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ハルマゲドン始まったってよ ~堕天使教師とマッチングしたのは天使エージェントだった~  作者: 白神ブナ
第三章 VR旧約聖書

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第72話 ノアの箱舟と黒須の秘密

 ポツポツっと雨粒が、渇いた大地に落ちてはシミをつくっていく。

見上げると、灰色の雲が空を覆い始めている。

足もとは、あっという間に泥だまりに。

遠くの地平には、巨大な木の船が見えていた。。


現代の少年天使ウリエルの通信が、どこか得意げに響いてきた。


―「ふふん。ここからの演出、気合入ってるっすよぉー。降水量リアルタイム再現、99%精度!」


ルカが濡れた髪をかき上げながら文句を言った。


「……リアルすぎる。髪が濡れるじゃない。生徒たちが風邪を引いたらどうすんのよ!」


「大丈夫っす、バーチャル水分です!」


ルカがため息をつく間にも、空から滝のような雨が降り始め、世界が水に沈んでいく。

ノアの方舟が、ゆっくりと陸から浮かび上がった。


VRの黒須は地上に降りて現場を見回した。


山の上に逃げ場を求めて泣き叫ぶ子供たち。

子を抱いて祈る母親。

濁流に飲まれる村。


VRの黒須は、高台に逃げながら腹を立てていた。


―「……こんなのおかしいだろ。子供まで殺す必要なんて、ねぇだろ……!」


堕天した後でも、黒須は“弱いものを助けたい”という、天使時代の癖が抜けていなかった。


―「ノアの家族しか救われないなんて、そんな契約あるかよ。よし、俺がこっそり別の子供たちも助けてやっからな」


それは、神に逆らう行為だ。

天界にも地獄にも属さない、危険な道だった。


―「どうせ、俺は許されない存在になっちまったんだから、もう何も怖い物なんかない」


黒須は考えた末、「日本」 という東の端の国に、子供たちを運ぶことを決めた。


****


そこに決めた理由を、現在の黒須の音声のみで、告白した。


「日本に決めた理由は、いろいろある。一、神や天使よりも優れた人間が住んでいること。二、地獄からの影響も少ないこと。三、火山と森の多い島国で、動植物の種類が多く、生き延びやすい。三、“人類の未来”として残せる可能性が非常に高いこと」


黒須は最後に付け加えた。


「ここなら……誰にもバレずに生き残れるかもしれねぇ」


****


だが、そこにVRの世界でルシファーが現れた


大洪水の真っ最中だ。

VRの黒須は子供たちを高台に避難させて、魔法陣に集めては何度も瞬間移動を繰り返している最中だった。

黒須が子供たちを抱えて、日本との往復を繰り返していると、後ろから冷たい声が聞こえた。

ルシファーだ。


―「黒須。お前……何をしている?」


―「見りゃわかるだろ。子供たちを助けんだよ」


―「どこへ運ぶつもりだ」


―「日本まで運ぶ」


―「あんな東の端っこまで?! おい、おい、神に逆らってどうする。お前はもう天使ではない。箱舟に乗れなかった者は、死ぬ運命だ。捨て置け」


―「……運命なんて、知るかよっ! 運命ってのはな、……自分たちで変えられるもんなんだよ! ぼけ!」


黒須は上司であるルシファーに楯突いた。

ルシファーは、思わぬ反撃に片方の眉をぴくっと上げた。


―「く、黒須、マジでやめろ。日本なんて片田舎に連れて行ったところで、この濁流を生き延びられる保障はない。

第一、神は“選んだ家族以外は救わない”と決めたんだ。神が無慈悲なのはわかってんだろ! これ以上逆らっても、なにもいいことはないぞ」


―「逆らうさ。もうとっくに許されない存在になっちまったんだ。ルシファー、お前のせいでな。どっちみち同じだよ。俺は子供を見捨てる仕事とは、……天顏であろうと地獄であろうと手を切る!」


ルシファーの目が細くなり、ギラリと光った。


―「そうか、……ならわたしは、お前を助けない」


黒須は肩をすくめた。


―「ああ、それがいい。俺は……、今日からフリーランスだ。もうお前の部下なんて、この瞬間にやーめた!」


その言葉に、ルシファーは初めて動揺した。



黒須は子供たちを抱え、濁流の中を飛び立つ。

自分の翼は黒く濡れ、雷が轟き、大地は沈んだ。

大勢の人間の悲鳴が聞こえたが、

……黒須は振り返らなかった。


―「生きろよ。俺が絶対に守るからな──」


そのまま黒須は、日本列島がまだ“縄文の森”だった時代に到達した。

そこで子供たちを育て、定住し、彼は“日本に住む謎の黒いの神”として地元の伝承に混ざっていった。


やがて子供たちは成長し、日本の各部族の先祖となった。

小高い山の上から、村を見下ろし、黒須は安心した。


―「……ここなら、いい。ここなら、誰もいじめねぇ。戦う必要もない」


VR黒須は神にも地獄にも戻らず、この島国に根を下ろすことを決めた。


****


こうして……、

なぜ黒須が “ずっと日本にいる堕天使” なのか、その秘密が明かされた。

それは、ノアの洪水で救えなかった命の代わりに、救った子供たちを見守り続けたからだった。


ルカは、涙がこぼれないようにずっと空を見上げていた。

ウリエルは、打ち合わせで聞いていたとはいえ、実際にVRで再現すると、言葉が出なかった。

ルシファーは「お前また勝手なことを……!」と叫ぶ。


だが黒須は笑って答えた。


「俺はフリーランスだからよ。誰の命令も聞かねぇ。今まで、そうだったように、これからもそうだ。日本で勝手に生きてくから」


ルシファーは、ルカの耳元でそっと囁いた。


「黒須がわたしの配下から去って、フリーランスになった理由がこれさ。それ以来、あいつは日本で暮らしているんだけどさ。面白い奴だろう? ウケるだろ?」


「ウケない。全くウケない。笑えないわ!」


「そっか、ウケないか……だってよ、聞いたかぁ? 黒須」


黒須は、鼻の下を伸ばした。


「へへへ。聞いたー。ルカのツンが痛くて……いいかんじ―(おれの天使さまだからな)」


その時丁度、授業終了のチャイムが鳴った。


「おっと、きょうはここまでだ。教科書読まなくていいから、できれば聖書を買ってもらえ。旧約聖書がわかれば、世界の動きが理解できるからなー。以上だ」


生徒たちは、はじめてのVR授業体験に興奮しっぱなしだった。

その日は、一日中ずっと、学校でも家でも、旧約聖書の話ばかりしていた。

図書室に聖書を探しに行く子もいた。

そして、黒須先生の過去とドMぶりも、学校じゅうで話題になった。


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