第48話 天国と地獄の裁判
生徒たちは恐怖で震えあがった。
「ひー! 何?」
黒須は、生徒たちを大きな樹の下に避難させると、庇うように両腕を広げた。
「子供たちに手を出すな!」
「なーんだよ、黒須。心配するな。わたしは子供に手は出さない。サタンはわからないが」
堕天使ルシファーは、またニヤリと笑った。
一方、光の柱の中に、ルカは立っていた。
天界側にはミカエルとガブリエルが並び、対面の影の中にはサタンとルシファー。
その中間に、黒須が生徒たちを守って立っていた。
天国と地獄の裁判が、同じ場所で同時に始まろうとしていた。
「え、ちょっと待って……これ、裁判がダブルブッキングしてない?」
ルカはこめかみを押さえた。
「ノイズキャンセリング効かないんだけど……」
天国側で大天使ミカエルが片眉を上げた。
「ルカ。覚悟はできていると思うが、神の判決がくだった」
同時に、サタンが怒鳴った。
「こっちも地獄の判決が出とるがな! 黒須、貴様は反逆罪じゃ!」
光と影、二つの声が同時に響いた。
「ルカを天界に連れ戻す!」
「黒須を地獄で再教育する!」
ルカは冷や汗が流れたが、悟られないように笑顔を作った。
「……ねえ、黒須先生、聞いた? なんかこれ、“別々の裁判なのに、同じ法廷でやってる”感すごくない?」
「だな。ツッコミどころしかねぇ。このメンツで“審判”とか言われても、コントにしか見えねぇよな」
ルシファーは、うんざりしたように溜息をついた。
「サタンのとっつぁんよ、だから言ったじゃん。これだから合同審判は嫌なんだ。回線の取り合いでエラーが出るんだよ」
「へぇ、悪魔もリモート会議なんだ……」
と、ウリエルが端末をいじりながら応えた。
その瞬間、空気が震えた。
光柱の中から、神の声が響いたのだ。
―「ルカよ。おまえの行いは規律違反である」
ミカエルとガブリエルがとっさに膝をつき頭を垂れた。
「主よ、天の父よ……」
神の声は続いた。
―「だが、ハルマゲドンを平和に収めた功績は大きい。よって恩赦を与える。規律違反の罪を許し、ルカの活動エリアを再考する」
「「恩赦ぁ!?」」
と、ミカエルとガブリエルが声を揃えた。
その一方で、影の中からサタンが怒鳴りちらした。
「待てぇ! 活動エリア再考に反対じゃー! そこのルカとかいう天使は、地獄をひっかき回した大罪人だ! 地獄側は受け入れんぞ!」
「ですよねー」
と、ルシファーが片手を挙げた。
「わたしも同意見です。とっつぁんの言う通り、あの小娘なんぞ出禁ですよね。小娘の地獄でのログ、永久消去します?」
地獄側のごちゃごちゃした言い分を、神は一喝した。
―「やめい! 地獄は黙れ」
ルカは、そっとわからないようにつぶやいた。
「まったく……神と悪魔、どっちもめんどくさ」
神の声が再び荘厳に響いた。
―「これだけ地獄に嫌われる天使は、なかなかいない。ルカ、お前は貴重な存在じゃなぁ。外野がどうこう決めるのはお門違いだ。ルカよ、おまえに選ぶ権利を与える。自分のエリアは自分で決めるがよい。天界に戻るか、人間界に残るか、あるいは地獄へ落ちるか……」
「ちょっと待った、主よ!」
今度は、黒須が手を上げた。
「地獄はダメです。あそこWi-Fi弱いんで」
「さっきから地獄の言い分がうるさいと言っとるだろう。黙れ、お前も被告だ」
「……はい」
天と地獄、二つの陣営がルカを見つめる中、彼女は迷っていた。
(ってか、なんでこいつ。わたしが地獄に行かないように邪魔してくるわけ? そりゃ、天界に戻れば、天使のままでいられるわよ。だけど、それって……)
神の声が穏やかに響いた。
「ルカよ、君が天界に戻りやすくするために、もうひとつ特典を与えようではないか」
「特典……ですか」
「そうじゃ。……堕天使・黒須にも恩赦を与えて、天使に戻してもよい」
「それは、遠慮します!」
即答したのは、黒須だった。
「俺、天界とか性に合わないんで……。ここにいた方が焼き鳥もうまいし、酒もうまいし……、人間界が一番ちょうどいいです」
「黒須先生ったら……酒基準かよ」
ルカは呆れた。
すると、ルシファーの背後で、ホログラムのようなサタンは鬼の首を取ったように、笑った。
「ほぅれ、見ろ! この男、すでに人間界に染まっとる! こいつは再教育じゃ!」
サタンの怒りに合わせて重力が渦を巻き、見えない腕で黒須の全身が地面に押し付けられた。
