第55話 地獄婚活フェス、開幕
地獄第七層。
“永炎ホール”に黒須とルカは招待された。
壁も床も、ゆらめく紅蓮の火でできていた。
だが不思議と熱くはない。
まるで何者かの情熱が、形になって燃えているようだった。
黒須サトルは、あきれたように天を仰いだ。
「なあ、俺さぁ、朝、目が覚めたらお前とこんなとこに来てるんだけど、これって夢かな……」
夢見心地を一瞬で破壊したのは、ルカだ。
「ふん、今さら何を。寝言を言うほど余裕あるんだね。夢じゃない。現実よ」
「やっぱそうか……。やけに生々しい夢だと思ってた。現実ってことは、もしかして今、俺は学校さぼってる?」
「心配するな。地上時間でいえば今はまだ、日曜の午後だから」
「え? そうだっけ」
「地上の時間の流れと、地獄の時間の流れは軸が違うの。時間層がズレているから……って、なんでわたしが説明してんの! 地獄はあんたの方が専門分野でしょ!」
「マジかぁ。じゃあ学校をさぼっていることにならないのかぁ」
「……知っててわざとボケたでしょ」
「いや、久々すぎてさ、地獄の第七層―“永炎ホール”なんて、滅多に来ないから忘れてたんだよ。マジで」
「教師の本業を維持したまま、非日常ミッションをこなせるのが地獄のメリットよ。だから、あんたは学校をさぼってない」
「ああ、そうだった。地獄は“時空の副業OKゾーン”だった。俺が恋愛CIAの仕事をするのに、もってこいの場所ってことか」
「副業と言うな。非日常ミッションと言うの」
ルカは、黒須のポンコツぶりにあきれながら腕を組んだ。
そして、冷静に周囲を見渡した。
白いドレスシャツの上に黒のジャケット。
地獄の観客席に立っても、ルカの存在はひときわ目立っていた。
「情報によれば、地獄中の独身魔族が参加してるっていうけど」
「独身地獄ってやつか……」
ルカがくすっと笑った。
「ほんと、さっきからボケを言う余裕はあるね。そんなにつっこんで欲しいの?」
「地獄だからな。笑っとかないとやってられねぇ」
ウリエルの声がイヤホンから届いた。
―「黒須さん、ルカ先輩、通信つながってます! 会場の中央ステージに、
“高位堕天使の波動”を感知しました!」
「……高位堕天使?」
黒須の背筋がぞくりとした。
嫌な予感が、胸の奥でくすぶる。
そのとき、暗闇を切り裂くように白い光が降り注いだ。
中央ステージに、一人の男が姿を現した。
長く赤い髪。
漆黒の翼。
完璧な笑み。
「……まさか」
黒須は息を呑んだ。
ルカが目を見開いた。
「堕天使ルシファー」
会場がざわめきに包まれた。
「地獄総主宰のサタン陛下に代わり、本日の進行を務めます」
彼はマイクを取り、優雅に一礼した。
「わたしは、堕天使ルシファー。愛と堕落のエキスパートです!」
「「「キャー――――!!! ルシファーさまー!!」」」
歓声が湧き上がった。
魔女も、悪魔も、吸血鬼も、彼のカリスマ性に魅了されていた。
ルカは低くつぶやいた。
「黒須先生? あの堕天使……あなたの上司か何かだっけ?」
「ああ。昔、俺を地獄組織にスカウトした張本人だ。“愛も罪も、等しく研究対象”だって、よく言っていた」
「堕ち過ぎじゃないの? 堕天の理論家が、婚活フェスの司会だなんて」
「だよな?」
ウリエルの通信が入った。
―「黒須さん、ルシファーさんの発言ログを解析中。……“愛の波動をエネルギー化”という単語が何度も出てます。つまり、今回のフェスはただのイベントじゃありません」
黒須はウリエルの通信に頷いた。
「わかっている。地獄が動くときは、必ず“裏目的”がある」
ステージ上のルシファーが両手を広げた。
「さあ、諸君。今日ここに集ったのは、地獄で最も美しく孤独な魂たち。愛の名のもとに、己を賭けて語る者だけが……“選ばれる”」
一拍の沈黙のあと、雷鳴のような歓声が上がった。
――わぁーーーー!!!
ルカは眉をひそめた。
「……“選ばれる”? 何のために?」
黒須は答えをはっきりとはわかっていない。
ただ、胸の奥に邪悪なものの感覚が残った。
(あいつが“愛”を語るときは、必ず誰かが泣く。ろくなことにならねえ)
ルシファーは視線を巡らせ、ゆっくりとこちらを見た。
まるで最初から気づいていたように。
「……また会えたね、黒須」
会場中がざわめいた。
黒須は息を呑んだ。
(見つかった……!)
ルシファーは穏やかに笑った。
「このフェスの真の目的を、君ならすぐに察するだろう。“愛の形”を見極めること。それが、次の世界を決める鍵だ」
ウリエルの声がイヤホンを震わせた。
―「黒須さん、これ、完全に“ハルマゲドン構文”ですよ!」
ルカは静かに言った。
「……つまり、また始まるってことね」
ルシファーの声が会場に響いた。
「愛とは、神が設計した最大のバグ。それを再定義するために……今宵、“地獄婚活フェス”を開幕する!」
――うおぉぉぉぉーーー!!!!
どよめき、歓声、熱。
黒須はその中心で、唇を噛んだ。
「……あいつが動くと、世界がろくな方向に行かねぇ。人類史上うまく言った試しがねえ」
ルカが彼の隣で静かに答えた。
「じゃ、わたしも動くしかないわね。『愛は、神が設計した最大のバグ』なんて言われて、黙って見ているわけにいかない」
炎のステージに、無数の魔法陣が浮かび上がった。
魔女、悪魔、吸血鬼、妖精……地獄の四騎士……
黒須に縁のあった者たちが、次々と姿を現した。
ウリエルが通信で叫んだ。
―「ルカ先輩、黒須さん! 全員召集されています! これ……“恋愛版ハルマゲドン”ですよ!!」
黒須は深呼吸して、コートの裾を翻した。
「上等だ。フェスってんなら、踊ってやるよ」
ルカが笑った。
「いいわね。……じゃあ、ステージに行きますか」
……こうして、
地獄婚活フェスは幕を開けた。
愛か、堕落か。
そして、このフェスに、また世界は振り回されるのか……




