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期待しております、ロザリア様。

騒然とする会場の喧騒を、まるで遠い異国の出来事のように聞き流しながら、私はゆっくりとバルコニーの影へと一歩下がった。


やり遂げた。


周囲から軽蔑の眼差しを浴びるエミリア。そして、醜く保身に走ろうと右往左往するお父様。一周目の世界で私を絶望の淵に突き落とした者たちが、今は泥を這うように惨めな姿を見せている。

ふっと肩の力が抜けそうになったその時、背後から音もなく現れたユリウスが、私の腰を支えるように手を添えた。


「……お疲れ様でした。ロザリア様」


耳元に、羽毛が触れるような低く滑らかな声が届く。


「見事な立ち回りでした。公爵家の名誉を盾にしながら、彼女の無知をこれ以上ないほど残酷に突いてみせる。……完璧です。見事、エミリア様の顔に泥を塗られましたね。」

「ユ、ユリウス……」


振り向くと、彼は一点の乱れもない完璧な執事の礼を私に捧げていた。

その深い瞳は、私が先ほどバルコニーで言い放った「完璧な私を認めさせてやる」という生意気な宣言を、じっと品定めするように思い出しているかのよう。


「……ふん、当然よ。私を誰だと思っているの?……どう? これでもまだ、私のことを『完璧な令嬢』だと認めないつもり?」


私は彼に気圧されそうになるのを必死に堪え、顎を少しだけ上げて、勝ち誇ったような笑みを無理やり貼り付けた。


しかし、ユリウスは眉ひとつ動かさず、ただ静かに私を見つめ返した。


「……認めろ、ですか。想定されていた事態に対し、教えた通りの手順で対処できた……。その点については、及第点を差し上げましょう。ですが」


彼は流れるような所作で私のドレスの僅かな乱れを直すと、私に向き直る。その無表情な瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、私をからかうような意地悪な色が揺らめく。


「……先ほど、お茶の責任を転嫁する際、貴女は一歩前に踏み出しすぎました。必死さが滲み出てしまい、優雅さを欠いています。さらに言えば、エミリア様の絶望した顔を見た際、貴女は無意識に満足げな吐息を漏らしました。あのような場では、その一息すらも『悲劇を悼む嘆き』に変えなければなりません。……何より、今この瞬間です。私の指摘にムキになって言い返そうと、唇を噛み締めている。……自分の感情一つ御しきれない方が、『完璧』を語るなど、片腹痛いと言わざるを得ませんね」


私が「うっ……」と息を呑むと、彼は満足したように一歩引く。


「さあ、背筋を。まだ観客たちが貴女の『隙』を伺っていますよ。……夜会が終わるまでその仮面を維持できれば、その時に改めて、褒めて差し上げるか検討いたしましょう」

「ふん!素直に褒めればいいのに。ほんっとうに……可愛げのない執事ね!」


これだけ完璧に立ち回ったというのに、返ってきたのは重箱の隅をつつくような指摘の嵐。悔しい。悔しいけれど、彼に指摘された箇所がすべて図星なのが、もっと悔しい。


「……いいわ。今の指摘、全部忘れないようにしてあげる。夜会が終わる頃には、その生意気な口から『及第点』以上の言葉を引き出してみせるんだから!」


私は精一杯の虚勢を張って、ユリウスに背を向けた。

足早に会場へと戻る私の背中に、無表情な執事の声が追いかけてくる。


「……期待しておりますよ、ロザリア様」


その声が、どこか楽しげに響いた気がして、私はさらに歩を早めた。


◇◇◇


会場の喧騒に戻った私を真っ先に待ち構えていたのは、安堵したように眉を下げたヴィルヘルム殿下だった。


「ロザリア……!先程の立ち回りは見事だった。君が機転を利かせてくれなければ、今頃僕は命を落としていたかもしれない。……君には感謝してもしきれないよ。本当にありがとう」


あの殿下が、私の手を取り、心からの称賛を口にしている。


(……ああ、嬉しい……っ! 殿下に、あんなに真っ直ぐ褒めていただけるなんて……!)


私の心は舞い上がった。張り詰めていた緊張が「成功」という甘い多幸感に溶かされ、私の表情は今にもだらしなく緩みそうになった。

「公爵令嬢の仮面」がヘロヘロと崩れ、思わず頬を緩ませて、喜びのあまり顔を赤らめてしまいそうになった、その時。


背筋を突き抜けるような冷気が走り、私はハッとして、反射的に「ある方向」に視線を向けてしまった。

会場の隅、柱の影に音もなく立つ、あの男。

今の顔、ユリウスに見られた―――!?


「ひっ……!?」


心臓が跳ね上がった。

つい数分前に指摘された「及第点」という言葉。そして、「完璧には程遠い」と顎を掬われて言われたばかりの屈辱的なダメ出しが、鮮明に脳内に蘇る。


今の私の顔は、どう見ても「聖母のような微笑み」ではない。

ユリウスに『チョロい』と鼻で笑われる、最も致命的な『隙』そのものだ。


「どうした、ロザリア?急に顔を強張らせて……。やはり、無理をしていたのかい?」


心配そうに顔を覗き込んでくる殿下に対し、私は引き攣りそうな口角を必死に指先で押さえ、震える声で答えた。


「な、なんでもありませんわ、殿下……!ただ、あまりに身に余るお言葉をいただき、……少し、気が動転してしまって……っ」


(……マズい、マズいわ!このままニヤけた顔を見られたら、後でユリウスにどんな『補習』をされるか分かったもんじゃない……!)


私は背後に潜む「可愛げのない執事」の冷徹な視線から逃げるように、死に物狂いで頬の筋肉を叩き起こし、仮面を貼り付け直したが……ユリウスは呆れ返った表情で、まだこちらを見つめ続けていた。

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