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ハルマゲドン始まったってよ ~堕天使教師とマッチングしたのは天使エージェントだった~  作者: 白神ブナ
第三章 VR旧約聖書

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第82話 出エジプト記 〜海を渡れ〜


 授業開始のチャイムが鳴る前に、教室の空気はもうざわついていた。


「ねぇ、今日のVR授業ってモーセの奇跡でしょ?」

「海が割れるやつだよね? 楽しみすぎ!」


ルカは黒須の横に立ちながら、プロジェクターの準備をしていた。

黒須は淡々とチェックリストを確認すしていた。


「ウリエル、環境データは同期済みか?」


「OKっす、先生! 風圧・海流・気温、完全再現。ちなみに潮の匂いも入れときました!」


「入れなくていい。教室くさくなる。」


ルカがくすっと笑った。


「あら、いいじゃん。磯の香りがあったほうがいいわよ」


そのとき、教室のドアが勢いよく開いた。


「やあ、黒須くん、君の授業を“教育的観点から視察”しに来たよ。」


白スーツにサングラス、

手にはなぜかフラペチーノ。

文科省顧問としてこの学校に来たルシファーだ。


「……おまえ、毎回来ているだろ。なんで今日に限って“教育的観点から視察”なんだよ」


「文部科学省・教育特別顧問として当然の職務だよ?」


「職務内容を“勝手にVR宗教体験に乱入すること”に書き換えるなよ」


ルシファーは笑って肩をすくめた。


「ま、教育とは現場百聞にしかず、だろ?」


「それを言うなら“百聞は一見にしかず”だ。日本語も十分に使えなくて、何が文科省だ」


「細かいことは気にしない。私は教育の本質を見に来たのだ!」


「……帰れ」


「え、でも今日“海割れる”って聞いて。校長先生も一緒なんだけど?」


ルカは思い出した。

以前、校長もVR授業に参観したいと言われて、モーセの海の回ならと、話をすり抜けたのだ。


「ルカ先生。わし、予約したよね」


「ええ、そうです。もちろん、お待ちしておりました。校長先生。どうぞ、こちらに」


校長に椅子を用意しながら、ルカは小声でルシファーに注意した。


「もー……あんた教育委員ってより、観光客気分でしょ。教室でフラペチーノはやめて」


「ルカちゃん、怒った? 殺したくなった? ねえ、殺す?」


「はっきり言って、どうでもいい。……あ、黒須先生! 校長先生が参観されます。ウリエル、ヘッドセット追加で用意して」


てきぱきと無駄なく動くルカの姿は、エージェントそのものだった。

黒須は、ルシファーがよそ行きの恰好をして、偉そうなことを言った意味がようやくわかった。


「校長か……。長い物には巻かれろ……。さすが蛇の化身だな」


ルカは、黒須のもやもやなど気にも留めずに、VR授業を始めるためのデバイスを起動させた。


****


 VRフィールドが開き、一瞬で教室が赤土の荒野に変わった。

熱風。

空を覆う砂煙。

そして遠くに広がる青い海。


黒須の声が空に響いた。

物語は黒須の視点からはじまった。



 十の災いを終えて、モーセたちイスラエルの民は自由になった。

……そのはずだった。


イスラエルの民が荷物を持って脱出を始め、それを見送っていた俺の耳に、すぐに嫌な空気が流れ込んできた。


王の側近の声だ。


―「ファラオ様。奴隷がいなくなれば、我々の建設はどうなるのです」

―「働く者も、畑を耕す者もいなくなります!」

―「今からでも遅くはありません! 連れ戻すべきです!」


VRの黒須(……ああ、やっぱりな)


案の定、王宮に怒号が響いた。


―「馬を出せ! 軍を整えろ!! イスラエルの奴隷どもを連れ戻す!! 逆らう奴は皆殺しにしろ!!」


VRの黒須は頭を抱えた。


―「……おいおい。どんだけ話の通じねぇ奴なんだよ」


モーセたちの行列は、老人も子供も乳飲み子もいる。

足は遅い。

戦う力もない。

軍隊に追われれば、ひとたまりもないだろう。


VRの黒須は空に舞い上がりながら、

遠ざかる砂漠の地平線の向こう側を睨んだ。

砂煙があがっている。

王の戦車隊が動き始めたのだ。


―「……マジかよ。ほんとに追って来やがった」


ただ、このイスラエルの民200万人は、本当にわがままで、勝手で、気まぐれで、不信心な民だった。

最初の頃は、


―「モーセ最高!」

―「自由バンザイ!」


なんてモチベーションが高かった民だった。

だが、ある日、海の近くで宿営していたとき、遠くの空に舞い上がるエジプト軍の砂塵を見て、焦りまくった。


―「やっべ! なんか来たどー」

―「追っ手だ、追っ手!」

―「やばい、すっげーいるじゃん!」

―「どうすんだ! モーセの言うことを聞いてのこのこ出て来ちゃったけど、殺されちゃったら元も子もないじゃん」

―「だいたいオレは最初から反対だったんだよ」

―「ああ、俺も怪しいと思ってた。モーセって、詐欺なんじゃね?」


ルカは心で思った。

(いるよね、こういうやつ)


