お見事です、ロザリア様。
それから数日間、私は地獄のようなレッスンに明け暮れた。
相変わらずエルナ様の指導は容赦なく、私の足は毎日棒のようだったけれど、一度目の人生のように逃げ出すことは一度もなかった。エミリアの企みを叩き潰し、ユリウスを失わないためなら、この程度の筋肉痛なんて安いものよ!
「……あら。今日は『生まれたての小鹿』から、『二足歩行を覚えたての熊』くらいにはなりましたね、ロザリア様」
(どうしてこの方の例えは動物ばかりなの……!?)
私が返す言葉に困っていると、エルナ様はふっと口角を上げた。それが彼女なりの合格点なのだと、この数日でようやく分かってきたところだ。
レッスンを終え、いつものようにユリウスに支えられながらホールを出ようとした、その時。
不意に、背筋に刺さるような冷たい視線を感じて足を止めた。
視線の先――長い廊下の突き当たり、影になった柱の陰に、誰かが立っている。
(……エミリア?)
そこには、いつもの聖女のような微笑みを完全に消し去り、憎しみが隠しきれないほど歪んだ表情で私を睨みつける妹の姿があった。
数日前、食事会での件以来、エミリアは私を直接煽りに来なくなった。……いえ、来られなくなったのかしら。思い通りに動かない私に、相当苛立っているに違いないわ。
ちなみに、エミリアは晩餐会には招待されていないらしい。まぁ、彼女は前回の食事会でクロムウェル伯爵の御前であれだけの大失態を演じたのだから、当然と言えば当然の結果よね。――ふふ、ざまぁみなさい!
バチリ、と視線がぶつかる。
私が逃げずに、むしろ挑発するように口角を上げて見せると、エミリアは忌々しそうに顔を背け、踵を返して足早に去っていった。
「あら、挨拶もなしなんて。貴女こそ、礼儀作法のレッスンをやり直した方がいいんじゃないかしら」
わざと聞こえるように呟くと、隣にいたユリウスが私の耳元で小さく囁いた。
「ロザリア様にしては中々の『噛みつき』でしたね。羊というより、牙を隠した狼に見えましたよ。あぁ失礼、エルナ様の例えに倣えば、子鹿を卒業して肉食獣に進化された、といったところでしょうか」
「……あんた、さっきから黙って聞いてれば面白がってるでしょ!」
ユリウスはわざとらしく肩をすくめると、私の歩調に合わせてゆっくりと歩き出した。
「まさか。ロザリア様がエミリア様に言い返されるたび、私の胸がどれほどすっとすることか……。おっと、これは執事にあるまじき失言でした。お忘れください」
「忘れないわよ。……でも、見てなさい。私はもう、エミリアの思い通りにはならないわ」
拳をぎゅっと握り、私は前を見据える。
部屋に戻ると、お父様が一流の仕立屋に命じて用意させた「完璧なドレス」が届いていた。
「ふふ、見てユリウス!私のために特注されたドレスよ!!」
箱を開けると、そこには宝石のように輝く最高級の絹のドレスが鎮座していた。
「左様でございますね。……この高貴な輝き、そして一切の妥協を許さぬ仕立て。これほどまでの逸品を贈られたのです。お父様がいかにロザリア様へ期待を寄せておられるか、一目瞭然というものです」
ユリウスは手袋をはめた手で、ドレスの裾を汚れ一つ付けぬよう恭しく持ち上げると、私の瞳をまっすぐに見つめた。
「……そうね。このドレスに恥じない振る舞いをして、今度こそすべてを完璧に進めてみせるわ」
鏡に映るドレスと、その傍らに控える無表情な執事の姿を見つめる。
一周目の人生では、これほど豪華なドレスをまともに着こなす機会すら与えられなかったけれど、今の私は違う。私にはこの数日間、血の滲むような猛特訓に耐え抜いた自信がある。
そして何より……慇懃無礼な態度で味方であることを隠そうともしない、この最高に性格の悪い執事がついているのだから。
(……ふふ。エミリア。あなたがどんなに睨もうと、もう私はあなたの引き立て役にはならないわ。夜会で、どちらが真のエーデルハイトの令嬢か、思い知らせてあげるんだから)
私はドレスの柔らかな生地を指先でなぞり、決意を新たにした。




