第91話 ダビデと巨人ゴリアテ
黒須の旧約聖書のVR授業は、学校で大評判になった。
そして、いよいよ今日、古代イスラエルの王ダビデの話に入っていく。
****
教室が一瞬で砂漠と戦場に変わった。
風の音、砂埃、兵士たちのざわめき……
VRの臨場感が、教室全体に広がった。
ー「ミケランジェロのダヴィデ像で有名なやつ。知っているか? あれは、石を飛ばす道具スリングを持っている像だ。今回は巨人ゴリアテと戦うダビデの話をする。はい、今日も先生のアバターが活躍しまーす。
前回は、ダビデは毎晩サウル王の元を訪れ、竪琴を弾くって話までだったな。
ある時、ダビデはペリシテ人との戦いに同行することになった。
同行する、と言っても、実際に戦うのではなく食料調達みたいな、お世話係だったんだがな」
サウル王は、震える兵士たちと一緒に立ち尽くしていた。
―「ペリシテ人が、イスラエル軍を挑発していた。
ペリシテ軍の中には、巨人ゴリアテというバケモンがいて、誰もそいつを倒すことは出来なかった」
サウル王―「……ゴリアテに勝てる者……おらぬのか……?」
―「その姿は、王としてのプライドが揺らぎ、不安に飲み込まれそうな“みじめなサウル王”。
うわ……ルシファーが不安そうになる顏はレアだな……」
ルシファー(現実)「これはアバターの演技だ。わたしではない!」
現実のルシファーの声のトーンはだいぶ怒っていた。
そして、地平線の向こうから、約3メートルもある巨人ゴリアテが現れた。
ゴリアテ「やあやあ! イスラエルの犬どもめ!! 誰でもいい、かかってこいや!!」
生徒
「でか!!!」
「こわ!!」
「VRすげぇ……!」
ルカは、そのデカさにビクッと震えた。
「……で、でかすぎ……ウリエル、これ、盛ってない?」
「ないっす。正確に再現しました」
黒須はルカに小声で忠告した。
「怖ぇなら、後ろに下がってろよ」
ルカは黒須を睨んだ。
「怖くなんかないわよ!! ちょっとだけびっくりしただけ!!」
すると、VRの黒須演じるダビデが、兵士たちの間からスッと前に進み出た。
ダビデ(黒須)―「ダビデ、行きまーす!」
兵士A―「え、アムロ?」
兵士B―「いや、無理だろ!!」
兵士C―「まだ子どもだぞ!!」
黒須は、新人の頃を思い出していた。
(……そういや俺も昔、天界で“お前が行け”って、籤引きみたいに現場送りにされたよな……)
兵士たちは、自分は行きたくないが、少年が行くって言うのならと、親切心で鎧や盾や武器などを貸してやった。
―「いくらなんでも素手じゃ危険だ」
―「せめて、防具はつけな」
しかし、ダビデ少年が鎧を着てみると、重すぎて動けないし、盾も重すぎて持てない。
―「やっぱ、いい。動けないから、やっぱいいです。素手で行きます」
と、ダビデ。
彼は鎧も何も着ず、スリングだけを持って巨人ゴリアテの前に立った。
小さな少年の登場にペリシテ軍は大笑いだった。
巨人ゴリアテはダビデを見下ろして言った。
「うわーはっはっは! お前が戦士か!? 棒切れ一本で勝てると思っているのか!!」
ダビデ(黒須)―「石一個で充分だ」
ダビデは静かに石を拾い、スリングを構えた。
そして、片手でスリングをぶんぶん回した。
スリングがしなる。
ブン、ブン、ブン、ブン、キュルルルルルッッ!!
ダビデ(黒須)―「……っ!」
石が弾丸のようにダビデの手から飛び出し、ゴリアテの額を直撃した。
ダビデは、放った石をゴリアテの額に命中させたのだ。
巨人が唸った。
「ぐ……う……!!」
世界がスローモーションになる。
巨人は、倒れた……
ドオオオォォォン!!
