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ハルマゲドン始まったってよ ~堕天使教師とマッチングしたのは天使エージェントだった~  作者: 白神ブナ
第三章 VR旧約聖書

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第85話 シナイ山と十戒

 黒須が教室に入ってくると、生徒たちは目を輝かせて待っていた。


「前回、モーセたちが海を渡るところをやった。覚えてるよな」


生徒たちは口々に「印象に残った」「忘れられない」などと、感想を述べた。

その中で、ダニエルが突然手を挙げた。


「先生!」


「なんだ? ダニエル」


「ヘブライ人とイスラエル人、ユダヤ人の違いについて教えてください。なんだか、そのへんがモヤ―っとして……」


「いい所に気が付いたな、ダニエル。答えを先に言おう。基本的には同じ民族を指す」


「えええ?! じゃ、どうして言い方が違うんですか?」


「ヘブライ人というのは、“川向こうから来た者”という意味だ。

聖書の時代に、アブラハムが自分たちを他の民族に自分たちを紹介するときに使った呼び方だ。

イスラエル人とは、“神と戦う者”という意味。

これは授業でやったよな。古代においては、イスラエル民族の全体を指す。現代では、イスラエルという国の国民を指すことが多いから、紛らわしいので、授業では“イスラエルの民”あるいは。古代イスラエルと使っている。それから、……何だっけ」


「ユダヤ人です」


「あ、そう、ユダヤ人。これは、授業では少し先になる話けど複雑な由来なんだ。

ザックリ言うと、イスラエル民族の一つである“ユダ”の部族名だ。現代ではユダヤ教徒とか、民族的・宗教的な集団を意味している」


「同じ民族なんだ。めんどくさいな」


ダニエルも、他の生徒たちもなんだかすっきりしない顔だ。


「まあ、ごちゃごちゃしてわかりにくいから、簡単におさらいしようか」


黒須は黒板の上から、大きな中東周辺の地図を引っ張り降ろして広げた。

メソポタミアからカナン、そしてエジプトへ……、大きな矢印のマグネットを張っていった。


「今、ユダヤ人と呼ばれている人たちは、聖書の時代には“イスラエル人”、自分たちでは“ヘブライ人”と言っていた。もともとはメソポタミアのウル……今のイラクあたりに住んでいて、紀元前1500年くらいにカナン、今のパレスチナに移り住んだんだ。元々ヘブライ人と、アブラハムは自分たちで名乗って、孫ヤコブ(別名イスラエル)から12人の息子たち、つまり12部族の子孫が、カナンに定住していた。

先々の話になるけど、紆余曲折あってな、そのうちのユダ族が生き残って「ユダヤ人」という流れになるんだよ。それは先の話」


地図に注目していた生徒たちは真剣なまなざしだ。

黒須の棒の先が、地図の上をすべって移動する。


「前の授業では、その一部がエジプトに移り住み、しばらくは共存していた。けれど、ヨセフというパイプ役が死んでしまうと…… “ヘブライ人は脅威だ”と、迫害が始まり奴隷になった」


ルカは頷いた。

先日見た、十の災いの黒須の姿……。

物憂げな顔がまだ記憶に新しい。


黒須は続けた。


「モーセに率いられてエジプトを脱出する。“出エジプト記”だったな。前回のVRは、その逃避行の一場面だったわけだな」


ルシファーが教壇の端にもたれ、やる気なさそうにフラペチーノを吸っていた。


「いや〜、名作だよね、“出エジプト”。教育映画にして全国上映したいねぇ」


黒須は横目で睨んだ。


「おまえはまず、書類仕事を全国的に片づけろ。教育特別顧問さんよ」


「ああ〜聞こえないなぁ、“現場教育最優先”って通知が最近出てね?」


とぼけた笑顔でやり返すルシファー。

ルカは心の中で毒づいた。


(このホスト、ほんとに役職わかってるの?)


黒須は、チョークを置いて言った。


「……さて。エジプトを脱出した彼らは、すぐに“理想のカナンの地”にたどり着いたわけじゃない。エジプトを出て3ヶ月目、モーセご一行様がシナイ山のふもとに着いてからが今日の授業だ。地図で言うと、ここな」


