第52話 魔女ブリジットの呪いのデート
東京都港区赤坂。
恋愛CIAオフィスは、雑居ビルの5階にあった。
以前はタワービルの22階にあったが、ルカと黒須の交際が天使規約に違反したとして、ルカは翼を負傷、オフィスは火事になった。
その後、いろいろあってルカは恩赦を受けて、オフィスは都落ちしたのだ。
看板には金文字でこう書かれていた。
恋愛Cupid Intelligence Agency – 赤坂支部
~愛は分析できる、たぶん~
ルカは資料を眺めながら、時計を気にしていた。
机の上では、ウリエルがノートPCを叩いている。
小柄な少年天使。青味かかった銀髪がやけに整っていて、姿勢もいい。
午後7時。
そろそろ、学校の仕事が終わってここに着くころだ。
「ルカ先輩? さっきから、時計を気にしてるけど、黒須さんを待っているんですか?」
「バカ言え、まさか。今日で教育実習とはおさらばしたのよ。あんなポンコツどうでもいいわ」
「そうっすか」
――ピンポーン!
インターフォンの音がすると、突然ルカは立ち上がりドアを開けようとした。
「先輩! 落ち着いて! 何者かもわからないのに、急にドアを開けないでください! 僕が対応します」
「あ、そうだった。ごめん」
ウリエルは、ドアスコープからドアの外側にいる人物を確認して、ドアを開けた。
「黒須さん、一人ですか?」
「おいおい、ウリエル。一人で悪いか? ルカに来いって言われて、わざわざ訪ねて来たのによ」
「確認します。ルカ先輩、黒須さんを呼びましたー?」
ウリエルは、オフィスの奥の席に座っているルカに聞いた。
「ああ、呼んだ。だが、わざわざ来てやったという態度なら、無理に入れなくてもいい」
ルカの声は黒須にも届いた。
ウリエルはいたずらっぽい目をして、少し笑った。
「……だそうです。聞こえました?」
「ああ、悪かった。早く会いたくて残業もせず、まっすぐここに来ました。どうか中に入れてください。天使さま」
「ルカ先輩、黒須さん入れますよー」
ウリエルは、黒須をオフィスに入れると、小声で教えた。
「ああ見えて、黒須さんが来るのを今か今かと待っていたんですよ。先輩は」
黒須は黒須で嬉しい。
だが、口から出る言葉は品がない。
「ほんっとに、都落ちしてんなぁー!」
ウリエルは、目で必死に「それを言っちゃダメ!」と訴えた。
「黒須さーん、そこにコーヒーあるんで、セルフでどうぞー」
「久々に来たのに……セルフかよ」
「魔界現象の根源になっている堕天使。どれだけ周りに迷惑をかけているか、自覚してないようね」
ルカの厳しい声に、黒須はおとなしく従うしかなかった。
「俺、自分でコーヒー淹れるの、好きだから」
セルフでカップにコーヒーを淹れると、黒須はそれを片手にソファに沈んだ。
ウリエルはパソコン画面を睨みながら、報告した。
「黒須さん、“魔界マリッジ”のログ解析ですが、やっぱり地獄サーバー経由っすね。
しかもまた、黒須さん宛に“特別招待イベント”が届いていますが」
「やめてくれ……もう婚活イベントはこりごりだ」
ルカがデスクで書類をめくりながら言った。
「黒須先生、先週も同じこと言ってた気がする」
「言わせろよ。先週だろうが一か月前だろうが。お前ら “恋愛CIA”なのに、やってることは“地獄対応課”みたいだぞ」
「なるほどね。それいいわ。職務内容に“地獄案件可”って書き足しましょ」
「え、いつから求人票出してるの?」
そのとき、ウリエルのPCがピコンと鳴った。
「おっと、新着通知。……え? これはヤバいっす!」
「なんだ?」
ウリエルがモニターを黒須の前にくるっと回した。
そこには、見覚えのある血文字フォントがあった。
《魔女ユーザー『ブリジット・グレイウィッチ』が、あなたに“初回デート申請”を送りました》
黒須はコーヒーを吹き出した。
「うわぁ! またかよ!」
ルカが眉をひそめた。
「ブリジット? 聞き覚えあるわ……えーっと、確か、地獄契約課の元職員で、婚約破棄三百回の魔女」
ウリエルがすかさず解説を補った。
「さすがルカ先輩、素晴らしい記憶力!で、補足させてもらっていいっすか? “呪いで恋を固定化するタイプ”ですね。好きになった相手は逃げられません。婚活界隈では“縁結びの殺し屋”と呼ばれています」
「どんな肩書き!?……」
と、黒須。
ルカは立ち上がった。
「黒須先生、拒否して」
「拒否する!」
黒須がスマホの“拒否”ボタンを押した……瞬間、
画面が赤く光った。
《拒否操作は無効です》
《約定デートが成立しました》
「……おい、今の読んだか?」
「ええ、はっきり」
ウリエルが青ざめた。
「やばい、召喚ルーチンが走ってます! 地獄側からの強制転移が作動中……」
「待て! まだ準備が……」
あれよあれよという間に、床に赤い魔法陣が浮かび上がり、黒須の体が光に包まれた。
「ルカァァァ! まただーーー!!」
ドンッ!