モーセ率いる民衆の列は、海の手前で立ち止まっていた。

背後からは砂煙。

前方は海。

逃げ場は、どこにもない。

悲鳴、泣き声、叫び。

その中で、老人が膝をつき、母親が子供たちを抱きしめて震えていた。


―「モーセ! どうするんだ!」

―「海だぞ! 進めるわけがない!」

―「エジプト軍が来る! 殺される!」

―「降参しよう。命乞いしよう。奴隷でもいいや、もう」

―「待て、希望を捨てるな。俺たちは約束の地カナンに行くんだ」

―「無理じゃん。つかまるよ」

―「無理なんて言うな! 俺たちはカナンの地に行くんだ!!」


VRの黒須は、空から状況を見て、胃が痛くなってきた。


―「……おいおい、詰んでるじゃねぇか。なんでこう、天界案件っていつもこうなるんだよ。

ただ、中にはピュアなハートの持ち主もいるはずなのによ。人間っておもしれーな」


エジプト軍の戦車の音が、地面を震わせながら迫ってくる。

馬の嘶き。

軍の怒号。

剣の音。


民衆の絶望は頂点に達していた。

もう絶体絶命だ。

だが、そのとき、奇跡が起きた。


モーセは民衆の前に立つと、静かに海へ杖を掲げた。

風が、変わった。

最初はそよ風だった。

だが、数秒後には猛烈な突風へと変わり、

海面がざわめき、渦を巻き、世界そのものが大きな息を吸い込んだような静寂が訪れた。


次の瞬間……


海が、…………割れた。


ザザザザーーーーー!!!、っと、左右に巨大な水の壁がそびえ立ち、海底の道がずっと向こうまで伸びていく。


民衆は目を見開いた。


―「道が……!」

―「海が……割れた……」

―「奇跡だ!!」


VRの黒須は空からその光景を見て、思わず口笛を吹いた。


―「……うわぁ。これ、本当に割れんのかよ。マジか、神様……こういうところだけは派手だな」


モーセはぼそぼそと言った。


―「今のうちにわたろ……」


モーセを見かねた兄のアロンが、声を張り上げた。

まるで選挙の最後のお願いのように……。


―「いつまで、ぐずぐずしてるんですが!? エジプトから逃げる最後の最後のチャンスです! 今しかないでしょ!!!」  


イスラエルの民は、アロンの言葉にハッとして、我先にと海底の道へ雪崩れ込んだ。

老人を支え、子供を抱き、家畜や荷物を引きずりながら、必死に走った。


VRの黒須は、空から見守りながら、ひとり呟いた。


―「……頼む、全員間に合ってくれよ」



だが、ファラオの戦車隊は、容赦なく迫ってきた。

軍は海の前で一瞬ひるんだものの、王の怒号で強行突破に移った。


―「追えーーー!! 海の道だろうと関係ない!! 奴隷どもを皆殺しにしろ!!!」


馬が雄叫びを上げ、兵士たちが突き進む。


水の壁が轟音を立てる。

海底に広がった道を、“地獄の行軍”が踏み潰していった。


VRの黒須は、思わず叫んだ。


―「うわ、マジで突っ込むのかよ!! お前らも死ぬぞ!? マジで!?」


……が、聞こえるはずもない。



モーセたちが海の向こう岸に到達し、最後の一人が渡り終えようとしたとき、杖が再び掲げられた。


VRの黒須は直感で悟った。


―「あ……やべ。これ……閉じるやつだ」


海の両側の壁が、わずかに揺れた。


兵士たちの叫びが響いた。


―「うおーー!? なんだ!? 水が……」

―「しまっ……」


―――ドオオオオン!!!!


左右の水壁が崩れ落ち、海は元の姿へと戻った。


逃げ場のない海底にいた兵士たちは、一瞬で巨大な海の渦へ飲み込まれていった。


砂に打ち上げられた盾。

割れた車輪。

濁流がすべてを押し流していった。


VRの黒須は高い空から、その光景をじっと眺めるしかできなかった。


「…………」


奇跡とは、常に優しいとは限らない。

救いと破壊は、いつだって表裏一体だ。

勝つ者の裏には、必ず負ける者がいる。

こういうとき、奇跡は残酷だ。


****


■海が割れたシーンを見ていた、校長とルシファー


VR画面の中で、

海がモーセの前で左右に割れ、巨大な水の壁が立ち上がった瞬間……


ヘッドセットを着けた校長は悲鳴をあげた。


「ひゃあああああああ!!!? す、す、すごいっっ!! 本当に海が!!!

 割れているぞ、ルシファー・りんご飴先生!! 海ですよ、海がぁぁ!!」


ルシファーは、落ち着き払っていた。


「……落ち着いてください、校長。これはVRです。本物の奇跡ではありません」


「わかっておる!! じゃが、これは非常に教育的意義がある!! 世界史の“モーセ”という名前しか知らなかったのに、こんな臨場感……! 素晴らしい!!」


校長は椅子から立ち上がって拍手しそうな勢いだ。

ルシファーはヘッドセットを押し上げながら淡々と言った。


「……歓喜しすぎて血圧が上がらないよう、ご注意ください」


「ルシファー先生は、興奮しないんですか? ほら、ほら!! 海がゴォーッと!!」


「堕天後も何度か見ましたので……」


「えっ?」


「……いえ。なんでもありません」


ルシファーは旧約聖書の世界よりも、目の前にいる天使の方に興味があった。




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