第9話 遠足の下見が絶叫の遊園地デートに
遊園地のど真ん中、空に向かって突き刺すようにそびえる巨大なコースターを見上げながら、黒須は渋い顔をしていた。
遊園地の下見のため、強い紫外線避けようとかけたサングラスが妙に似合っている。
「……本当にこれ、乗る必要あるか?」
「下見ですから♪ コースに危険がないか確認するのは、先生のお仕事でしょ?」
にこりと笑うルカは、今日も完璧な実習生ルックだ。
柔らかなブロンドのロングヘアが揺れ、彼女のテンションも上昇中だった。
黒須は観念したようにため息をついた。
「……俺、こういうの、苦手なんだよな。ジェットコースター」
「うっそ、マジですか?」
「マジだ」
ルカは目を輝かせた。
(おもしろっ……! 堕天使が絶叫系苦手だと? これは面白くなりそうだ!)
ルカはそのまま強引に黒須の腕を引っ張り、列に並ばせた。
数分後、いよいよ順番が回って来た。
ジェットコースター搭乗だ。
「やめとくなら今のうちですよ、黒須先生?」
「うるさい。来たからには乗る……教育者としての責任がある……!」
「じゃ、Let's go!」
ガタンッ――とベルトが下り、車体が動き出した。
カッ、カッ、カッ、カッ、……
最初の坂を登る間、ルカはワクワクしながら前方を見ていた。
一方の黒須は、真顔で天を仰いでいた。
「黒須先生、死にそうな顔してますけど、大丈夫ですかぁ?」
「この世の終わりが見えているだけだ……」
ガシャーンッ!
突如として落下が始まり、車体は風を切って急降下した。
「きゃはははぁーーーーっ、最高ーーーっ!! この世の終わり―!」
「ぎぃやああああああああああああああ!!!!!」
何かが飛んだ。
黒須の意識だった。
降車後……。
「ねえ、見ました? ちゃんと確認した? カーブの角度とか、風圧とか」
「無理だ……視界が白くなった……」
「ダメじゃないですか。しっかり見てないと」
黒く長い髪をボサボサにして、黒須はヨロヨロとベンチに座り込んだ。
息も絶え絶え、顔面蒼白だ。
ルカは自販機で水を買いながら、こっそり笑った。
(ふふん。これだけ動揺してるってことは、余裕がない証拠。ここで一気に畳みかけて恋に堕とす!)
その頃、遊園地の管制室のような場所では、ウリエルが園内の監視カメラを見ながら笑っていた。
「こちら恋愛CIA本部、ルカ先輩の疑似デートは順調。ターゲット、完全に遊園地にメンタルを削られております」
「……くだらん。けどまあ、これも“ミッション”だからな」
ウリエル背後に立っていた男の天使が、そう呟いた。
「ありゃ? ミカエル上官! ルカ先輩は楽しんでいるわけじゃありません。任務です!」
「わかっている」
その天使はルカの上司で、管制室で腕を組みながら任務のようすを黙って観察していた。
「黒須先生―! 絶叫系は無理って顔に書いてありましたから……じゃーん、次はコーヒーカップ行きましょ!」
ルカはキラキラとした笑顔で黒須を誘った。
「ほら、これならゆっくり回るだけですから♪」
黒須は警戒しつつも頷いた。
「……まあ、あれぐらいなら大丈夫か。子供も乗る奴だし」
そして、コーヒーカップ搭乗直後だった。
「よし、乗ったな? じゃあいっくよー!」
ルカがハンドルを握ったその瞬間から、コーヒーカップは遠心力という名の地獄へと変わった。
「ちょ、ちょっと、回しすぎじゃ……うおおおおおおっ!!」
黒須の叫びは、回転音と笑い声にかき消された。
「きゃはははっ! すごいすごい! 見て見て、あの建物めっちゃ歪んでる~!」
「建物じゃなくてーーー、君の視界が歪んでるんだよッ!」
ルカは一心不乱に回し続け、横で黒須はぐるぐると魔界に吸い込まれていく。
乗車終了後。
「う……うう……」
降りた直後、黒須はベンチに倒れこみ、顔は見事な青磁色に変化していた。
「……せ、先生? 黒須先生?」
「………………俺、もう教職辞めるかもしれん……」
「えーっ、ちょっと大げさすぎますよ~。めっちゃ楽しかったじゃないですか、もう一回行きま……」
「やめろォォォ!」
黒須は思わず魂の叫びをあげた。
ルカはくすくすと悪戯っぽく笑いながら、ペットボトルの水を差し出した。
「ほら、水分補給。あ、ついでに飴もどうぞ。酔い止めになるらしいです」
「……おまえ、悪魔だな」
「違います、天……」
「天?……」
「天気予報士の資格を持った、教育実習生でーす」
ルカは満面の笑みを浮かべた。
その姿は、とびきり楽しそうだった。
なお、この時の黒須の表情を撮った園内カメラの写真は、ウリエルの手により“恋愛CIA・地獄のデートアルバム”として保存されたらしい。
遊園地の夕暮れ、金色に染まる空の下。
ルカが手を挙げて言った。
「黒須先生、次は観覧車いきましょう! ほら、今なら夕日がちょうどいい感じでロマンチックですよ!」
「……は?」
黒須は口を半開きにして観覧車を見上げた。
その球体の密室が、ゆっくりと空へと昇っていくさまは、どう見てもデートのクライマックス感100%だ。
「いや、これはその……先生と実習生の二人で乗るのはちょっと……」
「なに言ってるんですか。これは“遠足の下見”ですよ」
ルカはにっこり微笑んだ。
その目の奥には「黙って乗れ」という圧が宿っていた。
夕日を浴びた観覧車のゴンドラは、ゆっくりと上昇していった。
ぎし……ぎし……。
微妙に揺れるゴンドラの中、ルカと黒須は向かい合って座っていた。
目のやり場に困る黒須は、やたらと窓の外ばかり見ていた。
「黒須先生、さっきから黙ってません? もしかして……高所恐怖症?」
「べ、別にそんなわけあるか……いやちょっとだけ、苦手かも……」
「あら、じゃあ、もっと怖がらせちゃおっかなー」
「やめろ! 本気でやめろ!! そういうの笑えないから!!」
ルカは楽しげに笑いながら、席を少し乗り出して揺らす“ふり”をした。
「……冗談ですよ。ねえ黒須先生、あのマッチングアプリの件、忘れてませんよね?」
「……な、なんのことだ?」
「とぼけても無駄です。“恋愛CIA”がサポートしているって知っているんですから」
黒須は観念したように、ふう、と息を吐いた。
「……君、俺に構いすぎなんだよ」
黒須は高所恐怖症だと言ったくせに、窓の外を見つめている。
ルカに不安が広がった。
(え、高所恐怖症って嘘なの? まさか……はめられたか!)
空は、夕焼け色からマジックアワーに変わろうとしていた。




