第68話 天使と堕天使のVR企画会議
文科省からルシファーが来たことで、校長は新しい授業のやり方を先生たちに提案した。
新しい事はどの教師も乗り気でない。
今ある仕事だけで手いっぱいなのだ。
こういう時は、ボーっとしているようで実は使える黒須に白羽の矢が立った。
「授業が面白いと評判の黒須先生だ。何か考えてくれるに違いない」
校長は新しい企画を考えるようにと、小会議室に黒須と新任教師たちを集めた。
――青葉学院高等部 放課後の小会議室。
カーテンの隙間から西日が差し込み、小会議室のホワイトボードに「新しい授業企画会議」と書かれた文字が光っていた。
机の上には、なぜか天界支給のクリスタルタブレットと、人間界のノートパソコンが並んでいた。
黒須は腕を組んで、コーヒーをすすりながら言う。
「……まさか職員会議に、文部科学省の“教育特別顧問”まで来るとはな」
ルシファーは椅子をくるくる回しながら、白いスーツの襟を直した。
「いやぁ、だって、現場の熱意を肌で感じてみたくてね。堕天使が先生やってる学校なんて、世界広しといえどここだけだし……」
ルカが冷たい声で突っ込んだ。
「“回し者”って自覚はあるの?」
「うん、あるよ。しかも正社員だ」
「少しは悪びれなさいよ」
ルカに叱られて、ルシファーは恍惚とした表情を見せた。
「いいねー、その顔。そそられるよ」
黒須が咳払いをして話を戻した。
「おい、職場でセクハラは許さないからな」
会議の内容をノートパソコンに入力していたウリエルは、ため息をついた。
「なんかさー、天使だけでも騒がしいのに、そこに堕天使が混ざると、学校の空気の密度が倍になるっすよねー」
それに頷いたのはルカだった。
「ええ、まるで聖書の世界そのものってかんじ」
黒須は頭の後ろで手を組みながら、唸った。
「んーーー、そりゃ、おもしれえな。旧約聖書の授業をやってみよう! 俺らが揃えばリアル聖書じゃん」
ルカが目を丸くした。
「リアル聖書って、どうするの? 聖劇とか、わたし無理だからね」
「黒須、それ爆弾テーマな。……超面白そう! 聖母ルカちゃんのお産を手伝う!」
ルカは速攻でルシファーの腹を回蹴りした。
それでも、ルシファーは乗り気だった。
「ぐふっ! 新約聖書とは言っていない……」
黒須は、目を輝かせて企画を進めた。
「ウリエル、VRで再現できるか?」
「できますけど? むしろ得意分野っス!」
しかし、ルカは腕を組んだ。
「VRで“聖書時代”を再現する……。それ、天界的にセーフなの? 天界の規範に外れない?」
「ギリセーフっす! 映像資料ってことにしときましょう!」
「ウリエル、あなた毎回その言い訳を使いまわしてるわよ」
ルシファーは笑いながら立ち上がった。
「それはいい。“教育の本質”を問うには、最適な題材だ。神と人間、善と悪、そして自由。
教育とは、本来“神の設計図”を人間に写す行為だからね」
「おまえの言う教育は、支配のことだろ」
「支配と導きは紙一重だよ、黒須」
ルカは、黒須とルシファーの間に入って止めた。
「またその手の話?」
黒須はホワイトボードに、「VR体験テーマ:旧約聖書」と書き、ルカに向かってペンを投げた。
「ルカ。おまえの得意分野だ。監修頼む」
「……待って。まだ賛成していない。黒須先生、ウリエルを使って天界のVRシステムを使うのなら、それなりの理由が必要よ。どうなの? 本気なの?」
黒須は静かにうなずいた。
「うん。本気だ。ユダヤの歴史を知らないと、世界史はわからんし……、今起きている社会の問題も理解できない。それに、いくら机で勉強しても、興味がなきゃ寝るのがオチだ。寝る暇がないほど“大変なことが起きていた歴史”を、生身で体験してほしいんだよ。そして、そいつらが大人になったとき、この国から世界は変わる」
ルカは黒須の横顔を見て、その真剣さに少しだけ胸が熱くなった。
(……黒須先生、ほんと教育者の顔する時だけは、超カッコいいのよね)
しかし、疑問は尽きない。
「でも、それって……、過去の天使や堕天使に遭遇する可能性あるでしょ? ウリエル、大丈夫なの?」
ウリエルは端末を操作しながら、淡々と答えた。
「大丈夫ですよ、ルカ先輩。バタフライエフェクト回避アルゴリズムを搭載していますから。過去の天使・堕天使と接触しても、こちら側が“干渉不能”になるように自動制御できます」
ルカは眉をひそめた。
「ところで……過去のルシファーって、どうなの? なんか、もっと不気味だったりしない?」
ルシファーは、即答した。