「痛たたたた……! 暴力反対!」
ルカは思わず前へ出た。
「やめなさい、サタン! 黒須先生に触るな!」
神とサタン、両方が同時に沈黙した。
……そして、次の瞬間、神もサタンも同時に言った。
「ルカ、落ち着け」
「ルカ、落ち着け」
完全にハモっている。
「……これ、神と悪魔がシンクロする瞬間、なかなか見れないっすよ」
ウリエルが端末をカタカタ叩きながらメモを取った。
ルカは深く息を吸った。
そして、胸の前で両手を組んで祈りの姿勢になった。
「天にまします我らが父よ、願わくは……、このまま人間界で……」
黒須が慌てて割り込んだ。
「ルカ! バカかお前は! 天界なら安全だろ! 人間界はやめて、さっさと天界に帰れ」
「でも……友達を失いたくないの」
「え?! と、も、だ、ち!? そうか、俺は友達……か。 じゃ……なおさら、天界に帰るんだな!」
「だから、帰らないってば!」
「なんでそうなる!?」
ルカは微笑んだ。
「……一緒にいたいからじゃん」
黒須の顔が、一瞬で真っ赤になった。
「……サラッと言うなよ、そういうの」
その瞬間、公園の木の後ろから声がした。
「ちょっと待ったーー!」
声の主は、スマホを掲げたダニエルだった。
ダニエルは裁判のど真ん中に出てきて、スマホを上に掲げた。
「天国と地獄のみなさーん! 証拠映像、流しまーす! 病室でのワンシーンでーす」
「お前、何すんだ!」
と、黒須は慌てたが、遅かった。
ダニエルは再生ボタンを押した。
――《死なないでくれ。俺は君がいないと……愛してる》
広場に集まった神も悪魔も天使たちも……すべての者の面々が凍った。
一瞬、処理落ちしたようだった。
ルカは、これは病院での黒須の独り言だと一瞬で分かった。
だが、ここは知らないふりで通さないと、恥ずかしくてこの場に立っていられない。
「ちょ、ちょっと!? 黒須先生! 愛してるって、今、初耳なんですけどぉー!?」
「えっ!? ちがっ、これは誤審! ノーカン!」
すると、後輩天使のウリエルが冷静に言った。
「ちなみに、これ、音声データも残ってるんで、ノーカンにはなりません」
ルカは、天使エージェントが犯人を最後に堕とすときのキメ台詞を使った。
「……聞いた。すべての証拠は揃っている。もう言い逃れはできない。最後に洗いざらい打ち明けて楽になったらどうだ」
黒須は真っ赤な顔で涙ぐんだ。
「はい、すべて俺がやりました」
「そうか……、おとなしく罪を償え。そして田舎の親御さんの墓参り、行ったらどうだ」
「わかりました……うわーん! って、なんで俺が犯行自白してんの?! 違うだろ! これは愛の告白だ!!」
「すまない。つい、仕事の癖で……」
黒須は真剣にルカと向き合った。
そして、堕天使と天使の立場を越えて、本当の気持ちを伝えた。
「聞いてくれ……ルカ。俺は君とずっと一緒にいたい。だから迷っているのなら、俺のいるところを選べ。俺たちマッチングしたのはたぶん、縁ってやつだ」
ルカの瞳が潤んだ。
そして、笑いながら、小さくうなずいた。
「うん、知ってた。……ずっと前から」
黒須は思わずルカを抱きしめ、黒い翼を広げた。
それは彼女の折れた白い翼を包み込み、守るように覆った。
「……君の翼は、俺が守る」
「優しい堕天使って、世の中的にありなの?」
「ありだろ。世界を救ったんだし」
「……じゃ、キスする?」
「え、いいの?」
二人の唇が触れた瞬間、神とサタンの両方が同時に叫んだ。
「「やめろおおおおおお!!」」
ウリエルは、満面の笑みで端末を操作した。
「記録完了っす! ルカ先輩!」
黒須とルカの背後で、ロクさんまでにやりと笑った。
「だんなぁ、次は結婚式っすかねぇ」
「「「早いよ!」」」
と、ロクさんは、生徒たちに総ツッコミされた。
そんな騒がしいイチャラブな現場。
花火の後の煙の向こうで、神の声がぽつりと漏れ聞こえて来た。
―「……まあいい。どうせ待っていても結果は同じだ。この国には週末はあっても、終末はないのだ」
光がゆっくりと消えていった。
天国と地獄の裁判は、結局ただの恋バナに終わった。
赤坂の空に残る黒い翼と白い羽が、夜風にゆらりと舞った。
その羽が落ちた地面に、小さな影が立っていた。
ウリエルが端末を閉じて呟く。
「……ミッション完了。地球、恋で救われましたっと」




