第71話 失敗だったんで一旦滅ぼすわby神
生徒たちは乾いた土地に立っていた。
ずっと立ちっぱなしの授業もつらいだろうと、ルカは黒須に声をかけた。
「黒須先生、一旦、生徒たちを座らせてもいいですか?」
「ああ、そうだな。みんなゆっくり腰を降ろせ。ウリエル、悪いが生徒たちが椅子に座れるようにできるか?」
「大丈夫っすよー。みんな立っているようで、実は机に座ってますから」
「あら、そうなの……、先に言ってよウリエル」
黒須は荒野で授業を続けた。
「ウリエル、残酷なシーンは出ないようにしてあるだろな」
「はい、カインとアベルのことなら、映像にしてませーん」
それを聞くと、ルカは黒須にオッケーサインを送った。
「次、アダムとイブの続きな。アダムとイブには、二人の息子がいて、カインとアベルと言うんだ。この兄弟は喧嘩しちゃって、カインがアベルを殺しちゃう。これが最初の殺人と言いわけだ」
生徒たちは映像がないと好き勝手なことを言い始めた。
「どうせ、神話だろ? 意外と神話って残酷だよな」
「神話と言っても、旧約聖書よ。事実だったんじゃない?」
「せっかく作った人間が、約束破って楽園を追放され、今度は殺人かよ。作った神様もそりゃ嫌になっただろうよ」
黒須は生徒たちの声を拾った。
「そうだよな。せっかく作ってもらったのに、人間は神に逆らいまくっているしょうもない存在なんだよ。だんだん、この人類がコントロール不能なるんだ。そんな馬鹿どもが世界中に増えちゃったんで、神は反省したわけだ。『わたしが作った作品は失敗だった。』ってな」
生徒たちは不安な顔で黒須を見つめた。
「神様が反省した? 失敗だったって?」
「嫌な予感しかしないわ」
黒須は琥珀色の目を輝かせて続けた。
「神はこう言ったんだ。さて、何と言ったと思う?」
「不具合を見つけて今すぐ直そう」
「出来の悪い子たち集めて、教育しなおそう」
「設計図のミスを見つけて書き直しだ!」
「ブブーーーッ! ハズレだ。正解はこうだ。
『失敗だったんで、一旦滅ぼすわ』BY 神
そんなわけで、大洪水を起こしてすべてをチャラにすることにしたんだ」
生徒たちが言った。
「え? チャラって? 嘘」
「でも、すべてじゃないよね。黒須先生」
「いい行いをした人たちは救われるんですよね」
「さあ、どうかな? だといいがな。では、実際はどうだったのか、見てみよう。ウリエル、このシーンは昔の俺が出て来るよな」
「そうっすね」
「じゃ、俺はちょっと休んでる。ルカ、君が生徒たちを見ててくれ。俺はここで寝てるわ」
「ん? どういう意味?」
ルカが戸惑っていると、ルシファーがそっと教えた。
「黒須の過去がバレるのが嫌なんだよ。あいつがなぜ日本に居続けているのか、それが分かるシーンだ。君に見られるのが恥ずかしいんだろ。こんな機会はめったにないから、見といたほうがいいよ。ルカちゃん」
めずらしくルシファーが真面目な顔で言うので、ルカはとりあえず生徒の安全面を引き受けて頷いた。
画面は大勢の人々と、動物たちが集まっている風景になった。
奥の方で大きな木製の箱舟が出来上がっている。
VRの若い黒須が、動物たちを数えて管理している男のところにやって来た。
―「やあ、久しぶりだな、ノア」
ルカが驚いた。
「ノアですって? この冴えないおじさんがノアだっていうの? 知り合いだったの? 黒須先生」
ウリエルがルカに説明した。
「先輩、違いますよ。大昔の黒須さんは、堕天使なりたててで、完全に天使の癖がとれてないんですよ。だから、人間に近い存在だったんっす。天界ってご存じかと思いますが、階級世界でしょ? ずーーーっと大昔からそういうヒエラルキーがあったんっす。黒須さんはまだ下級堕天使です。平社員みたいなもんです。今も変わってませんが……」
「それならわかる。じゃあ、ミカエル上官もガブリエルは昔から上級天使?」
「いいえ、実は……。大天使ってのはヒエラルキーの下級天使なんです。上には上があって、……。上に行くば行くほど、目と翼だけになったりして、形は人間離れしていきます」
「きもっ! 上級になりたくないわ」
「先輩、あのそろそろ授業を……、あのー、VR授業、続けてもいいですか?」
「ああ、かまわない。続けてもらおうじゃないの、あのバカがここでどんなことをしでかしたのか。とくと拝見するわ」
ルカの怒声にルシファーは振り向き、にこりと笑った。
「ルカちゃん、わたしのことも叱ってね。黒須だけ叱るなんてずるい……」
「……ウリエル、早く続けろ」
VRの黒須は、ノアに何をしているのか聞いた。
―「これ、何なんだ。デカい船作って動物まで乗せて……」
―「聞いたところによれば、……神は怒っているらしい。人間を一掃するようだ。……嵐で、雨が降り続くんだと」
―「全員?」
―「うん、まあ……、全員の予定だが、世界って広いんだろ? おそらくここの人間だけだろね。雨を降らすと言っても全体じゃないと思うけど」
ー「……、まさか地球全部じゃないだろ。それでも、ここの人間って相当の数がいるだろ」
ー「ああ、ここの人間とは言ったが、……俺と、船のあそこにいる俺の家族。妻と子供たちは生き残るんだ」
ー「……。は? でも、他は全員溺れさせる?」
ノアは黙ってうなずいた。
黒須たちの側を、羊を追って、何も知らない子供たちが笑いながら通り過ぎていった。
ー「子供も? 子供も溺れさせるのか?」
ノアは、黒須とは目を合わせずに頷いた。
ー「……うん」
黒須は神の残忍さにあきれてしまった。
ー「無慈悲な……、悪魔だってそこまではしないぞ」
ー「ああ、でも、これが終わったら、神は新しい何かを作るらしい。それに、二度と溺れさせないという約束の証に虹をかけるそうだ。素晴らしい計画だろ」
ー「お優しいな……」
ー「神を判断しないでくれ、黒須さん。神の計画は……」
ー「言葉にできないし、理解を越えていると言う気か?」
ー「そう、……理解不能。我々にはわからない。君も、大人しく神の御心のままにしていれば、天界に戻れる日も近い」
「天界? 神の御心? なにそれ。今さら遅い」




