第80話 十の災い・早送りモード
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世界史VR授業。
旧約聖書、出エジプト記。
エジプトに着いたモーセは、イスラエルの民たちが休憩している所にやって来て、ぼそぼそと呼びかけた。
―「あのさ……、俺、神にあったんだけどさ。エジプトを出て約束の地に帰ろ―よ……」
しかし、モーセの言葉に耳を貸す者は、誰一人いない。
そこで、兄のアロンが大きな声で選挙運動の如く、力説し始めた。
―「お前ら、それでもイスラエルの民か!!! 立ち上がれよ! 俺たちはイスラエルの民、神に選ばれし民だということ思い出せ! 我が同朋よ、聞いてくれ! わたしは聖なる山で神の言葉を聞いた。我々は奴隷などするべき民族ではない。すぐにエジプトを出てよう! そして約束の地、カナンに帰ろうではないかーーっ!」
イスラエルの民たちは歓声を上げた。
「うおおおおーーー! そうだ! そうだ!」
だが、問題はエジプトの王だった。
今までエジプトの繁栄を支えて来た奴隷たち、それがイスラエルの民だった。
「わたしたち、カナンに帰りますわ」と言ったところで、
「ほう、そうか。ご苦労さん」とはならない。
何十万という労働力の喪失を、認めるわけがなかった。
しかし、モーセがボソボソと言った言葉を、アロンは盛大にかます。
―「大人しく諦めた方が賢明だぞ、王よ。わたしの言うことを聴いておいた方がいい。そうしないとエジプトは大きな災厄に見舞われるであろう……」
―「ばかな! へへ、出来るもんならやってみろ」
年取ったモーセなんか、その時代の王から見たら、どこの馬の骨ともわからない男だ。
そんな奴の言う事なんか聞くわけがない。
(アロンはもっと年寄りだったけどね)
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ウリエルは、パソコン画面を睨みながら説明した。
「ここからは、“旧約聖書の中でも最も劇的な出来事のひとつ”です。安全のため視覚効果は少し控えめにしますね。黒須先生」
「頼むから控えめにしろよ。ガチすぎると保健室が混むからな」
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ここから、「十の災い」が始まった。
■VR ① 血の災い
ナイル川が血の色に変わった。
生徒たちは気味悪がって、悲鳴をあげた。
「うわああああ!」
「本当に赤い!!」
黒須はさすがに落ち着いていた。
「落ち着け、ただのVRだ。嗅覚はオフにしとけよ」
ルカは冷静に解説した。
「これ、ファラオへの最初の警告です」
「最初って? ルカ先生、まだ続くんですか?」
「ええ、でもVRで控えめに映像化するから大丈夫よ。もし気分が悪くなったら、遠慮なく手を挙げてねー」
■VR ② カエルの大発生
ウリエルは小声で、黒須に伝えた。
「カエルの量、少し減らします……」
「当たり前だ。増やすなよ!? 今“減らす”って言ったよな!?」
怒鳴っている黒須を、イワンが指さした。
「黒須先生の肩にも……、乗ってる!」
ルカは遠い目で言った。
「黒須先生、……カエルにもモテるんだ(棒読み)」
■VR ③〜⑨ は災いラッシュだ。
ここは、生徒たちの健康を守ることを優先して、早送りモードで映像は流れた。
③ブヨの群れ
神がモーセに言った。
―「杖で土の塵を打ちなさい」
モーセは言われた通りにすると、塵がブヨになって、ブヨの大群がエジプト全土を覆った。
それでも、王は降参しなかった。
④アブの災い
神はモーセに言った。
―「『早くイスラエルの民を去らせよ』と王に言いなさい。去らせないならば、国中にアブを送る」
王はその言葉をまるで無視したので、アブが国中に溢れた。
⑤疫病で倒れる家畜
神がモーセに言った。
―「王に『早くイスラエルの民を去らせよ』と言いなさい。去らせないなら、恐ろしい疫病を野に放ち、エジプト中の家畜、馬、ロバ、ラクダ、牛、羊が死ぬだろう」
疫病は国中に広がった。
⑥皮膚病の苦しみ
神は言った。
―「かまどのすすを両手一杯とって、それを王の前で天に向かって蒔くがよい」
エジプトの国中に腫れ物が流行った。
皮膚が赤くただれ、膿が出た。
⑦火を伴う雹
神はモーセに言った。
―「天に手を差し伸べ、エジプト全土に雹を降らせなさい」
これで畑は全滅した。
⑧空を覆うイナゴ
神はモーセに言った。
―「手をエジプトの地に差し伸べ、イナゴを呼び寄せよ」
無数のイナゴがエジプトを襲い、あらゆる草、雹の被害を免れたあらゆる作物を食い尽くしてしまった。
⑨三日間の闇
神はモーセに言った。
―「手を天に向かって差し伸べよ。エジプトの空から光がなくなるであろう」
モーセがそうすると、エジプト全土を闇が覆った。
生徒たちは震えていた。
「これ、現実で起きたとか怖すぎ……」
「ファラオも意地を張りすぎじゃない?」
「意地の張り合いとしか思えない」
黒須は解説を加えた。
「これは、エジプト人が信仰する“太陽神ラー”をイスラエル民族の神ヤハウェが打ち倒した、という解釈をする学者もいる。まあ、どうなんだろうねぇ……。そんなのどっちでもいいよな」
マルが質問した。
「あれ? 先生、まだ災いは九個ですけど? 十の災いって言ってませんでした?」
「ああ、そうだな。ここからは、ちょっとダークサイドな話になるから、途中でヘッドセット外してもいいことにする。観たくない者はあとで聖書を読んでおけ」
マルとイワンは、ダニエルに小声で話しかけた。
「どうする? ダークサイドだって。ダニエル、何か知ってる?」
「うん、知ってるよ。女の子は、そう、マリちゃんは見ない方がいいよ」
マリは毅然とした態度で返した。
「リケジョを舐めるんじゃないわよ! こちとらぁ、日々カエルの解剖しているんだからね。ダークサイド系のリケジョとは、このあたしのことよ!」
男子生徒たちは、マリに震えた。
「わかった……、ここでタトゥー出さないでね」




