第90話 どもー今日から王になったサウルでーす
授業開始前から、教室で生徒たちは期待を胸を膨らませ、今か今かと黒須が来るのを待っていた。
ガラッ
教室のドアが開いて、黒須が登場すると生徒たちから拍手が起きた。
「おい、今日は卒業式か?」
生徒たちはドッと笑った。
「今日のVR授業が楽しみなんです。先生、早く」
「なんだか、授業をせがまれるって妙な気分だな。じゃあ、早速始めるか。
さて、今回からは『ついにイスラエル民族の王国ゲットだぜーー!』という話だ。
約束の地カナンに定住し、12部族で土地を分配して地方分権してたイスラエル民。
しかし、パリシテ人とか、強力な敵に対抗するには、やっぱ王が必要だよねって話になった」
「神の目線はおそらくこう、
―『やっぱ、初代の王って背が高いイケメンがいいよねー。ねえねえ、預言者サムエル君、その辺にいる美形にとりあえず、声かけてよ』
そこで、預言者サムエルは、とりあえず、そのへんのあんちゃんに目を付けた。
初代サウル王、爆誕。VRスタート!」
****
教室は乾いた荒野に変わった。
預言者サムエルは、旅をしていた。
生徒たちは、サムエルを見て、見覚えのある顔に気が付いた。
「あれ? 校長先生じゃない?」
「校長先生に似てる。そっくり……」
「ちなみに、君たちが希望した時代の授業は、先生たちのアバターでやることにした。
預言者サムエルは、校長先生。
初代の王サウルは、ルシファー先生。
二代目の王ダビデが、なぜか俺。
三代目の王ソロモンは、ウリエル先生だ。
語りは本物の俺、黒須が担当する」
黒須は、歴代の王を紹介しておいて、ルカの部分はふせた。
ルカは王ではないからという理由と、もっとも要望が高い人物は伏せておいたほうが効果的という理由だった。
黒須の語りが始まった。
―「乾いた荒野で、逃げたロバを追いかけている青年が、預言者サムエルの目に留まった。
ひときわ目立って背が高く、圧倒的なイケメン。それがサウルだった。
預言者サムエルは、サウルに声をかけた」
サムエル(校長)「ちょっと話があるんだが、……待ちなされ」
サウル(ルシファー)「なんすか?」
サムエル(校長)「青年よ、この老人に残された仕事は、おまえをイスラエルの王にすることじゃ」
サウル(ルシファー)「ふぅーん。それと私が何の関係があるの? 王なんて興味ないね」
―「サウルは断ったのに、なんだかんだと校長に……じゃない、預言者サムエルに説得され、同時に近隣にも宣伝されてしまった。
サウルは、なし崩し的に王にされてしまう流れになった。
そして、預言者サムエルは彼に油を注いで王に任命した。
こんな具合に、王にされてしまったものだから、当然、サウルには王としての自覚もなければ、やる気もなかった
最初は、サウル王に従わない人たちもいた。
そりゃそうだ。
『どうもー、王でーす』
って挨拶しても、急にやって来た普通の兄ちゃんだからね。
でも、戦い始めるとな、これが、めっちゃ強かったんだ。連戦連勝で、民に認められちゃうんだな、これが。
連勝するんだけど、王としての自覚がない。
サウル王は、神の言葉なんか知ったこっちゃない。
預言者サムエルの言葉は、つまり神の言葉なのに、それに背いてしまったんだ」
預言者サムエル(校長)―「アマレク人との戦において、アマレク人をことごとく滅ぼし尽くせ、皆殺しにせよー。と、神がおっしゃっている」
サウル王―「旧約聖書の神は『よく皆殺しにせよ』と言うんだよな」
ところが、アマレク人の敵の王は『助けてくれー。なんでもあげるー。よく太った牛も羊も全部あげるー。だから命だけはとらないでー』と命乞いしたんだ」
サウル王―「んー、それ、いいね! そうだよね、こんな牛とか羊とかまで殺しちゃうのもったいないわ。いいよ、それ乗った!」
―「サウル王は、敵の命を助け、戦利品をぶん捕った。すると、預言者サムエルはブチ切れた。」
預言者サムエル(校長)―「皆殺しにせよ、って言ったでしょうがっ!」
