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よろしいですか、ロザリア様。

「……ロザリア様。誕生会を終えて、ようやく一息ついたというお顔ですね。ですが、残念ながら運命は貴女に休暇を与えるほど慈悲深くはないようです。次の『脅威』が、予定より早く回ってきましたよ」


夜会から数日後。部屋で紅茶を飲んでいた私の前に、ユリウスが慇懃無礼に一通の招待状を置いた。

金箔が施されたその封筒を見た瞬間、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「これって……ヴァン・クロムウェル伯爵からの…?」

「ええ。王国の経済を掌握し、礼節を持たぬ者には金貨一枚すら貸さぬという、あの頑固な老いぼれです。二日後、我が家との融資継続をかけた『会食』が行われます」


ユリウスは私に有無を言わせぬ冷徹な瞳で、スケジュール帳をパタンと閉じた。

ヴァン・クロムウェル伯爵……!

その名を聞くだけで、私は一周目の「大失態」を思い出し、指先が凍りつく。


食事のルールなど面倒だと突っぱね、周囲の忠告を鼻で笑っていた一周目の私。もちろん、公爵令嬢として最低限の形だけは叩き込まれていたけれど、クロムウェル伯爵という「本物」の前では、そんな付け焼き刃の作法など紙縒よりも脆かった。


それどころか、私はあの日、緊張と焦りから大失態を演じたのだ。

一口啜ろうとしたスープが予想外の熱さで、思わず仰け反り、あろうことか伯爵の目の前で皿ごとひっくり返してしまった。


――『作法も知らぬ娘に、我が国の未来を左右する金は一首も貸せぬ。公爵、貴殿の教育の底が見えたな』


静まり返った食堂に響いた、あの冷酷な拒絶。

伯爵は大激怒して席を立ち、お父様に関しては激怒どころか、その場で真っ青になって卒倒しかけていた。

とにかく、それがきっかけで私の我が家での地位は、文字通り地の底まで堕ちた。


「……あ、あの、ユリウス。今からでも体調不良ということに……」

「ロザリア様、逃げ場などありませんよ」


私の情けない提案に、ユリウスは手にしていたティーポットを置くと、彫刻のような無表情で私を凝視した。


「……はぁ。公爵令嬢としての矜持はどこへ捨ててきたのですか」

「だって!相手はあのクロムウェル伯爵よ!? ……実は、以前……一周目で一度お会いした時に、その……大失態をやらかしたことがあって……」


私がもじもじと口ごもりながらそう言うと、ユリウスは片方の眉を怪訝そうに跳ね上げた。


「大失態?貴女が彼に不敬な口を利いたとでも?」

「……スープを、ひっくり返したのよ。あまりの熱さに驚いて、あろうことか伯爵の目の前で、派手に」

「…………は?」


ユリウスの動きが、完全に止まった。

数秒の沈黙。それは彼と一緒に過ごしてきた中で、最も「冷たくて長い」沈黙だった。


「ひっくり返した……?驚いて?公爵令嬢である、貴女が?」

「本当に熱かったんだから仕方ないじゃない!」

「……信じられませんね」


ユリウスは深い、深いため息をつくと、片手で顔を覆った。


「淑女のマナー以前の問題です。熱いものが供されるのは当然のこと。それを冷ます作法も、熱さを表情に出さない忍耐も、貴女には欠片も備わっていなかったというわけですか。……伯爵が激怒されたのも無理はありません。ほとんどテロに近い行為です。」

「ちょっと、そこまで言わなくてもいいでしょ!」

「いいえ、言わせていただきます。貴女がひっくり返したのはスープではなく、エーデルハイト家の信用と未来だ。その自覚をお持ちください」


ユリウスの瞳がこれ以上ないほどに冷える。もはや見ているだけで凍えそう…!


「……わ、分かってるわよ。でも、夜会であれだけ完璧に振る舞えたんだから、食事くらい――」

「甘い」


ユリウスが私の言葉を遮り、机に両手をついて顔を近づけてきた。

逃げようとした私の退路を断つように、彼の影が私を覆う。


「夜会は『見せる』ための舞台。ですが食事会は『暴く』ためのものです。一口運ぶごとに、貴女の育ち、忍耐、そして知性が丸裸にされる。今の貴女では、前菜が出る前に追い出されるのが関の山です」

「なっ……!言い過ぎよ!」


悔しくて彼を突き飛ばそうとしたが、逆にユリウスは私の手首をひょいと掴み、指先を検分するように見つめた。


「……いいですか、ロザリア様。今から当日まで、貴女の自由時間はすべて私が買い取ります」

「……は?」

「寝食を共にし、一挙手一投足を矯正させていただきます。……ふふ、泣いて逃げ出すなら今のうちですよ?私の『食事マナー指導』は、夜会のレッスンなど遊びに思えるほど過酷ですから」


ユリウスは私の手首を離さぬまま、その形の良い唇を吊り上げ、獲物を追い詰めるような艶やかな笑みを浮かべた。


「ひ、ひぃ…!」

「……よろしいですか、ロザリア様。今回の会食は『復讐』ではありません。貴女が過去に汚したエーデルハイト家の名誉を、文字通りその手で『拭き取る』ための禊です」

「……っ」

「一滴の音も、一瞬の動揺も許さない。貴女が熱湯を飲み干しても微笑んでいられるようになるまで、今夜は一歩も食堂から出しません……さあ、まずは椅子の座り方、百回ほど叩き込んで差し上げましょう」

「い、いやあぁぁあ……!!」


悔しくて、情けなくて、けれど彼の言う通りすぎて何も言い返せない。

私は燃えるような屈辱を抱えたまま、彼に引きずられるようにして、地獄の特訓へと向かった。

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