生徒たち
「うわあああ!!」
「倒した!!ほんとに倒した!!」
「黒須先生かっけーー!!」
ウリエルは冷静に生徒たちに説明した。
「演出はありません。史実通りです」
ルカはダビデ少年にハートを奪われた。
「……ヤバい……黒須先生って……こういう時だけ、なんでこんなカッコイイの……いつも喋らないで、石投げてなさいよ!」
そう罵りながらも、ルカの目からは感動の涙がこぼれた。
黒須は顔を真っ赤にして叫んだ。
「いや、泣くほどのこと? ただ石投げただけじゃん!」
「泣いてない!! しばくわよ!!」
生徒たちは、本物の黒須先生とルカ先生のやり取りを、呆気に取られて見ていた。
「あーーーデレだ!! ルカ先生、完全にデレた!!」
「やっぱ、こうなるよなー」
サウル王が、倒れた巨人と大歓声の黒須をじっと見つめ……、
目を細めた。
サウル王―「……なぜだ。なぜ……あいつばかり……称えられる……?あいつを気にかけてやったのは、このわたしなのに」
黒須は、VRと現実がダブって見えた。
(……あー、この空気感、記憶にある……サウルとダビデのやつ……そして、ルシファーと俺の距離感と同じだ……)
黒須は現実のルシファーに目をやった。
「………………」
彼はめっちゃ不機嫌そうだった。
そしてその隣には、単純にVR授業を映画のように楽しんでいる先生がいた。
教頭だ。
「あらまあ! ルシファーさん、嫉妬がよく似合いますわね!」
「ちょっと黙ってもらえます?!!! 教頭先生」
現実のルシファーは、嫉妬している自分など、誰にも見られたくなかった。
「くっそ……、AIめ。なんだ、この配役。ハマり過ぎだろ」
****
いったん、ヘッドセットを外して、黒須は授業を続けた。
「石ひとつで巨人ゴリアテを倒したダビデってすごいよな。俺じゃないぞ、ダビデのことだ。
このニュースがイスラエル中に響き渡って、ダビデは名声と人気を手に入れた。
そして、もうひとつ得難いものを、ダビデは手に入れたんだ。それは、……友情だ」
突然、ウリエルが手を挙げて、先生たちと生徒むけて発表した。
「途中ですが、ここで発表します。今回のVRアバター配置は、天界アーカイブの“特別承認”を受けております!」
黒須が聞き返した。
「“特別承認”??」
「はい、ミカエル上官からの、特別承認です!」
生徒たちがざわざわした。
「ミカエルさんの許可!?って誰?」
「天界データって、何気に言ってるけどダニエル君わかる?」
「……なんとなくだけど、だぶん、ルシファー先生が怒る世界のこと」
一番引きつった顏をしたのは、ルシファーだった。
そして、ルカはそっと頷く。
「わかるわ……あの人がタダで天界データにアクセス許可するわけないもの」
黒須が心配した。
「お、おいルカ……いいのか? お前の上司だろ」
「昔からそう言う人、いえ、大天使なの」
ウリエルが話を続けた。
「なお、ミカエル上官は一つ条件を出されておりまして……」
黒須は再び聞き返した。
「条件?」
「『ミカエル上官のアバターデータもどこかで使え』とのことなんですね」
「……あの鬼軍曹が? 珍しいな、出たがりかよ」
その時だった。
眩しい光に包まれて、教室の扉が開いた。
真っ白いスーツに、ブロンドの髪の美青年。
ミカエルが、颯爽と1年G組に降臨した。
「…………今、出たがりって言ったかな? 黒須」
「お、おっすミカエル。授業中だぞ。しかし、いつもに増して怖いな」
「黙れ。……ルカ、この世の秩序を司っているのは……?」
「はい、ミカエル上官であります」
「よくできました。わたしはただ、正確な歴史教育のために協力したいだけだ」
ルカは小さくつぶやいた。
「絶対違う……」
そして、この件で相談しに行った張本人はというと、
ルカの後ろで小さくなって震えていた。
もちろん、ルシファーだ。
「なんで、あいつまで授業に参加するんだよ。前にそんな話したっけ? あいつと会うのは焼き鳥屋だけで十分だ」
教頭先生は突然の来客に驚いて、椅子から転がり落ち、ミカエルはすかさず、手を伸ばして助けた。
「おや、突然現れて驚かせましたね、マドモアゼル。お許しください。わたくし、ウリエルの派遣元、情報システム会社のミカエルといいます。お怪我はございませんか?」
イケメン好きの教頭は、すっかりのぼせ上った。
「あら、まあ、そうでしたの。ウリエルさんの……。わたくし、青葉学院高等部の教頭です」
「ええ、存じております。派遣先にはお美しいご婦人の教頭先生がいるって、お噂はかねがね……」
ルカは、ミカエルの前で、頭を下げた。
「失礼します、ミカエル上官。黒須先生の授業を進めてよろしいでしょうか。生徒たちがずっと待っています」
「ルカ。もちろんだ。わたしも解説してもいいが?」
「いいえ、生徒が混乱しますので、遠慮申し上ます。それに、黒須先生の授業ですから」
「ああ、そうだね。じゃ、黒須君、ウリエル、ついでにルシファー。始めてくれたまえ」
ミカエルのキューサインを見て、黒須は授業を再開した。
「やりづれー」




