第64話 サタンとルシファーの清掃活動
地獄・第七層。
かつて「地獄婚活フェス」が開かれた“永炎ホール”は、いまや焼け跡と化していた。
灰と煙の中、ポツンとひとつの影が動いていた。
サタンだった。
「まったく……このザマだよ」
スーツの袖をまくり、竹ぼうきを持った大悪魔は、どこからどう見ても地獄の支配者に見えない。
まるで廃墟の管理人だ。
「このわしがだな、世界再構築の準備を進めていたんだぞ? それがどうだ。“愛の再構築フェスティバル”とか言い出して……! あのルカとかいう小娘のせいで、全部バーベキュー会場の跡地みたいになっちまったじゃねーか!」
サタンはため息をつき、木の切れ端を燃やして暖をとった。
「……まぁ、寒いから助かるけどな」
そのとき……
背後で、控えめな拍手の音がした。
パンパンパン……
「いい火加減だな、とっつぁん」
「なんだ……お前か、ルシファー」
「なんだはないだろう。こうして会いに来たのに」
「会いに来た? けっ! 笑わせんじゃねぇぞ。てめえの仕事場はもともとここだ。いつもどこかにサボりに行きやがって……。それにな、とっつぁんって言うな。わしはまだ若い! これまたオシャレなコート着てるじゃねぇか。地獄でブランド物とか場違いだぞ」
「地獄もファッションから変える時代だ。地獄だって“悪のドレスコード”ってものを確立しないと」
「誰がそんな時代作った!」
「わたしだ」
ルシファーは笑みを浮かべ、焼け跡の石段に腰かけた。
「フェスは大盛況だったじゃないか。地獄であれだけ動員できたら万々歳だ。“婚活”という名の地獄改革。地上でもトレンド入りだってよ」
「マジか。地獄改革がバズってるのか。いやー、今まで頑張ってきたかいがあったな。よかった、よかった……って、違げえだろっ! トレンドじゃねぇよ! 地獄崩壊させる気か!! あの黒須の生徒たちが“いいね”でも押したのか? 何故か地獄回路がバグっちまってよ! 俺には直せん」
「あっはー! いや、いや、あれは“愛のアルゴリズム”だよ。マッチングエラーのようで、実は最適解だった。」
「どこが最適解だ! 意味わからん。地獄のパソコンが泣きながら再起動してたんだぞ!」
「泣きながら? へぇー、泣くパソコンって初めて聞いた」
「泣くんだよ、とにかく!」
ルシファーは微笑んだまま、手に持ったマグカップを差し出した。
「まあ、まあ、興奮しなさんな。こんな時こそ落ち着きましょう。コーヒーでもどうだ。地獄ブレンド・深煎りだがな」
サタンは差し出されたコーヒーを一口飲んだ。
が、吹き出した。
「焦げてんじゃねぇか! 深煎りしすぎだろ!!」
「おっと、失敬。女の子たちがくれた豆なんだ。わたしのプライベートエリアに深入りしてね」
ルシファーのつまらない冗談に、サタンはにこりともしなかった。
「お前さ、つまんねーやつって言われねえか?」
「んー、たまに言われるけど、黒須ほどじゃない。あいつはもっとつまらん冗談を言う。黒須の上司していたから、うつったのかもしれない」
「あの野郎か。あいつのバカがうつらないように気を付けな」
サタンは、そう言うと周辺の木くずを再び拾い始めた。
「サタンさまってさー、地獄の王だろ。片付けしてどうすんだよ」
「お前さ、サタンに様つけるんなら、敬語使うのが正解だろ。とっつぁんなのか、サタンさまなのか……統一しろ。お前こそ何しに来た!」
「手伝いに来たんだよ」
「手伝いって……今さらのように、魔法でモップ出しやがって」
ルシファーはきれいな笑顔でモップを構えた。
「掃除も愛ってことで」
「愛じゃねぇよ! 労働だよっ!!」
◆
やがて、二人は瓦礫の山を前に、完全に「地獄清掃バトル」へ没頭していた。
「おーいルシファー! そのゴミ、燃える方に入れるんじゃねぇぞ!」
「“燃えるゴミ”と、“燃やす愛”の区別がつかない」
「もう黙れ! 口を出すな、手を動かせ!」
そこへ、ルカの声が天界通信から響いた。
―『……二人ともぉ、何してるの?』
サタン「片付けだよ!!」
ルシファー「ルカちゃーん!!」
―『すみませーん。今さらで申し訳ないんだけどぉー、地獄フェスの報告書、まだですか? そろそろ天界へ上げないと、期日が迫ってるんですけど……』
「書けるかそんなもん!! そもそも、お前が破壊したんだろ、このホール。小娘、お前が片付けに来いや!!」
「気にするな、ルカちゃん。報告書は、“愛は燃やして消えた”という一文で十分じゃないか」
「詩的にまとめんなっ!!」
ウリエルからの通信も届いた。
―『サンタさーん、あ、間違えた。サタンさーん』
「よぉ、少年天使。今わざと間違えただろ。地獄のサーバー治ったか?」
ルシファーはちょっと驚いた。
「え? 地獄の回路修理って、ウリエルに頼んでたの?」