「見てみる? イケメンだよ。」
黒須は呆れて肩をすぼめた。
「自分で言うか……」
ルシファーはふふっと微笑む。
「だって事実だもん。昔のわたしはね……、もっと厳格で、冷静で、天使として完璧だったんだよ。ルカちゃんたちが生まれる前の話だけどね。」
ルカはじっと見つめた。
「マジか……今とのギャップが激しすぎる。どうして、そんな“ホストみたいな喋り方”になったの?」
「天界って、堅苦しいんだよ。ちょっと崩したら止まらなくなっちゃって。」
黒須は額を押さえた。
「……授業に変な影響を与えないと約束できるか?」
「任せなよ。私は“歴史的事実の再現”には干渉しない。ただのオブザーバーさ。」
ルカは声を荒げて机を叩いた。
「絶対に“ただ”じゃないでしょ。あんた、手が空いたらすぐ何かやらかすじゃん」
「やだ、ルカちゃん。わたしのこと、そんな風に思ってたのかい?」
「思ってる。ずっとね!」
黒須が咳払いした。
「思ってるは誤解されるからダメ。……ところで、話を戻すぞ。……ウリエル、リアリティはどの程度まで再現できるんだ?」
ウリエルは端末を黒須に向けた。
「温度、湿度、地形、歴史上の人物の言動。ほぼ全て現実と同じです。“過去の黒須さん”に遭遇しても、彼は気づきませんし、触れません」
黒須は軽く息をついた。
「それならいい。実は、俺も昔……旧約聖書の時代には、現場で何度か見てきたからな」
ルカはピクリと反応した。
「黒須先生……ノアの方舟も、アブラハムも、生で見たって言ってたわね?」
「まあ……な。だから、語るより見たほうが早い」
ルシファーがすかさずニヤリとした。
「そうそう。黒須とわたし、あの時代からけっこう会ってるんだよ。“神に怒鳴られてる私”を黒須が笑って見てたくらい」
「笑ってねえよ。呆れてただけだ」
ルカは思わずつぶやいた。
「……なんなのその関係性」
ウリエルはVRについて、追加説明した。
「ちなみに、VRは“過去の現場”を忠実に再現しますので……、当時のルシファーさんも登場しますよ」
ルカが青ざめた。
「ま、まさか……“エデンの園の誘惑シーン”とか……? 未成年が体験する授業に問題のない範囲?」
ルシファーは胸を張った。
「安心しなよ、ルカちゃん。あれは歴史の一部なんだから。わたしの立ち位置は“神のテスター係”。イブに知恵の実を勧めるだけ」
黒須がツッコミを入れた。
「仕事にしてはノリノリだったけどな。」
「やだ黒須くん……。過去のわたしをそんな風に言わないでよ……。繊細なんだから……」
ルカが反論。
「繊細だったら、あんなことしないでしょ。」
「ってか、ルシファー。おかまバーのママになってない?」
小会議室で企画会議という名のコントが繰り広げられていた。
黒須はちょっと照れたように口を開く。
「……とにかく、俺は生徒に“歴史を感じてほしい”。ただ暗記するんじゃなくて。その時の熱さ、必死さ、不安を知ってほしい。大人になった時、必ず役に立つから」
ルカは、再び黒須の横顔に見惚れた。
(黒須先生の、そういうところ、ずるいよ。やだ、惚れてしまうじゃなーい)
ルカの浮ついた気持ちに気づいたウリエルは、わざと締めに入った。
「では、旧約聖書VR授業……、概要はこうですね。
●過去干渉は不可
●天使・堕天使の過去の姿はオブザーバーとして表示
●歴史的事実はそのまま再現
●生徒は“視聴・体験者”として安全保障あり」
ウリエルがまとめた内容に黒須はゴーサインを出した。
「よし、ウリエル。頼んだ。」
もちろん、ルシファーも文科省として許可した。
「ふふ……。じゃあ、ルカちゃん。歴史の現場で会おうね」
「いや、待ってないから」
「えーん、ひどいよぉ……。ルカちゃーん」
「学校で甘えるな」
「うん、いいねえ。ねえ、堕天使を消したくなった? 消す? 殺す?」
ルカと黒須は本気で怒った。
「「いい加減にしろ! 黙れ!」」
ウリエルは、そっとため息をこぼした。
「……(前途多難だなぁ)」
ウリエルは、ノートパソコンで別のファイルを開き、プログラムを立ち上げた。
「テーマ決定。“エデンの園”から“モーセの十戒”までをフル再現。題して……“学校では教えないユダヤの歴史”。っと」
こうして、
青葉学院史上初の……、いや、人類史上初の“旧約聖書VR授業”という企画が出来上がった。
黒須とルカは、小会議室を出て校長室にプレゼンに向かった。
生徒の安全に配慮し、VR用ヘッドセットを人数分揃えてもらうには、説得が必要だ。
「行くぞ、ルカ」
「ええ……」




