第56話 ショーの司会、堕天使ルシファー
永炎ホールの中央ステージでは、地獄の婚活フェスがいよいよ始まろうとしていた。
「第1部は……、“愛の自己PRタイム”です。
参加者の皆さん、順番にステージに立って自分をPRしてください! さっそく、エントリーナンバー1の方、どうぞ!」
司会のルシファーが、艶のある声でイベントの司会をしていた。
その声は、まるで甘い毒だった。
一語一句に魔力が宿り、聞く者すべての心を撫でるように震わせていた。
ルカは席で姿勢を正した。
「……なるほど、ただの司会じゃないってことは、わかった」
黒須はため息をついた。
「あいつが“喋るだけ”で、地獄の温度が三度上がるんだよ」
「気温の問題じゃない。ハートの問題ってわかんないの?!」
ウリエルの通信が入った。
―「黒須さん、温度センサー異常上昇です。観客席、恋愛フェロモン濃度120%!」
「数字で言うな! サーモグラフィーかっ」
「マジで気温だったんだ……。悪かったわね、黒須先生」
「別に……、怒られ慣れてるから、気にしていない。(……ってか、もっと罵っていいんだけど)」
ステージ上に、最初の登壇者が現れた。
黒いローブをひるがえし、黒須を熱く見つめたのはあのブリジット・グレイウィッチだ。
緑のドレスにツタが伸びる杖を持ち、丁寧に礼をした。
「“呪いのデート”でお世話になった魔女ですわ♡」
会場がざわついた。
ブリジットはウインクし、ルシファーの前に立った。
「ルシファーさま、あなたの瞳……素敵ね。呪っていい?」
ルシファーは微笑んだ。
「呪いとは、強すぎる想いの別名だよ。君はそれを愛と呼ぶのかい?」
ブリジットが赤面し、ふらりと後ずさった。
「うっ……な、なるほど。さすが堕天使ルシファーさま」
黒須が頭を抱えた。
「出た、“口説き返しスキル”。あれ、一度食らうと誰でも墜ちる」
ルカは眉をひそめた。
「ちょっと待て。あの程度の口説き文句で堕ちるって、おかしくない? あんな臭いセリフ、今どきのホストでも使わないわ。……黒須、ひょっとして、あんたもあの程度で堕とされたのか?」
「昔、……一回な」
「え? ビ、BL? 冗談で言ったのに、マジで答えた?」
「大昔、研修中に“君の絶望も美しい”って言われたよ」
「何、そのパワハラのような、セクハラのような微妙な口説き文句……わからない! 地獄の基準はどうかしている……」
次に登場したのは、吸血鬼令嬢カーミラだ。
漆黒のドレスに紅のルージュが妖しい。
彼女は、ステージの中央で恭しくお辞儀をした。
「わたくしは、愛のために百年待ちました。もし今宵、再び血が燃えるなら……それを運命と呼びましょう」
ルシファーが一歩前に出た。
「“待つ”というのも、愛の形のひとつだね。だけど……待ちすぎると相手を失うばかりか、自分の人生も無駄にするんだよ」
カーミラは瞳を伏せ、微笑んだ。
「愛って、あなたに少し似ているわ。危険なほど綺麗で、壊れそう」
ルシファーは答えず、ただ微笑むだけだった。
その静けさが、観客をさらに熱くさせた。
黒須の拳がわずかに震えた。
(……何だろう、この感じ?)
ルカはそんな彼を横目で見て、少しだけ複雑な表情を浮かべた。
(まさか、こいつ、ルシファーがカーミラに微笑んだのを見て、……嫉妬してる? やっぱ、そういう関係だったのかーっ? こいつ、バイセクシャルか?)
三人目の登壇者は……アスモデウス。
地獄総務課のバリキャリOL。
つい先日、黒須のマンションを訪ねて来た悪魔だ。
スーツ姿でステージに現れ、資料を片手にマイクを取った。
「恋愛に必要なのは、戦略と数値化です。本日は“効率的愛情マネジメント”について、プレゼンします」
ルシファーが笑みを浮かべた。
「へぇ、愛を効率化? 興味深いな。だが、愛の不効率さこそ、美しいんじゃないかな」
アスモデウスは目を細めた。
「反論します。理論なき愛は破滅です」
ルシファーは余裕で切り返した。
「破滅を恐れたら、恋などできない」
会場は、一瞬時間が止まったように静まった。
だが、……一斉に拍手が巻き起こった。
ウリエルは通信でつぶやいた。
―「……さすがルシファーです。恋愛トークでTEDできそうっすね」
黒須も感心してしまった。
「あいつは、地獄プレゼン王だからな」
司会席に戻ったルシファーは、ふと視線をこちらに向けた。
「さて……次は観客席からの特別参加者だ」
黒須が思わず顔を下げた。
「視線を合わせたくない……」
ルシファーの口元に笑みが浮かんだ。
「天界代表、“ルカ・セラフィム”。君の“愛の定義”を、聞かせてもらおうか」
黒須はルシファーが自分ではなく、ルカを指名して茫然とした。
「え! ルカかよ!」
空気が一変した。
ルカは微動だにせず、まっすぐルシファーを見つめた。
「あの? 黒須先生じゃなくてわたしでいいの? えーっと……わたしは、……愛を定義できません」
「ほう?」
「愛は、感じるもの。雄弁に語るより、自然に湧き出るもので、定義したらそれは偽物です」
会場は静寂に包まれた。
ルシファーは一瞬だけ、瞳を細めた。
「……詩人だね。だが、君のその光は……あまりにもまぶしいな」
彼は歩み寄り、ルカの頬に手を伸ばした。
黒須が思わず立ち上がった。
「おい、何して……!」
指先が触れる寸前、
ルカはルシファーの手を掴み、低く言った。
「司会者が参加者に触れるの、ルール違反じゃありません?」
ルシファーは笑って、ゆっくりと手を引いた。
「ふっ、そうか。やっぱり君は天使らしいな。……だけど、ルールより大事なことだと思ったんだけど?……愛ってやつは。違ったか?」
黒須は、何か言い返そうとしたが、感情が高ぶり過ぎて言葉にならなかった。
「……っ!」
そのとき、ウリエルの通信が割り込んだ。
―「黒須さん! 心拍上昇120%! 嫉妬反応出てます!」
「黙れ、ウリエル!!」
会場のライトがやや落ちた。
暗めのステージで、ルシファーがマイクを持ち、締めの言葉を口にした。
「いいねー。さすが、天界の天使エージェントは違うね。これが“愛”だよ。論理でも、呪いでも、血でも、効率でもない。ただ、ひたすら心をかき乱すもの。
……さあ、次は誰の心を、堕とそうか?」
「「「キャー!ルシファーさまぁ!」」」
観客の歓声が地獄を震わせた。
そしてその歓声の中で、黒須は確かに感じていた。
……自分の中の“理性”が、少しずつ壊れていくのを。




