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ハルマゲドン始まったってよ ~堕天使教師とマッチングしたのは天使エージェントだった~  作者: 白神ブナ
第三章 VR旧約聖書

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第67話 新任教師の紹介、神話か地獄か

 目覚まし時計の電子音が鳴っていた。

正確には、“鳴っていたような気がする”という方が正しい。

ここは、第4地獄東京分室……使われていない青葉学院の合宿所の地下だ。

時計は歪み、カレンダーは逆回転し、Wi-Fiだけはなぜか強いのが特徴だ。


ベッド代わりの赤いソファで、ルシファーは大きく伸びをした。


「……おはよう、地獄。今日も世界は愚かで、美しい」


壁際では、サタン直通の火炎ポストが青白く燃えている。


(……朝からうるさい)


開封すると、中には“炎の勤怠票”と“文部科学省・教育特別顧問出向命令書”と書かれた紙が入っていた。


サタンの声が、煙の中から響いた。


『お前、今日から“教育顧問”な。人間どもを“考えない”方向に導け。……あと、経費は自腹だ』


「うっそー、もう自腹って、マジか! とっつぁん」


ルシファーは小さくため息をつき、鏡の前でネクタイを締めた。

白のスーツ。

地獄製のシルクだ。

鏡の向こうでは、もう一人の自分――堕天使としての自分が笑っていた。


「愛でも教育でも、結局は支配の形を変えただけだ。ならば、わたしが少し、上品に支配してやろうじゃないか」


誰も使っていないロッカールームの奥に、一枚の姿見が立てかけられている。

ただの鏡に見えるが、ルシファーにとっては“出勤ゲート”だ。


スーツの襟を整え、鏡に顔を近づける。

鏡が低い電子音を立てて光った。


> 『顔認証システム、起動──おはようございます、ルシファー様』

> 『本日の出勤目的を選択してください:①教育改革 ②支配 ③その他』


「③その他、にしておけ」


挿絵(By みてみん)


……ピッ。


> 『エラー:感情の揺らぎを検出。再認証します』


「はぁ? 感情の揺らぎ? 朝から鏡にまで説教されるとはな」


鏡の光が一瞬止まった。


> 『本人確認失敗。PINコードを入力してください』


ルシファーはため息をつき、黒い手帳を取り出した。


「……んだよ。最初からコード入力にしとけよ……」


指で宙に数字を描くと、鏡面に地獄文字が走った。


> 『ようこそ、地上出勤システムへ。今日も教育を支配してください』


「支配はほどほどにしておくさ」


軽口を叩いた瞬間、鏡面がゆらりと波打ち、地獄の赤い光から朝の青葉学院の正門が映し出された。


目の前には、朝の青葉学院高等部の正門。

制服姿の生徒たちがわいわい通り過ぎていく。

その中を、地獄に似つかわしくないの白いスーツのイケメンが一人、颯爽と歩き出した。


「おはようございます、新任の先生ですか?」


挿絵(By みてみん)


