可愛らしかったですよ、ロザリア様。
食堂を出て、人気のない廊下に入った瞬間。
それまで懃懃に支えていた彼の手が、私の腰をグイと引き寄せ、逃げられないように壁際へと追い込みました。
「ゆ、ユリウス……?」
「ロザリア様。あんなに顔を真っ赤にして、伯爵の誘いに頷いていらっしゃった姿……大変可愛らしかったですよ」
この男、可愛らしかったとは言っているが、私にはわかる。これは皮肉だ。彼の目は全く笑っていない。真っ黒だ。
「ですが、あのような場で醜態を晒せば、公爵家の名は地に堕ち、貴女が慕う殿下のお顔にも泥を塗ることになる。……わかっていますね?」
「わ、わかってるわよ……。だから、一度は『無理』って言ったのに……っ」
「いいえ。貴女は『行きます』と仰った。……ならば、その言葉に責任を持っていただきましょう」
ユリウスの顔が、ぐいっと近づく。
「宮廷晩餐会まであと一ヶ月。……一秒たりとも無駄にはさせませんよ。貴女が伯爵の隣で、あるいは殿下の腕の中で、誰よりも完璧に踊れるように、徹底的に仕込んで差し上げます。覚悟はよろしいですね?」
その瞳には、獲物を追い詰めた愉悦が宿っている。
私は期待と恐怖で背筋を震わせながら、逃げられない未来に震え上がるしかなかった。
◇◇◇
「……そういえば、ユリウス。貴女どうしてエミリアが魔石を仕掛けたと気づいたの?」
自室へと向かう静かな廊下。私はふと気になっていた疑問をぶつけてみた。
ユリウスは足を止め、ゆっくりと私の方を振り返った。その瞳が、夜の闇を映したように深く、鋭く光る。
「……給仕の『運び方』ですよ、ロザリア様」
「運び方……?」
「ええ。本来、ある程度冷めているはずのスープを運ぶのであれば、あそこまで神経質に、指先に力を込めて皿を水平に保つ必要はありません。ですが、あの給仕はまるで、ほんのわずかな振動すら恐れるように……まるで、爆鳴を秘めた不安定な劇薬を運ぶかのような手つきをしていた。皿の底に何かが仕掛けられていると予見するのは、造作もないことでした。」
ユリウスが私との距離を、あと一歩分だけ詰めた。
「衝撃を与えた瞬間に熱を持つ石。それを仕込んだ皿を、不注意で途中で爆発させぬよう細心の注意を払っていたのでしょう。……その異様な緊張感こそが、何よりの証拠でした。そして案の定、ロザリア様の前に置かれた瞬間に……」
「……あの、とんでもない熱さになったわけね」
「左様です。……それに、あのカップ。我が家の棚にあるはずのない、特注の『熱伝導陶器』が紛れ込んでいれば、執事として気づかぬはずがありません」
彼は相変わらずの無表情のまま、しかし私をしっかりと見つめたまま続ける。
「……あの状況でエミリア様を完膚なきまでに叩き潰すには、ロザリア様が『被害者』になるのが最も効率的だと判断いたしました。だから私は、あえてその瞬間まで手出しをせず、最高のタイミングでナプキンを差し出せるよう待機していたのですが」
そこで彼は少し、言葉を詰まらせた。
「……正直に申し上げて、まさか、あの方が本当にあんな短絡的な凶行に及ぶとは。……万が一の警戒はしていましたが、実際に貴女の目の前でスープから湯気が立ち出した瞬間は、肝を冷やしました。」
冷徹な彼らしくない、素直な吐露。
どうやら彼にとっても、エミリアの「愚かさの底」は計算外だったらしい。
「……結果的に、ロザリア様に火傷を負わせる結果となってしまいました。……たとえ最善の策であったとしても、執事としてロザリア様の御身を傷つける選択をしたこと、深くお詫び申し上げます」
彼は珍しくも、深々と頭を下げる。彼はこういうところは、完膚なきまでに完璧な執事だ。
「そ、そんな!頭下げないでちょうだい!」
私は慌てて手を伸ばし、彼の肩を掴んで強引に顔を上げさせた。
あの完璧主義で、いつも私を「教育」という名の手のひらで転がしているユリウスが、こんなに申し訳なさそうに、しかも計算外の事態に動揺を見せるなんて。
ブックマーク、感想、レビュー、評価等お待ちしています✨




