大丈夫ですか、ロザリア様。
「……それに、このカップ。ロザリア様のものだけ材質が違います。熱を逃がすための白磁ではなく、異常に熱伝導率が高い特殊な陶器……。まるで、中の熱を逃がさず、指先へ一点に集中させるために作られたかのような代物です。わざわざこの食事会でスープ皿ではなくカップが使われたのも、ロザリア様の手にに火傷を負わせる為の策略だったのでしょう。」
ユリウスが、その白い手袋越しにカップの縁を指先でなぞった。
伯爵の顔から、もはや社交用の微笑みは消え失せていた。
「魔石に、特注のカップ……。公爵、これはもはや偶然の不手際などという言い訳が通る域ではないな。貴殿の家の管理体制、そしてこの場に座る者の品性を疑わざるを得ない」
ユリウスは剥ぎ取った魔石を白いナプキンで包むと、それを冷徹な手つきで父の前に置いた。
父は椅子から立ち上がりかけ、愕然としている。
「そんな……、あり得ん。我が家の給仕が、娘にこのような……!」
「いいえ、お父様。給仕だけを責めるのは酷というものですわ」
私は、ジンジンと脈打つ指先の痛みを堪えながら、静かに、けれど食堂の隅々まで響くような凛とした声で遮った。
ユリウスの視線が、獲物を追い詰めた獣のようにエミリアを射貫く。
「これほどの細工、厨房の者に命じるだけで可能なこと。……さて、どなたが我が主を陥れようとしたのか。調査が必要ですね、旦那様」
ユリウスはそう言いながら、目線はエミリアに向けたまま。至極当然のような顔をして、私の指先をそっと取った。
そのまま、あらかじめ用意していたのか、驚くほど冷たく心地よい感触のシルクのナプキンで、赤く腫れた私の指先を包み込む。
「……少し、このままに」
彼はこちらをチラッと一瞥すると、私にしか聞こえない声で囁き、ナプキンの上から私の指を優しく握り直す。その力の入れ具合が、驚くほど優しく、壊れ物を扱うように丁寧で、そしてさりげなくて。
先ほどまでの冷徹な毒舌執事はどこへ行ったのかと思うほどのギャップに、胸の奥が不意にキュンと跳ねた。
(や、優しい〜〜〜……!)
しかしユリウスの目線は、茹で上がる私ではなく、戸惑い焦るエミリアへと向けられている。
「……それよりも、エミリア様。感服いたしました。ロザリア様が指を離した刹那、間髪入れずに『料理を下げろ』と命じられたその判断力。……まるで、こうなることを数分前から確信しておられたかのような、素晴らしい察しの良さでございますね」
ユリウスの一言に、食卓が凍りつく。
そうだわ。私がスープをこぼしかけた直後、彼女は間髪入れずに「料理を下げろ」と叫んでいた。
あれがもし、スープの異常を誰にも気づかせないための証拠隠滅だったのだとしたら……すべてに説明がつく。彼女は、私が熱さに驚いて粗相をするのを、今か今かと待ち構えていたのだ。
「エミリア……お前、まさか……!」
お父様の声を、私は悲痛な声で遮る。
「お父様、待って! 犯人探しなんてしないでください……!」
皆の視線が私に集まる。私はあくまでも『完璧な令嬢』を装うため、慈しみに染まった表情を無理やり作り出した。
「……エミリア。貴女、最近冷え込んできたから、私がスープを飲む時に冷めないよう、魔法の勉強をしてまで『保温の石』を忍ばせてくれたのね?」
予想外の私の言葉に、エミリアは酷く狼狽する。
「えっ、あ、私は……」
「私のために、不慣れな軍事用の石まで手に入れて……。カップもきっと、私が好みそうな柄のものを選んでくれたのね。」
ユリウスは聖母のように語る私の姿を、訝しげにじっと見守っている。
「でも、エミリア。貴女の気持ちは嬉しいけれど、加減を間違えて私を大怪我させていたら、貴女は『姉殺しの罪』で処刑されていたかもしれないのよ? 私、そんなの耐えられない!貴女の無垢な善意が、貴女自身を滅ぼすところだったなんて……!」
私はわざとらしく手で顔を覆う。エミリアが更に混乱しているのがわかった。
「……お姉様……」
エミリアが顔を引きつらせ、震える声で漏らした。
「……ねえ、お父様。ですから、どうかエミリアをこれ以上責めないで。彼女はただ、少しばかり……いえ、かなりお勉強が苦手で、石の出力計算も、陶器の性質も知らなかっただけなのよ。……ねえ、エミリア? そうでしょう?」
私は顔を覆っていた手を離し、慈愛の目線をエミリアに向けた。
その瞳の奥に、「無能を演じて生き延びるか、それとも悪意を認めて今すぐ破滅するか選びなさい」という冷徹な要求を込めて。
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