第十七話 私がヤスデの群れの一人だとして
アゲハ「も、もうダメ……」
ミツキ「も、門城先輩、気をたしかに!」
アゲハ「私はもう無理よ、ミツキ君、後はあなた一人で……」
ミツキ「嫌っすよー!先輩も一緒に!」
アゲハ「あ……限界、もうダメ……。さようならミツキ君。これまで楽しかったわ……」
ミツキ「も、門城先輩ー!」
学校近くのスーパーから飛び出していくアゲハ。
***
ミツキ「門城先輩、置いて出てくなんて酷いっす」
アゲハ「悪かったわね……」
ミツキ「まあ、買えたんでいいっすけど。はい、これ門城先輩の分。季節限定・パティシエリョウヤ監修・ハーデンナッツ・マカデミアンカシューアイス・リョウヤネクストコラボエディション・ラー」
アゲハ「あ、うん、ありがとう……。これが噂のリョウヤって人のアイスね……」
ミツキ「困りますよ!今日発売で、一人一個限定の所を、何とか説明して二個にしてもらったんすから!」
アゲハ「ごめん、知らなかったの……。こんなに人気があるなんて……。ものすごい行列で……、うぷ」
ミツキ「ほんとに先輩は人込みに弱いっすね……」
アゲハ「無理なの……。あの熱気、沢山の人の混ざり合う匂い、ぎゅうぎゅうになる圧迫感。というか、どうしてみんな限定って聞くと一斉に買いに来るのよ……」
ミツキ「だって、季節限定っすよ? まだここは田舎なんで買えたっすけど、都会じゃ朝から大行列必須で、もはや買えたら奇跡だろって言われてましたし」
アゲハ「そんなに人気なら限定にしなければいいのに……」
ミツキ「小言が多いっすね……。ほら、溶けないうちに食べましょ」
アゲハ「ありがとう、頂くわ。そうだ、そこの川沿いの“あづまや”で食べましょうか」
***
ミツキ「うっめー!濃厚なバニラと、大きなナッツ類の歯ごたえ!さすがパティシエリョウヤ!カリスマ中のカリスマ!人の味覚を知り尽くしてる!」
アゲハ「……うん。おいしいね」
ミツキ「人間の文化で最も偉大なのは食文化かもって誰かが言ってましたし、つまり食を制するパティシエリョウヤは、文化の頂点に君臨しているって事っすよ!ラー!まさに神!リョウヤは神!」
アゲハ「……人気なんだ、その人。……知らなかったけど」
ミツキ「あー、並んでよかったー。美味いアイスで心も晴れやか。ほら、見てください。僕の気分を象徴するように、雨も上がって、お天道様が顔を出してくれましたよ」
アゲハ「うんうん……。よかった、よかったね……」
ミツキ「門城先輩、何でそんなに人込みが苦手なんすか?」
アゲハ「まあ個人の感覚の問題だから、説明は難しいけど……。あ、そうだ、あそこを見て」
ミツキ「どこっすか?」
アゲハ「あそこ、あの大きな石が積み重なってるとこ。いっぱい茶色いのがくっついてるの」
ミツキ「あー。あの茶色い苔が付いてる岩っすか?」
アゲハ「苔じゃないよ? 見えない?」
ミツキ「え? 僕、視力弱いので……」
アゲハ「じゃあ、ほら、もっと近くで見て来てよ」
ミツキ「は、はあ」
茶色い苔に近づく。
ミツキ「ん、んー?」
モゾモゾモゾモゾモゾモゾモゾ
ミツキ「ぎゃ、ぎゃああああああ!!」
アゲハ「苔じゃなかったでしょ?」
ミツキ「む、ムカデの大群じゃないっすか!」
アゲハ「ムカデじゃないよ? ヤスデさん」
ミツキ「や、やすで?」
アゲハ「そうだよ、ヤスデ」
ミツキ「ムカデっすよね?」
アゲハ「ヤスデ」
ミツキ「ムカデ?」
アゲハ「ヤスデ!!」
ミツキ(……いるんだよな。カメラじゃなくて、キャメラだとか、ラジオじゃなくて、レイディオだと、発音に厳しい人……。まあ別にいいか……)
ミツキ「あ、あの、ところで、なぜ門城先輩は、このヤスデは僕に見せたのでしょうか……」
アゲハ「ミツキ君も体験すべきだと思ったのね」
ミツキ「な、なにを?」
アゲハ「大群の中に放り込まれた、哀れな私の気持ちを」
ミツキ「えっと、大群?」
アゲハ「ミツキ君も、ヤスデさんが大群でいたら、うわってなったでしょ? 私も同じだよ。ひとりひとりなら、可愛いねとか、かっこいいねとか、個人に対しての感情を持てるけど、大勢だと、うわってなるんだよ」
ミツキ「は、はあ……」
アゲハ「わかってくれた? 私の気持ち」
ミツキ「わかったような、わからないような……。人込みと、この大群を並べるのもいかがなものかと」
アゲハ「……は?」
ミツキ「いえ、なんでもありません」
アゲハ「はー……」
ミツキ「ところで、なんでこいつらって、ここに密集してるんすか?」
アゲハ「限定なんじゃない?」
ミツキ「……え?」
アゲハ「多分、深い意味はないんだよ。たくさんのヤスデさんがいて、住みやすい場所に集まってる。温度とか、湿度とか、食べ物とか、そういう丁度いい環境の場所を求めて移動してるの。多分この辺りだと、その石のあたりが、限られたベストなポジションなんだよ」
ミツキ「な、なるほど……」
アゲハ「べつにね、彼らだって人を驚かそうとか思ってないよ? 彼らって人に害がある毒もないしね」
ミツキ「そ、そうなんすか……」
アゲハ「だから、こっちからも驚かせないでね。彼らって怒ったら刺激臭を出すしさ。皆がびっくりして一斉に匂いを出したら大変だよ」
ミツキ「大量の刺激臭はきついっすね……」
アゲハ「まあ、彼らからしたら、自分の求めている場所に向かって動いた結果、そこは他のヤスデさんも求めた場所だった。結果として大群になった。つまり、そういうこと。さっきのアイスの行列と一緒」
ミツキ「なるほど……」
アゲハ「別に好き好んで大群の中に居るんじゃないんだよ」
ミツキ「はあ……。行列に巻き込んだことを、相当怒ってるなこれは……」
アゲハ「ああ、出来たら人の少ないユートピアで暮らしていけたらいいのに」
ミツキ「……人の少ないユートピア……」
アゲハ「あ、でも、おいしかったよ? アイス」
ミツキ「それは良かったっす」
アゲハ「でもねー、見ての通り私は人込みが苦手だからさ。次からは、なるべく静かに二人で過ごせる所に誘ってね」
ミツキ「……静かに二人で。……まじすか」
アゲハ「ん?」
ミツキ「え?」
アゲハ「なに? 赤くなって」
ミツキ「いえ、その……。二人っきりになれる静かな所って、どこかなって……」
アゲハ「こういう所じゃん」
ミツキ「え?」
アゲハ「こういう静かなとこ」
ミツキ「……なるほど。たしか二人で静かに出来ましたね……」
モゾモゾモゾモゾモゾモゾ




