仕掛けましょう、ロザリア様。
会場へ戻った私は、背筋をピンと伸ばし、真っ直ぐにエミリアたちの待つ広間の中央へと進み出た。
注目が集まる。私は優雅に扇を閉じると、ゆったりとした仕草で周囲を見渡す。
「皆さま──お騒がせしておりますわ」
小さく微笑んで間を置き、視線をゆるやかに巡らせる。
「けれど、本日はなんと素晴らしい祝宴でしょう。この良き日に、わたくしからも少しばかり彩りを添えさせていただきますわね」
(うう、緊張する……! ちゃんと令嬢らしく振る舞えてるかしら…?)
視線の端で、ユリウスが一点の曇りもない真顔でこちらを見守っているのがわかる。すごいプレッシャーだ。
私の合図とともに、楽団の音が静まり、会場の空気が一変する。
王家と貴族たちが注目する中、私は凛とした足取りで長卓へと向かった。
エミリアが口を開きかけたのを見て、私はそれを遮るように、よく通る声で言った。
「本日の祝杯は、妹エミリアが選んでくれた特別な茶でございます。
せっかくですから、どうか皆さまにも味わっていただけますように」
エミリアの顔が、見る間にさっと青ざめていく。
そう、先手を打つのだ。
要は、エミリアが「お姉様が選んだものです」と口にする前に、私が「これはエミリアが選んだもの」と皆に印象づけてしまえばいい。
たったそれだけで、この件の責任は私からエミリアに転じる。
一周目の世界で、彼女は私に「最高級の茶葉よ」と偽って危険な代物を手渡し、さも私が選んだかのように殿下へ差し出させた。
何も知らずに「私が選びました」と微笑んで差し出した一杯のせいで、私は衆人環視の中、「図らずとも殿下を害そうとした無知な令嬢」として仕立てあげられてしまったのだ。
あの時の絶望、あの時の冷たい視線。今度はそっくりそのまま、貴女に返してあげる。
私は自らの杯を持ち上げるが、唇には触れず、そのまま侍従たちに合図して、会場の来賓にも同じ茶を注がせる。楽団の音が静まり、会場中央の長卓の上に、香気の高い茶器が並ぶ。
何人かの鼻の利く貴族は、そのとき立ちのぼった香りで、この紅茶の異様さに気づいたようだ。――もっとも、口に出す者はいないけれど。
「…ロザリア様。」
そこへ、金と紅の絨毯の上を、ユリウスが静かに歩み出た。
彼は深々と頭を下げると、慎重に語り出した。
「……失礼ながら、供される前にこの茶葉を検めさせていただきました。やはり、貴女様が懸念されていた通りです」
ユリウスの落ち着き払った声が、静まり返った会場に響く。
「この茶葉には、〈銀雪花〉が含まれております。……王族の血筋には、猛毒となる禁忌の草です」
会場が凍りついたように揺れた。
ロザリアは驚くふりもせず、ただ悲しげに、けれど涼やかな笑みを浮かべて首を傾げた。
「……やはりそうなのね、ユリウス。エミリアが『特別なお茶』だと言うから、万が一を考えて貴方に鑑定させておいて正解だったわ」
途端に、エミリアの顔色が土気色に変わる。
「陛下のご体質には猛毒です!」と叫ぶ側近たちの声。人々がざわつき出す。
ユリウスは懐から、白い絹のハンカチに包まれた少量の茶葉を取り出し、最前列にいた宮廷薬剤師の前へと歩み寄った。
「こちらが、淹れられる前の茶葉から私が抜き取ったものです。表面に塗布された銀色の微粉末……それこそが、抽出されることで無色無臭の毒へと変わる〈銀雪花〉の結晶に他なりません」
ユリウスは流れるような所作で、傍らの侍従が持っていた特殊な水の入ったグラスに、その茶葉を数粒落とした。
透明だった水が、一瞬にして不気味なほど鮮やかな銀色に濁り、パチパチと小さく弾けるような音を立て、凍りついていく。
「ご覧の通りです。この反応は〈銀雪花〉特有のもの。この花は、王族の血筋を引く者にのみ牙を剥く猛毒です。かつては暗殺のために密かに開発されたと語り継がれる、曰く付きの代物でございます」
「……お、お姉様、違うの! 私はそんなものだって知らなくて、ただ珍しいものだと……っ!」
必死に縋り付こうとするエミリアを、私は冷ややかに見下ろした。
「……あら、知らなかったの?そう…。公爵家の令嬢という立場にありながら、王族の暗殺にすら利用されるこの花の存在も、その歴史も、露ほども存じなかったと言うのね。」
「……っ!!」
私がゆったりと問うと、エミリアはついに言葉を失い、わなわなと震え出す。
いい気味だわ!今の私の一言で、貴女は「無知な令嬢」に格下げになった。ざまぁ見なさい。
突き刺さるような疑念の視線が、一斉にエミリアへと集中した。
「そんな……お姉様、私はただ……っ!」
震えるエミリアを遮り、私はゆるやかにカップを置き、慈悲深い『姉』の顔で語りかけた。
「いいのよ、エミリア。貴女はまだ、薬草の知識が乏しかったのでしょう? 殿下を喜ばせたい一心で、希少な茶葉を深く考えずに選んでしまった……。その無知が、どれほど恐ろしい事態を招くか知らずに」
私は微笑みながら言う……あくまで『心優しい令嬢』を装うのだ。
私はそのまま王家の方を向き、深々と、けれど堂々と頭を下げた。
「陛下、殿下。妹の不勉強により、不吉な品を場に持ち込みましたこと、姉として、そしてエーデルハイト公爵家の一員としてお詫び申し上げます。……エミリア、後で私と一緒に、お父様へしっかりと謝罪しましょう。貴女には、もう一度正しい教育が必要なようですから」
「あ、……っ」
本来なら、私を「配慮の足りない愚か者」に仕立て上げるはずだった罠。
それが、私―――ロザリアの「事前の機転」によって、『無知ゆえに王族を殺しかけた危険な妹』と、『それを未然に防いだ賢明な姉』という残酷な構図へと反転したのだ。
「妹の厚意が過ぎたようですわ。どうかお許しを──皆さま、妹の心ばかりのもてなしに、どうか拍手を」
ぱち、ぱち、と重い拍手。
誰も笑っていない。
エミリアは唇を噛み、
視線を彷徨わせながらも、何一つ言葉が出なかった。