黒須はシナイ半島の真ん中より下の所を棒で指した。


「シナイ半島って、ほぼ砂漠なんだけど、砂漠の中に、岩山がある。シナイ山といいまーす。

避難民たちは、その山の麓でキャンプを張っていた。そこで神は、イスラエル民族が守るべき十の戒律を告げた。これが「十戒」だ」


教室がざわついた。


「十戒って、なんか聞いたことある!」

「“汝、なんちゃらするなかれ”のやつでしょ!」

「昔の映画で親が観てた」


黒須はウリエルに視線を送った。


「じゃあ、つづき、行くぞ。シナイ山に、登る。ウリエル、準備いいかな?」


ウリエルは親指を立てた。


「オッケーでーす。ヘッドセットを装着してくださーい。“VR荒野山岳モード”起動しまーす!」


****


 照明が落ち、教室が砂と岩と風の色に切り替わった。

乾いた空気が肌を刺す。

頭上には、ぎらぎらとした太陽。

目の前には、高くそびえる岩山……シナイ山。


生徒たちのアバターが、あちこちで息を切らしていた。


「先生、足が重い! スタミナゲージ、出てますけど!……もうすぐエンプティです」

「これ、体育の授業だったんすか?!」


「教育とは、時に“登山”だ」


黒須の声がさらっと返した言葉に、ルカは思わず吹き出しそうになった。


モーセの背中が、岩道の先に見える。

彼はひとりで山頂へ向かっている。

そのてっぺんが雲に覆われて、中で雷がゴロゴロゴロと鳴っていた。

稲妻が走った。


女生徒たちはキャーと悲鳴をあげた。


「先生、これ危険レベル高くないですか!」


ウリエルが音声で答えた。


「大丈夫っす、感電ダメージはゼロ設定です!」



すると、モーセには神の声が聞こえた。


―「モーセよ、イスラエルの民に伝えよ。もしお前たちがわたしの声に従い、わたしとの契約を守るなら、わたしはお前たちを神の聖なる民とし、わたしの土地をお前たちに与えよう」


モーセは、


―「あ、神が呼んでいる」


と言って、一人で「誰も付いて来るなよ」と言って山を登っていった。


マルとイワンが笑った。


「『誰も付いて来るなよ』って、めっちゃ怪しくね?」

「詐欺師の常とう手段だよね。ふふふ」



モーセはシナイ山からしばらく戻らなかった。

数日後にモーセは山から降りてきて、ひとかかえもあるような医師の板を持って帰って来た。

その石の板に文字が刻んである。


―「見よ。これが山の上で神自らが刻んだ文字である。これに従え」


黒須の解説が入った。


「モーセはそう言うと、掲げた石板には十か条の掟が書いてあった。これをモーセの十戒といいまーす」


「1.私以外の神をあがめてはならない

2.偶像をつくってはならない

3.神の名をみだりに唱えてはならない

4.安息日をまもれ

5.父母を敬え

6.殺してはならない

7.姦淫してはならない

8.盗んではならない

9.偽証してはならない

10. 隣人の持ち物をねたんではならない」


黒須は続ける。


「前半の四つは、“神と人間の関係”について。後半の六つは、“人と人との関係”についてだ。

 “親を敬え”“殺すな”“盗むな”“偽りの証言をするな”“隣人のものを欲しがるな”……。

 つまりこれは、“イスラエルの民の憲法”みたいなものだな」


ルシファーが、いつの間にかモーセのすぐそばの岩に腰かけていた。

雷に打たれても平然と足を組んでいる。


―「ふぅん。つまり“従順な国民を育てるマニュアル”ってわけか」


―「そうでもない。最初はイスラエルの民は賛同しておった。でも、こいつら、すぐ忘れるんだけど」


―「フッ、確かにな」


ルシファーは苦笑した。


ー「だろ?」


と黒須は淡々と返した。

争いを止めない人類の歴史を見て来た堕天使二人、めずらしく意見が合った。


雷鳴の中でモーセが石板を掲げたところで、ウリエルの弾んだ声が響き渡った。


「はい、十戒の授与イベント終了〜! これで“神との契約フラグ”が立ちました!」


「……なんでゲームみたいに言うのよ。ウリエルが神の声みたいじゃない?」


「ルカ先輩! いや〜、わかりやすさって大事じゃないっすか!」


光が少しずつ薄まり、岩山が溶けるように消えていった。

教室の天井が戻り、生徒たちのゴーグルが自動でスリープモードに入った。


****


 黒須は板書をしながら、最後にこう締めくくった。


「十戒は、“ユダヤ教のスタート地点”であり、同時に“人類が自分の行いに責任を持ち始めた瞬間”でもある。ここから先は、王国、滅亡、バビロン捕囚、そしてユダヤ教の誕生へと、歴史は一気に転がっていくからな。ちょっと、次回から忙しいぞー」


黒須は板書を終えると、生徒たちに向き直った。

生徒のひとりが手を上げた。


「先生。さっき、ルシファー先生とやりとりしていた声、聞こえちゃったんですけど……」

「うわっ、マジか。ごめんな」

「そうじゃなくて、……みんなこれ守ってるんですか?」


黒須は少し間を置いてから、ふっと笑った。


「……守ってるかどうかは、別問題だ」


教室がざわっと沸いた。


「やっぱり!」

「ですよね〜!」


隣でルシファーがぼそっと呟いた。


「“守っているかどうか、は別”か……いいね。教育委員会の報告書にもそれ書こうかな」


「やめとけ。即日更迭されるぞ」


と黒須は止めた。

ルカは吹き出しながら、小さくつぶやいた。


「でも、本当の教育って、そういうことかもね。」


ルカは、チョークの音を聞きながらふっと思った。


(神の言葉を、リアルに子供たちに伝える人。あなたは、やっぱり……堕天使なんかじゃないわ、黒須先生)


ルシファーが小さく舌を出す。


「ん〜、“教育委員会”にこの授業の報告書どう書こうかな “十戒は希望である”……って書いたら、上から怒られるかな?」


「真面目に書けって」


黒須は呆れながら、教材をかたづけていた。

ルカは、そんな堕天使コンビを見てつぶやいた。


「でも、ルシファーが怒られるところ、ちょっと見てみたい。ね、黒須先生?」


「見てるじゃないか。ルシファーはいつも君に怒られてるけど?」


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