サウル王―「ふぁぁ?」
預言者サムエル(校長)―「よくぞ神の言葉を踏みにじったな。ああ、わかった。もうわかった。神もわしもお前を見捨てるわ。お前はもうイスラエルの王ではない!」
サウル王「はぁ? 意味わかんね。一回、欲が出ただけじゃん! それがダメなの? あああ、マズった。ごめんなさい、マジでちょっと迷っただけだって。許してよー」
―「サウル王は預言者サムエルに謝り、サムエルのマントを破ってしまうほどすがってお願いしたのだけど、預言者サムエルは取りあわなかった」
預言者サムエル(校長)―「ダメなものはダメじゃ」
サウル王―「もう、どうやっても許してくれないのか……」
―「サウル王は、悩み過ぎてノイローゼになり、極度の鬱に陥ってしまった。
一方で、預言者サムエルは、切り替えが早かった。
あっさりと次の王を探しに、旅に出たんだ」
生徒がつぶやいた。
「切り替え早いね、校長」
―「そんなある日あるところで、預言者サムエルは羊飼いの少年ダビデを見出した」
預言者サムエル(校長)―「か、可愛い! めっちゃアイドル系の少年発見! これだよね、王ってやっぱりこれだよね」
そして、ダビデに油を注ぎ、王と認めた。
預言者サムエル(校長)―「お前が次の王だ。でも、時が来るまで待っときなさい。そのうち王として迎えられるであろうから」
―「さて、そんなことになっているとは知らないサウル王。
彼は、極度の鬱で、宮殿に引きこもっていた。
王がこんな状態では、政治もうまく行かないし、戦いもままならない。
と、いうことで、ある部下が気を利かせた。
―『王さま、気晴らしには音楽がいいですよ。琴の音色でも聴かれたらいかがでしょう? 琴の名手である少年を知ってるんですよ。そいつを呼んでまいりましょうか』
そして、竪琴の名手として知られていた少年は、宮殿に連れて来られた。それが、なんと、羊飼いの少年ダビデだった」
ただ、お互いに油注がれたものだということは知らない。
夜の寝室。
ダビデはサウル王の前で竪琴を弾いた。
琴の名手ダビデが弾く美しい旋律に、涙するサウル王。
サウル王―「おお、なんと気持ちが安らぐことか。少年よ、毎晩、琴の音色を聞かせに、ここに来てくれないか?」
ダビデ(黒須)―「はい、仰せのとおりに」
―「これが、人類初の音楽療法だったかもな。毎晩毎晩、親密に寝室で竪琴を弾いていたダビデ。って、言うと、ボーイズラブっぽく聞こえるけど、実際の先生たちはそういう関係じゃないから、現実と混同しないようにな」
一部の女生徒たちには、ある意味ウケが良かったようで、教室の隅の方で密かに盛り上がっていた。
「何って目で俺を見るんだよ、ルシファー」
「あれはわたしではない! わたしのアバターだ! お前も混乱するな」
ルカが間に入った。
「知ってるわよー。あんたたち、大昔は一時的に愛し合いそうになったと……」
「誰から聞いた、ルカ!」
「自白してたじゃない?」
「そ、そうだっけ」
「まあ、忘れちゃうくらい軽い感情だったってことでしょ」
黒須とルシファー「「違うー、くない!!少ししか……」」
黒須解説。
―「 毎晩毎晩、親密に寝室で竪琴を弾いていたダビデ。変な意味ではないからな。
ある日、ダビデはサウル王のお供として戦場に出たんだ。
そして、敵将の巨人ゴリアテを、デュエルという石を飛ばす道具であっさり倒してしまうのだ。それについては次回の授業だな。今回はここまで」
****
教室全体が白い光に包まれたかと思うと、VRは消えて現実世界に戻っていた。
校長は、立ち上がって拍手した。
「ブラボー! ブラボー!」
生徒たちは校長の姿を見て、思わずかしこまった。
もっとも頭を低くしたのは、床に膝まずいた転校生のダニエルだった。
「預言者サムエルよ、神の言葉をお聞かせください」
ルカはダニエルの肩に、そっと優しく手を置いた。
「いやいや、この方は、普通に校長先生だから……間違えるな」




