜の貴女の、最高の装飾品の一つですよ」


そう言って、彼はいたずらが成功した子供のように、ほんの僅かに口角を上げた。

彼がいつもと同じように私をいじっているつもりなのか、それとも本音なのか、わからなかった。

わからないままに、私はただ、熱を帯びた自分の吐息がやけに大きく聞こえるのを感じていた。


「……っ、も、もういいわ。あんたに聞いた私がバカだったわ!」


これ以上彼を見つめていたら、心臓の音がドレスを突き破って会場中に響いてしまいそうだった。私は逃げるように彼に背を向け、半分やけくそでフロアの方へと歩き出した。

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