第54話 おうちデートが悪魔の婚活セミナーに
日曜日の朝。
黒須にとって、今日は青葉学院の授業もなく、久しぶりに完全オフだ。
ベッドに寝転んだまま、スマホを眺めていた。
「……今日こそは、何もせずに過ごす」
天井に向かって宣言した。
コーヒー、枕、クッション、リモコン。すべて手の届く範囲に置いてある。
休日の完璧な防御陣形だ。
ここ一週間は、多忙だった。
魔女ブリジット、吸血鬼カーミラ、地獄サポートのリリス……。
次々と現れる迷惑な“婚活相手”たちの対応に、心も体も限界だった。
「世界救ったあとに婚活地獄って、どんなアフターシナリオだよ……」
そうつぶやいて、布団を頭までかぶった。
そのとき、着信音が鳴った。
せっかくの惰眠タイムを邪魔する着信音を消したくて、腕を伸ばしてスマホ画面をねぼけ眼で見た。
表示された名前に、黒須は目を細めた。
「……ルカ?」
ダラダラしたい気分は一旦置いといて、黒須は電話に出た。
「……あーもしもし」
人間界にとどまることを選んだ天使、ルカの声が聞こえた。
―「ねえ、今日は恋愛CIAオフィスに来ないの?」
「さすがに疲れた。今日は日曜日だぞ」
―「何で来ないのよ」
「CIAって、ワーク・ライフ・バランスって言葉、知らねぇのか?」
一瞬の間があった。
―「そっか、わかった。じゃあ……デートしましょ」
「マジで!? デートなら今すぐ出発できる!」
―「いいえ、お疲れでしょうから、“おうちデート”しない?」
「お、おうち? いいのか? ル、ルカの家ってどこ?」
―「黒須先生の家にしましょ」
「……俺んち!? なんで場所知ってんだ!?」
―「知ってるわよ。あなたを抹殺しようと狙ってた頃に、屋上から見てたから」
「怖ぇよ! 笑って言うな!」
―「うん、今、家の前にいる」
「えええええええ!」
黒須は慌ててベッドから飛び起き、カーテンを開けた。
マンションのエントランス前、スッと立つ長身の人影。
白いブラウスに薄いコート、腕に小さな紙袋。
ルカだ。
スマホ越しに声が聞こえた。
―「オートロック、開けて?」
黒須は寝癖のまま叫んだ。
「いやちょっと待て、掃除してねぇ! 部屋が戦場みたいなんだ!」
―「地獄よりはマシでしょ?」
(そんなことより着替えだ。とにかくまともな服を……!)
数分後、ルカは部屋のチャイムを鳴らした。
「……お邪魔します」
黒須の部屋は麻布にあるマンションで、ちょっと贅沢な仕様だ。
ルカは淡々と靴を脱いでリビングに入ってきた。
「広い部屋ね。独身で3LDK?」
「……教師ってのは、身も心もボロボロなんだ。これくらいの贅沢は許せよ」
「教師? そうだった。元教育実習生に、ベッドまである部屋を見せていいの?」
「見せたくて見せてるわけじゃねぇ!」
黒須は寝癖を手で直しながら、キッチンへ向かった。
「コーヒー淹れるか?」
「うれしい。お砂糖なしで」
その言い方が自然すぎて、黒須は少し照れた。
(……なんか、夫婦みたいだな)
二人でソファに座り、コーヒーでほっと息をついた。
ルカが紙袋を差し出した。
「差し入れ。“スイート・ヘル”の限定マカロン。ウリエルが選んだの」
「またアイツか。俺の嗜好バレすぎだろ」
黒須は苦笑しながらリモコンを押した。
テレビがオンになり、ワイドショーが流れ始めた。
『本日は恋愛特集です! 理想のデートは……“おうちデート”! 提供は、恋愛CIAでお送りします』
「……今の“提供”って言ったか!?」
「ええ、うちの広報が動いたのね」
「広報って誰だよ!」
ピコン、とテレビの音声が切り替わった。
―「ウリエルっす! 恋愛情報ジャック成功っす! 赤坂支部から生中継中!」
「やっぱお前かあぁぁ!」
ルカは涼しい顔で笑った。
「便利でしょ? どんな番組でも“恋愛指導枠”に変えられる」
「悪用の見本だよ!」
そう言った直後、黒須のスマホが震えた。
《悪魔OL『アスモデウス@地獄総務課』があなたを“婚活セミナー”に招待しました》
「え、昨日と同じ通知。日曜日もやるの?……しかもこのタイミングで!?」
ルカは、急いでバッグからワイヤレスイヤホンを取り出し、黒須に差し出した。
「これ、つけて。ウリエルと繋げるわ」
「は? いや、普通にテレビでも聞こえるし。やっぱ仕事モード!?」
「敵に会話を聞かれたくない。日曜でも案件は動く。地獄は週休ゼロ日制だよね」
「うわぁ、ブラック企業……」
イヤホンにウリエルの声が届いた。
―「黒須さーん、地獄総務課のアスモデウス。過去に“恋愛研修セミナー”を百回以上開催した超バリキャリっす。たぶん来ます」
「来るって、どこに!? まさか……」
「はい。GPS照合、あと十秒で到着っす」
ピンポーン。
「来たぁぁ!!」
ルカが微笑んだ。
「よかったじゃない。通勤ゼロ距離ね」
「そういうことか……俺んちでやるのかよ!」
◆
インターホン越しに映ったのは、赤いスーツを着た悪魔OL。
きっちりまとめた黒髪に、冷たい笑みを浮かべている。
「初めまして。地獄総務課・アスモデウスです。本日は“恋愛スキル効率化セミナー”のモニター実施に参りましたぁ」