「しょうがねえだろ。異界で一番IT技術に詳しいやつといったら、あのガキしかいねえんだよ」
ウリエルの通信が続いた。
―『地獄の回路を修理して、クラウドサーバーをアップデートしときました。ログインしてくださ〜い。新しいパスワードは、“ilove666”で統一しときましたぁ』
「そんなダッサいパスあるか!! だっさー! いや、だっさー! そんなの魔王が使うの恥ずかしくね?」
「いや、いいセンスだよ。ウリエル」
「褒めるな!! ルシファーお前、なんで天使たちに優しいんだ? まさか、あいつらの仲間に入りたいのか?」
瓦礫の中で、サタンが手を止めた。
ルシファーはその質問には答えず、燃えるゴミの袋を閉じていた。
「さあ、……どうでしょうね」
「え、否定しないんかい!……なぁ、ルシファー。お前、あの小娘天使に惚れたのか?」
ルシファーは、崩れた石段に腰かけて足を組み、コーヒーを一口飲んだ。
「惚れたというより、気づいた。彼女は私に似ている」
「またまた~、ナルシスト発言かよ。」
「……心配には及ばない。彼女の会社で働いたけど三日でクビになった。フフフ」
「何笑ってんだ。そこ自慢するところか?」
「わたしは、本気で口説いた。そして、全力でフラれた。だけどね、それを『最高だ』と思った……」
「おいおい、……フラれたのか。あの小娘には、黒須がいつも側にいて守ってんだろ。まさか、奪うつもりか?」
「否定されたが、諦めない。かといって力づくで奪うのは趣味じゃない。わたしは黒須と同じ場所に立ちたいのだ。そうすれば、わたしの素晴らしさが際立ちだろ?」
サタンは、呆気に取られてゴミを拾うことも忘れていた。
「お前さぁ、それって恋って言うんじゃないのか?」
「断じて違う!」
「いや、それ、恋をしている自覚がないだけだろ」
「とっつあんでも、それを言ったら許さないからな!」
「……わかったよ。お前ってさ、理屈は全部立派で、言葉も全部正しいけどさ、なーんか
あの小娘が絡むと違うくね? なーんか、行動が感情に引きずられているように見える」
「無い!」
「ほら、それを絶対に認めない。今のお前は、悪のカリスマでも、終末の象徴でもなく、
恋に気づかないまま拗らせている中学生だよ」
「うるさいなぁ、とっつあん!」
「まあ、わしはお前の保護者みたいなもんだからな。お前が拗らせていることぐらい、お見通しだ」
ルシファーはサタンのおせっかいは聞かないことにした。
黙々と清掃活動にいそしんだ。
しばらくして、サタンが聞いた。
「黒須ってさ……」
ルシファーは、その名前を聞いただけでサタンを睨みつけた。
「いや、なんでもない……」
「言えよ。途中で辞めるな。気になるじゃないか」
「ああ、……黒須ってさぁ、あの小娘が好きだから、側にいて守っているんだろ? ルシファー、お前が小娘に近づくのと、どう違うんだ」
「フン、そんなことか。わたしはあの天使が気に食わないから近づくんだ。わかったか」
「全然わからん。お前は黒須と『思想の勝負』をしてるつもりでも、実は恋の張り合いしてるだけだろ」
「わかってねーな! とっつあん!」
「わかってねえのは、お前だよ」
◆
少しの沈黙のあと。
サタンは灰色の空を見上げた。
「ああ、痛たたた……。ゴミ拾いしてかがんでいたら、腰に来た!」
「おっさんだなー。やっぱ、とっつぁんで統一するか」
「それ言うか? お前だって9000歳いったろ? で? 次はどうする?」
ルシファーは聞き返した。
「次って?」
「地獄フェス第二弾でもやるか?」
「ネーミングが最低だな。地獄の魔王らしくない」
「予算が地獄級に足りねぇんだ。文句言うな」
「そうだな……、人間界にちょっと闇のルートがある。そこから資金を調達してやるよ。わたしを利用して世界征服を企んでいる組織だ。協力するふりすれば、金なんかすぐ用意できる」
「お前、それ詐欺の発想だぞ」
「え? おれたち、元から詐欺みたいな存在だろ?」
「ま……たしかにな」
二人は顔を見合わせて、同時に吹き出した。
そして、黙々と片付け作業は続いた。
やっと作業が終わる頃、サタンはルシファーに礼を言った。
「ありがとよ」
「らしくないね、お礼だなんて。何を企んでいる」
「別に……。お前さ、悪魔の本業に立ち戻ったらどうだ。悪魔は召喚した契約者の願いを聞き入れるのが正式な仕事だ。その代わりにいただくモノをいただく」
「ん? どういう意味だ。何が言いたい」
サタンはポケットから紙切れを渡した。
「お駄賃をやる。小娘の連絡先がこれだ。ワン切りして、折り返しを待て。そうすれば、お前は召喚されたことになる。契約を交わす。これで、小娘と離れられない」
「ルカの電話番号……、一体どこから?」
「さっきのIT小僧のタブレットを盗み見た」
「とっつあん、お前も悪よのぅ……フフフフ」




