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いよいよです、ロザリア様。

いよいよヴァン・クロムウェル伯爵との会食。

私はユリウスに仕立て上げられた、隙のない夜会服に身を包み、食堂へと続く廊下を歩いていた。

そこに、まるで待ち伏せていたかのように、ふわふわとした淡いピンクのドレスを揺らした少女が姿を現した。


―――エミリアだ。


舞踏会での件以降、エミリアはどこか私によそよそしい。けれど今、彼女の顔には「心配でたまらない妹」という、いつもの完璧な仮面が張り付いていた。


「お姉様、ごきげんよう。……そのドレス、とっても素敵。でも、少し気負いすぎではないかしら?」


エミリアは私の首元のジュエリーを覗き込むようにして、小さく小首を傾げた。


「今日の伯爵は、静かな語らいを望んでいらっしゃるとお聞きしたわ。そんなに鋭い装いでは、伯爵を緊張させてしまうのではないかしら。もしよければ、私がお父様に頼んで、もう少し控えめな席になるよう調整しましょうか?」


いかにも親切心を装った、「貴女にはこの場にふさわしい格がない」という遠回しな侮辱。以前の私なら「余計なお世話よ!」と声を荒らげていただろう。

けれど、昨夜の屈辱的な特訓のおかげで、私の心は驚くほど凪いでいた。


「あら、心配ありがとう、エミリア。でも大丈夫よ。伯爵のようなお方は、相手の装いよりも、その中身に『語るべき価値があるか』を重視なさるから。今日の私は、伯爵の知的好奇心を満たす準備をしてきたの」


私は扇を広げ、穏やかに、けれど突き放すような微笑を返した。


「……そ、そう。お姉様がそう仰るなら、きっとそうなのでしょう。でも……伯爵はとっても厳しい方だわ。先日、ヴィルヘルム殿下の前で少し感情的になられていた姿を見て、私、心配になってしまって」


エミリアの瞳が、うるりと潤む。あからさまに誕生祝賀会の時の「チョロかった私」を蒸し返し、私の動揺を誘おうとしている。

私は一瞬、先日のユリウスの毒舌を思い出した。『茹で上がった蛸』――。あんな無様な姿は、もう二度と晒さない。


「ええ、あの時は殿下の優しさに少しばかり驚いてしまったけれど。おかげで目が覚めたわ。自分が守るべき矜持が何なのか、改めてね。……さあ、エミリア。お客様を長くお待たせするのは失礼よ。貴女も、その可愛いドレスを早く伯爵に見せて差し上げたら?」


私は彼女の肩を優しく叩き、そのまま悠然と横を通り過ぎた。

背後でエミリアが「……ええ、そうね」と、少しだけ声を強張らせて答えるのが分かった。


◇◇◇


食堂の重厚な扉が開くと、そこには父と、鋭い眼光を湛えたヴァン・クロムウェル伯爵が座っていた。


伯爵は社交界でも有名な気難し屋で、中身のない世間話を何よりも嫌う男だ。かつての私は、この威圧感に耐えきれず「お口に合いますか?」なんて、これ以上なく馬鹿げた世間話で自滅した。その後、エミリアが「伯爵様、このお花は……」なんて可愛らしく割り込んで、会話の主導権を全部持っていかれた。あの屈辱…決して忘れることは無い。


けれど、今の私には「答え」がある。


「ロザリア、遅いぞ。伯爵をお待たせして……」


父の咎めるような声を、私は優雅な一礼でさらりと受け流した。


「申し訳ございません、お父様。……伯爵様、本日はお招きいただき誠に光栄に存じます。」


私は、ユリウスに叩き込まれた通り、吸い込まれるような優雅な動作で、一寸の狂いもない完璧な礼を捧げた。


伯爵の眉が、ピクリと動いた。

かつての「粗野な令嬢」を期待していた彼は、目の前にいる、静謐な美しさを湛えた淑女を前に、一瞬言葉を失ったようだった。


私が席に着くと、伯爵はワイングラスを回しながら、試すような視線を投げてきた。


「……ロザリア嬢。貴女にとって、この食事の席はただの社交の場かな? それとも、他に何か語るべきことがあるのかな」


いきなりの先制攻撃。普通の令嬢なら「楽しいお食事を……」と濁すところだけど……私にとって、この会話は「2回目」だ。

私はあえて、彼が今一番喉から手が出るほど欲しがっている情報をぶつけた。


「そうね……例えば、西方の属領での『関税改正』についてなどはいかがかしら? 伯爵が今、最も頭を悩ませておいでだと聞き及んでおりましたので。手土産代わりにと、最新の物流資料に目を通しておりましたのよ」


その瞬間、グラスを回す伯爵の手がピタリと止まった。


「……ほう。令嬢が関税の話か。驚いたな、ロザリア嬢。あれは専門の学者でも匙を投げる難題だ」

「ええ。ですが、西方の特産品である香料の流通が滞れば、我が家の領地の経済にも響きますもの。伯爵が提唱されている『段階的減税案』は、実に画期的な解決策だと感銘を受けましたわ」


私は知っている。数年後、伯爵がこの政策で一躍名を上げることを。


「え、ええと……お姉様。お食事の席で、そんなに難しいお話をしなくても……。伯爵様、お姉様は少し勉強熱心すぎて、時々こうして空気を忘れてしまうのです。ねえ、お父様?」


エミリアが焦ったように、いつもの「フォローする妹」の立場で割り込もうとする。しかし、伯爵は彼女を一瞥もせず、私を食い入るように見つめた。


「いや、エミリア嬢。空気を忘れているのは貴女の方だ。……ロザリア嬢、先ほどの『段階的』という言葉。具体的にはどの品目から手をつけるべきだと考えている?」

「まずは需要の安定している穀物から、ですわね。」


私はエミリアが口を挟む隙も与えず、淀みなく持論を展開した。

……もっとも、これは“私の考え”ではない。数年後に伯爵自身が導き出す答えを、ほんの少しだけ前借りしているだけ。


「それを起点に、物資の循環路を整えることで、市場の価格変動を最小限に抑えられますわ。香料や絹のような高価な嗜好品はその後で――輸送網が整えば、自然と税収も安定いたしますもの。」


伯爵の眉がわずかに上がる。

興味を引けた、確信した。

これは未来の伯爵が自ら提唱し、国を動かすほどの大政策へと昇華させる理論の一部だ。そんな大きな功績を盗んでしまうのは少々忍びないけれど…仕方がないわよね!


エミリアは何度も口を開こうとしたが、経済や政治の基礎知識がない彼女には、私たちの会話の内容すら満足に理解できていないようだった。伯爵をじっと見つめる彼女の横顔に、困惑と焦りが入り混じっている。


父は、そんな二人の姿をじっと見比べていた。

かつては「扱いにくいロザリア」よりも「素直で可愛いエミリア」を重用しようとしていた父の瞳に、明らかに変化が生じている。


「……素晴らしい。ロザリア、お前がこれほどまでに我が家の未来を、そして国の行く末を深く考えていたとは。……伯爵、娘が失礼なことを申し上げてはおりませんか?」

「失礼どころか。……公爵、貴殿は宝を持ち腐れていたようだ。これほどの見識を持つ令嬢は、王都を探してもそうはおらん」


伯爵が、初めて私にむけて満足げな笑みを浮かべた。

彼から笑顔を引き出すなど、一周目の私には天地がひっくり返っても不可能だったことだ。


食堂の隅で控えるユリウスの視線を感じる。…ふふん。少しは私のこと、見直したかしら?

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