「……セミナーを、俺んちで!?」
「ええ。現場主義が地獄総務課のモットーです」
ウリエルの通信がさらに黒須を恐怖に陥れた。
―「黒須さーん、がんばってください。地獄のバリキャリに逆らうと、労働契約で魂持ってかれます!」
「脅すな!」
ルカがコーヒーを持ってきて、横に座わった。
「黒須先生、講師の話はきちんと聞きなさい」
「いや、お前、何様!?」
アスモデウスはタブレットを広げ、冷静に言った。
「恋愛は、感情に依存する非効率な行為です。
しかし近年、地獄でも“人間界的恋愛”の導入が議論されています。
本日はそのパイロットケースとして、あなた……黒須サトルさんの恋愛行動をKPI分析します」
「え、KPI!? って何?」
ルカは紙に書きながら、小声で教えた。
「KPIってね、重要業績評価指標 (Key Performance Indicator)の略で、最終的な目標達成に向けた進捗を測るための、中間目標となる指標のことで……」
「全っ然、意味わかんね」
ルカの説明を打ち消すように、アスモデウスは説明に入った。
「はい。Key Passion Indicator。主要情熱指標です」
ウリエルは通信でツッコミを入れた。
―「新しい意味つけてきましたね! パフォーマンスがパッションになってる」
ルカは腕を組んだ。
「つまり、恋愛を数値化して管理したいってことか?」
「ええ。恋の達成率、好感度の成長率、嫉妬コスト……。全てグラフ化し、地獄でも応用できる“愛の生産性指標”を確立します」
黒須は頭を抱えた。
「やめてくれ……俺の恋をExcelで管理するな……!」
通信のウリエルの声が、画面を見て感心していた。
―「でも先輩、この分析シート、すごい精度です。ルカ先輩の嫉妬反応までリアルタイムで出てますよ」
「え?」
―「ほら、“黒須さんが他の女性と接触したときの心拍変動”って項目があります」
「そんなの取るなぁぁ!」
アスモデウスはクールにメモを取った。
「ふむ、やはり“教育系堕天使”の感情波形はユニークですね。これは地獄研修の教材になるわ」
ルカが一歩前に出た。
「黒須先生をモルモット扱いするの、やめてくれる?」
「わたしは実験ではなく“評価”をしているの。彼のような誠実型の恋愛スタイルは、非効率だけど……希少価値があるわ」
ルカは妙なところで納得した。
「なるほど……褒めてるようでディスってるわけだ」
アスモデウスは立ち上がった。
「では、模擬セッションを始めましょう。黒須さん、あなたは“恋人役の悪魔”と三分間のロールプレイをしていただきます」
「待て、待て、ここ俺んちだぞ!?」
「問題ありません。現場環境は心理的リアリティを高めます。目的は、“愛情表現の改善”と“地獄的アプローチ力”の比較です。
まず私が、“理想的な悪魔恋人”として接しますので、あなたは自由に対応を」
ルカが小声でウリエルに通信した。
「ウリエル、録画しておいて」
―「了解っす、ルカ先輩!」
「許可しない!」
セッションは地獄そのものだった。
アスモデウスが机に両手をつき、黒須に目線を合わせた。
「ねえ黒須さん。地獄で昇進する気、なぁい?」
「俺は、もう人間界で手一杯だよ!」
「黒須さん、恋愛と仕事、どちらが大事なの?」
「……どっちも大事に決まってる!」
「優柔不断。評価マイナス三点です」
ウリエルの通信が聞こえた。
―「現在の恋愛スコア42点です、黒須さん!」
「採点すんな!」
ルカは楽しそうに見ていた。
「ほら、“先生”なら答えられるでしょ?」
「授業と違って問題が地獄なんだよ!」
アスモデウスはタブレットを閉じた。
「総評:誠実さが高すぎて効率が悪い。ただし……人間的魅力あり、……合格です」
黒須は脱力した。
「もう、いいだろ……」
アスモデウスは軽く微笑み、去り際に言った。
「また次回、“愛の人事評価面談”でお会いしましょう」
バタン、とドアが閉まった。
リビングに静けさが戻った。
二人きりになると、急にお互いが気になり始める。
ルカが冷めたコーヒーを見つめ、ぽつりと言った。
「……おうちデート、五分で終了だった」
黒須は天井を仰いだ。
「ああ、はかない夢だったな」
一方、ウリエルの通信は、はしゃいでいた。
―「記録更新っすね、黒須さん。 “おうちデート継続時間ランキング”堂々のワースト1位!」
「そんなランキング作るな!!!」
ルカは微笑んで、少しだけ視線を落とした。
「でも……楽しかったかも」
「何が」
「黒須先生の“日常”が見られて」
その声に、黒須は一瞬だけ言葉を失った。
……しかし、照れくさくて、いつもの調子で返してしまうのだった。
「もうちょっと静かな日曜を、次は頼む」
「努力するわ」
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サービス画像です。
堕天使黒須と天使エージェントのルカです。
ちょっと早い、メリクリ―!
どうぞクリスマススカード用、にフリーにお使いください。