警備員が声をかけてきた。

ルシファーはウィンクして、さらりと名刺を渡した。

文部科学省 教育特別顧問 ルシファー・ヴィーナス


「教育の、夜明けを見に来ました」


生徒たちがざわついていた。


「誰、あの人……」

「芸能人?」

「モデルじゃない?」


 構わずルシファーは校内に入って行った。

職員室のドアを開けると、コーヒーの香りがした。

その奥に、見慣れた男の姿が……。

黒須サトルだ。

カップを片手に、まだ寝ぼけた顔で出勤したばかりだった。


「ふぁあー……ねみぃ……」


堕天使黒須のかつての上司ルシファーは、黒須を見つけると微笑んだ。


「やぁ、堕天使くんおはよう。わたしも教育に携わることになったよ。よ・ろ・し・く」


黒須は、思わずコーヒーを噴き出した。


「……ぶっ! なんでお前……。ああ、今日から来る、文部科学省からのお偉いさんって……、まさかまさかの、お前かよ!」


「お前と呼ぶな。昔は上司だったし、今回も身分が各上だ。そう、教育改革ってやつは、まず地獄から始めるって知ってたか?」


窓際では、ルカが驚いたように立ち上がった。


「え……! なんで、あなたがここに……!」


ルカは今日から、青葉学院高等部に本採用で働くことになっていた。

ルカと黒須が、早くも新任のルシファーと会話しているのを見ていた先生たちは、呆気にとられた。


「ルカ先生、黒須先生も、この方をご存じなんですか?」


「ご存じも何も……」


慌ててルカが黒須の脇腹をつついた。


「うっ!」


ルカは優しい笑顔で答えた。


「いえ、何でもありませーん。ちょっと知り合いに似てたものですから、つい…もう、黒須先生ったら新橋の飲み屋街に知り合い多いから……」


ルシファーは、ルカを見つけると喜んで甘えに来た。


「ルカちゃーん、やっと君と一緒に働けるね。地獄も、いまは教育事業に夢中でね。困ったことがあったら、わたしに相談していいんだよー」


「要らない。前職で解雇されたの忘れたの? 職場ではプライベートエリア遵守すること!」


「怖―い、ルカちゃん。もっと叱ってー」


ルシファーは微笑むと、ホワイトボードにマーカーを走らせた。


――【今後の教育目標:考えるな、感じろ】


 黒須は何処かで聞いたセリフだと思った。


「……ブルース・リーかよ」


「黒須先生、古いですね。何歳ですか?」


「ああ、9000行ったか行かないかくらいかな」



次に、ウリエルが職員室のドアを開けて入って来た。


「おはようございまーす。今日から派遣されたウリエルと言いまーす」


「お前まで……、なんなんだ今日は……」


 新任教師として来たウリエルは胸を張り、職員の前に貼る名札を書いていた。


「えーっと……これでいいかな」


 黒須が近寄って首をかしげた。


「お前の苗字……ポップコーンだったのか?」


「いやぁ、天使に苗字ってないじゃないですか? だから、勝手に考えました!」


「勝手に考えるなよ!」


「本当はチョコバナナにしたかったんですけど、ルカ先輩に“ふざけるな”って却下されちゃって」


「……俺も却下する」


 黒須は深いため息をついた。


「ポップコーンで……ギリギリ、オッケーだ」


「やったぁ! じゃあ今日からウリエル・ポップコーンです! 生徒たちに覚えてもらえそうっすね!」


「忘れられねぇよ……悪い意味でな」


 ルカは遠くから呆れ顔で手を振っていた。

 少年天使の新たな“人間界プロフィール”は、こうして決まったのだった。




 職員室がざわめく中、ルシファーは黒須のコーヒーカップを指で持ち上げた。


「冷めてるじゃないか。……教育も、愛も、熱いうちに飲むものだよ。黒須先生」


「お前も苗字を考えたんじゃないだろな」


「もちろん、考えたよ。明けの明星ヴィーナスだが、何か?」


「ふざけてんのか? お前はりんご飴だろ」


「ルシファー・りんご飴!だと? なんかピッタリしすぎてて気にいらない」


今度は、黒須とルシファーの視線がぶつかった。 

静かな火花が散った。




 そして、朝礼のチャイムが鳴った。

チャイムが鳴ると同時に、職員室が静まり返った。

校長が手を叩いた。


「みなさん、おはようございます」


「おはようございまーす」


「えー、それでは、新学期の新任教員および派遣顧問を紹介します」


前方の黒板の前に、三人の姿が並んだ。

一番左は、黒いスーツを完璧に着こなした長身の男。

その名を呼ぶ校長の声は、どこか緊張していた。


「文部科学省 教育特別顧問、ルシファー・ヴィーナス先生です」


「いいえ、ルシファー・りんご飴に、今日か改名しました!!」


「いいんですか? ルシファー先生」


職員室の空気が一瞬止まった。

あまりの存在感に、誰も息をしていない。

光沢のある赤い髪、まるでオペラ座から抜け出したような微笑。

声は低く澄んでいて、聞いている者を妖しく引き込んだ。


「皆さんの教育という名の“愛の現場”に、少しだけお邪魔します。原罪の蜜の味を味わってみませんか?」


……どよめきがおこった。

保健の先生が赤面し、理科の女先生がペンを落とした。

黒須は、朝からコーヒーをこぼした。(それはいつもの不注意だ)


続いて、校長の声が響いた。


「続いて、教育実習生として勤めていたルカ・セラフィム先生が、本採用となりました」


ルカは、緊張した面持ちで一歩前に出た。

白いブラウスに、落ち着いたグレーのスーツ。

真面目そのものの姿に、妙に周囲がざわめいた。


「ルカ先生。おかえりなさい」

「よかったですね。本採用になって……」


「わたしも嬉しいよ……ルカちゃん」


隣のルシファーが微笑むたびに、彼女の肩が少しこわばった。


「……よろしくお願いします。生徒たちと、真摯に向き合いたいと思います」


完璧な挨拶。

だが黒須の目には、“地獄のエースと天界のエージェントが同じフレームにいる”というあり得ない光景として映っていた。


校長が満足げにうなずき、最後の一人に目を向けた。


「そして、情報教育推進のために派遣された、ウリエル・ポップコーン先生です」


ウリエルは軽やかに前へ出て、元気よく頭を下げた。


「プログラミング部の顧問としてお世話になりますっ! ホワイトハッカー養成所も準備中ですっ! パソコンでお困りのことがあったら、僕が解決します。よろしくお願いします!」


職員室の女性陣がざわついた。


「ポ、ポップコーン? ピッタリね」

「か、可愛い……」

「中学生?ってか、うちの教え子たちと変わらない」

「え、先生なの?」

「やだ、わたしパソコン苦手だから教えてもらおうかしら」


ウリエルはにっこり笑い、スマートウォッチを掲げた。


「この学校のネット環境、もう少し防御力上げた方がいいっすね!」


どっと笑いが起きた。

これで、ウリエル・ポップコーン先生は職員室のアイドルに確定した。


黒須はコーヒーを飲みながら三人を眺めた。


挿絵(By みてみん)


(……地獄絵図か、神話か。)


ルシファーの漆黒。

ルカの純白。

ウリエルの蒼光。

まるで“教育の三原罪”が並んで立っているように見えた。


校長が言った。


「では、これで朝礼を終わります。今日から新しい風が吹きますね!」


黒須は心の中でつぶやいた。


(……いや、嵐だろ。嵐が吹くに1万ポイント!)


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