閃光とともに黒須の姿が消えた。
ルカは茫然と、黒須が座っていたソファを見おろした。
「行ってしまったか……。アーメン」
「アーメン」
◆
次の瞬間、黒須は謎の森の中に立っていた。
満月、冷たい風に吹かれて流れる雲が、時々満月を隠した。
そして、緑のローブを纏った女が立っていた。
女のブロンドの髪が月光に揺れ、妖艶な笑みを浮かべている。
「ようこそ、黒須先生。あなたを、ずっとお待ちしておりましたの」
「……あんたがブリジットか」
「ええ。“恋愛CIA”の噂、地獄にも届いていましてよ。アプリを見て、もう黒須先生しかいないって、直感で決めました。
あなたの“誠実さ”……試してみてもいいかしら?」
「試さなくていいから、帰してくれ!」
「だめよ。これは“デート”。逃げたら呪うわ」
「あんた、それデートの定義おかしいだろ!」
そのとき、空気が裂けたような閃光が走った。
ルカが地獄まで転移してきたのだ。
白シャツの袖をまくり、青い光の輪を背に立っていた。
「……ブリジット。黒須先生を巻き込むな」
「まあ、天使ちゃん。邪魔をしないで。この方、あなたの恋人でもあるまいし」
「う……こ、恋人よ」
一瞬、時間が止まった。
黒須は口を開けた。
「そ、そうなんだが、……ちょっ、ちょっと待て、ルカちゃん」
「黙れ」
「はい」
ブリジットが楽しそうに笑った。
「ふーん、そういう関係なのね。なら、奪う価値があるわ。今夜は面白くなりそう」
ブリジットは杖を振った。
すると、黒い蔓が地面から伸び、黒須の腕に絡みついた。
「これが“縁結びの呪い”。愛を誓えば、永遠に私と繋がれるわ」
「誓うかよ!」
ルカの目が光った。
「黒須先生に手を出したら……このわたしが、容赦しない」
金色の魔法陣が輝き、ブリジットの闇魔法とぶつかり合った。
月光が爆ぜ、森が閃光に包まれた。
魔女と天使エージェントのバトルが始まった。
「おいおい、やめろって! デート現場で魔法合戦ってどういう状況ー!!」
やがて光が収まると、蔓が霧のように消えた。
ブリジットは肩で息をしながら、呪いが消えたことが信じられなかった。
「はぁ、はぁ、……面白い男ね。呪いが効かないなんて」
「あ、これ? 慣れてるんだよ」
「なにに?」
「呪いに」
ルカはそれを聞くと、急に笑い出した。
「何それ、笑っちゃう。バッカじゃない? そもそも堕天使に呪いって変な話よね……アハハ」
「笑うな、ルカ。呪いよりもお前に嫌われるほうが、一万倍つらい」
ブリジットは杖を収め、黒須に近づいた。
「あなた、本当に誠実なのね。でもその誠実さ、いずれ誰かを救うかもしれない。……わたしも、もう一度信じてみていいかしら?」
「な、なんだよ」
「地獄の任務抜きで、プライベートで会いたいわ」
「任務だったのかよ! どうりで、俺がモテるなんておかしいと思ったんだよ」
ルカは、キッとブリジットを睨みつけた。
「プライベートなら、なおさらお断り!」
ブリジットはふっと笑った。
風が吹くと、魔女の姿は霧のように消えた。
◆
赤坂オフィスに戻ると、ウリエルがココアを飲みながら迎えた。
「お帰りなさーい。生還率、予想より高かったっすねー」
「その“予想”やめろ」
ルカがため息をついた。
「報告書、どう書けばいいのかしら。“呪いのデート”なんて前例ないし」
「“恋愛CIA、地獄婚活案件に対応中”……でいいだろ」
ウリエルがにやりと笑った。
「黒須さーん、地獄ランキングで“誠実度”がまた上がってますよ」
「そんなランキングいらねぇから!」
ルカは机に肘をついて、微笑んだ。
「でも……お疲れさま。ちゃんと帰ってこれて、よかった」
黒須は照れくさそうに頭を掻いた。
「ありがとな、ルカ」
すると、黒須のスマホが鳴り、ウリエルの端末が同時に反応した。
《吸血鬼令嬢『カーミラ』があなたに“血液型マッチング”を申請しました》
黒須はため息をついた。
「……またか」
ルカは、吸血鬼令嬢という情報から分析した。
「今度の相手は、夜型とみた」
ウリエルは、端末を操作して、検索しはじめた。
「出動準備しておきまーす」
黒須は天井を見上げ、深くため息をついた。
「俺の人生、ほんとどこで間違えたんだろうな……」
「そりゃあ、聖書に書かれている通り、天界の戦いからじゃない?」
ルカのシビアな回答に、黒須は……また惚れた。
(6000年前の俺を知ってるのは、お前しかいない)




