第63話 やらかして当然の解雇
恋愛CIA・赤坂オフィス。
学校が終わると、黒須は真っすぐ恋愛CIAオフィスに来るようになった。
自分が学校で授業している間に、ルシファーがルカに接近すると思うと、気が気でなかった。
夕方になって、オフィスのガラスのドアから入ると、ウリエルが罰としてキッチンでコーヒー係をしていた。
「お疲れー。ルカ」
「今日も来たの? 黒須先生。そんなに気になる? あいつの存在が」
「あ、別に、そういうことじゃない。あいつは人間界で働くのに慣れていないから、何か迷惑かけてたら申し訳ないみたいな……」
「ルシファーの保護者かよ」
「違う。そうじゃない。……あ、ありがと」
黒須は、ウリエルからコーヒーを受け取った。
「黒須さん、お疲れっす。なんか妙なんっすよねー」
「え、何が?」
「今日は朝から、妙にサーバーの動きが活発なんっすよ。……ほら?」
ウリエルがモニターを見つめ、首を傾げた。
「先輩、マッチング成立率、昨日の三倍っすよ」
「……そんなに上がるわけないでしょ。何かミスってない? よく確認して」
そのとき、
奥のデスクで足を組んでいた男が、楽しそうに指を鳴らしていた。
「くくく……」
黒須は、その笑いに気づいた。
「……嫌な予感しかしねぇ。ルシファー、お疲れー。なんかやったのか―」
「安心したまえ。これは、顧客満足度向上のための工夫だ」
ルカは、見ていた資料から顔を上げた。
「ちょっと!……何をしたの」
ルシファーは、ホワイトボードにさらさらと書き始めた。
「ちょっとお時間をいただきます。簡単なプレゼンします」
《ルシファーの裏オプション》
・闇オプション
マッチングした相手に偽の投資アプリをインストールさせる。
初回のみ儲かったように見せかけ、数字を操作する。
投資が利益を出しているように信じ込ませる。
引き出しには手数料50万円必要。
・課金システム
マッチング率を上げたい顧客に対し、オプションとして課金すれば紹介率アップ。
連絡先を教えて欲しい顧客は有料。
・相性操作
とにかくマッチング成立優先。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるシステム。
誰でもいいから、マッチングしたことにしてしまう。
デートまでこぎ着ければこっちのもの。
既成事実は後付け。
・偽マッチング
上記とほぼ内容は同じ
黒須はルシファーの堂々としたプレゼンを聞いてあきれた。
「……おい、一行目からアウトだろ」
「聞きたまえ。闇オプションとは、“本音を引き出すための刺激”である」
ルカは片手をあげて質問した。
「刺激って何」
「不安を煽る。誤解を生む。ライバルを投入する」
「最低ね」
ウリエルは、ルシファーにコーヒーを渡して言った。
「倫理、どこ行ったっすか」
ルシファーは、かまわずプレゼンを続けようとした。
「次。課金システムについて詳細を……」
黒須が言った。
「やめろ」
「え、でも、ここが大事なところなので……」
「やめろって言ってるだろ。これは犯罪だ」
「恋愛はね、等価交換だ。多く払う者ほど、多くの情報を得る」
「詐欺師の発想だ!!」
「相性操作は、理論上、最適解を導くために必要だ」
ルカは顔を曇らせた。
「本人の意思はどうなる?」
「不要だ」
黒須は叫んだ。
「完全にアウト!!」
ルシファーは、構わず説明を続けようとした。
「偽マッチングは……」
「もう聞かねぇ!!」
黒須が机を叩く音が響いた。
「お前それ、完全に詐欺だろ!!」
ルシファーは、きょとんとした顔をした。
「……そうか? 結果的に、皆、誰かと付き合っている。問題はない」
ルカは、立ち上がった。
「これはバレたら炎上じゃ済まないわ!! しょっ引かれて業務停止が解散処分ね。これは恋愛じゃない!! 真っ黒な犯罪よ!! 下手な操作お客さまを欺くわけにはいかないわ」
ウリエルも我慢できなかった。
「先輩、このオプションは、利用規約を全部踏み抜いてます」
そのときだった。
オフィスの奥のモニターに、赤い警告表示が走った。
《管理権限:停止》
《不正アクセス検知》
《監査ログ送信完了》
ルシファーはきょとんとした。
「……おや?」
黒須
「……あ」
ルカ
「……来たわね」
数分後。
天界の上からの通達は、驚くほどあっさりだった。
【処分通知】
《堕天使ルシファー
試用期間中の規約違反により
即日解雇》
届いたメールをウリエルはプリントアウトしてきた。
それをみて、全員固まった。
大天使ミカエル上官の逆鱗に触れたのだ。
ルシファーは、紙を見つめ、そして……笑った。
「フフ……、なるほど。恋愛CIAは、思ったより“清潔”だったってことか」
黒須はルシファーの背後に立っていた。
「当たり前だ。人の心を扱う場所だぞ」
ルカは、天界経由でよろしくと言われたから雇ったものの、こんなに早く上から解雇通告されるとは思っていなかった。
「……もう来ないで。はい、お疲れさまでした」
ウリエルは、パソコンを見ながら焦っていた。
「先輩、この人、ログ全部残してますが」
黒須は、バッサリとルシファーの記録を切り捨てようとした。
「消せ」
ルシファーは、ため息をついた。
荷物をまとめてコートを羽織り、ドアの前で立ち止まった。
「……楽しかったよ。だが、確かにここは、わたしの居場所じゃなかったようだ」
そして、ちらりと黒須を見た。
「次も……、君のフィールドに行くからね」
黒須の声がひっくり返った。
「……は?」
「教育現場。人を“育てる”場所。恋愛よりも、よほど面白そうだ」
ルカは、あきれてしまった。
「マッチングアプリの仕事も出来ないのに? ……最悪の予感しかしない」
「安心したまえ。手は出さないよ。……口は出すけどね」
そう言って、ルシファーは青白い炎に包まれ、姿を消した。
オフィスに残された三人。
黒須が最初に口を開いた。
「……なあ。俺、嫌な未来しか見えないんだが」
「奇遇ね。わたしもよ」
ウリエルは、ちょっと笑顔だった。
「でも……」
モニターを見つめながら、にやりと笑った。
赤坂の空に、不穏な風が吹いた。
こうして、堕天使ルシファーは恋愛CIAをクビになり、今度こそ、教育現場へ向かうことになった。




