第45話 シークレット区間
「ハルマゲドンを駅伝に書き換えたうえに……どの区間もリードしやがって……!」
それは地獄の大魔王、サタンの声だった。
「全く忌々しい人間どもよ。こうなったら、地獄の大魔王の恐ろしさを、たっぷりと教えてやる。お前らが一番怖ものは何だ? 答えろ。世界中からその怖いものを、ここへ全部集めてくれてやる」
生徒たちは一斉に息を呑んだ。
「ど、どうなるの……?」
「黒須先生……」
恐怖に支配されかけた空気を切り裂いたのは、ダニエルとロクさんだった。
二人は顔を見合わせ――まるで打ち合わせでもしていたかのように、叫んだ。
「だんなァ、日本人が一番おっかねぇもんてぇのは、なんでござんすかね!」
「ロクさん、そりゃあ税金だろうなァ。いや、抜き打ちテストかねェ? いやいや、地震や津波も怖ぇけどよ、防災訓練やら物資やら揃えてっからな。案外、そっちは備えができてるかもしれねぇなァ」
「へぇ、じゃあ、あれじゃござんせんか? ドーンと弾けるやつ……爆弾とかよォ!」
「おぉ、いいとこ突きやがる! なんせこの国はいっぱい落されてっからなぁ! 大空襲も、原子爆弾も……あれほど恐ろしいもんはないねぇ」
「爆弾こえぇ、こえぇ! あ〜! こえぇ、こえぇ!」
「ロクさん、何を震えてやがるんだい。まあな、あっしだってマジで爆弾だけは勘弁してほしいやなァ! 爆弾こえぇよォ〜!」
まるで古典落語「まんじゅうこわい」の掛け合いのように、ダニエルとロクさんが掛け合いをした。
観客の間にどよめきが走った。
「え、何言い出すの?」
「ここに爆弾が山ほど贈られてくるっていうパターンじゃないよね」
「それだと思う」
「ダニエル、ロクさん、何を言い出すんだー。やめろー」
生徒や観衆が騒ぎ始めた瞬間……
世界の海を割るように、轟音が響いた。
空からは無数のミサイル。
陸からはコンテナに積まれた爆弾の山。
潜水艦からは魚雷が。
ありとあらゆる爆弾兵器が、ぞろぞろとお台場の海浜公園に集まってきた。
「な、なんだよこれ……! 本物か!?」
「SNSに流せ! やばい、世界中の兵器が……!」
「やべ! まじで最終戦争が起こるぞ!」
「ってか、俺たち生きてられるの?」
空は黒い影で埋まり、地面は鉄と火薬で覆われていく。
人類の「恐怖」の象徴が、ここに集結した。
いや、正確には違う。
お台場海浜公園の隣、潮風公園に集結するようにウリエルによって誘導されていたのだ。
潮風公園の広場に集結した無数の爆弾、ミサイル、魚雷。
人々の恐怖を具現化したその光景を前に、黒須は思わず深呼吸をした。
「ウリエルが考えたこのプログラム、物騒すぎないか?」
そして、黒須の耳に、プログラムを書き換えた張本人、ウリエルからの通信が飛び込んできた。
―「黒須さーん、ご存じだと思いますが……ここからが本番でーす」
「知ってるさ、アンカーはダニエルだろ?」
―「アンカーは黒須さんっすよー」
「え? 聞いてねえよー!」
不機嫌丸出しで叫ぶ黒須の袖を、ダニエルがそっとつかんだ。
「黒須先生、落ち着いて聞いてください。……ルカ先生が潮風公園、太陽の広場で待ってます。そこがゴールです」
「ルカが?……待ってる?……、俺を?」
黒須はあっという間にダニエルから、タスキを奪うと身に着けた。
「行く!!!」
即答だった。
タスキを掛けた黒須は、颯爽と走り出した。
お台場海浜公園を抜け、潮風公園の太陽の広場へ。
夕日の塔の背景は、すでに美しく夜景になっていた。
その夜景に浮かぶレインボーブリッジが、淡いオレンジ色に輝いていた。
そして、……観客の声援がお台場を中心とした公園じゅうに響いた。
「黒須先生―! かっこいいー!」
「どこに向かって走んてるんですかー」
「青春じゃねーか?」
「えええ? もしかしたら、好きな人が待っている場所とか?」
「いや、爆弾が待ってんだろ」
「なんか、わからないけど、がんばれー!」
黒いスーツに白シャツの堕天使教師は、汗だくで走った。
途中、転びそうになりながらも立ち上がり、沿道の声援を受けて、夜の広場へ。
額の汗をぬぐい、全力で走る黒須。
スーツのジャケットははだけ、ワイシャツは汗で張り付いていた。
(翼を広げて飛んだ方が効率的なのはわかっている。だが、広げない。翼で飛んだら、足で繋いだ生徒たちに申し訳ない。あいつらが、必死に汗水流してタスキ。大人の俺がズルなんてできるもんか!)
「おい神! お前、いつも無茶ばっか言いやがって! 終末だの審判だの、人間に押し付けて楽しいか!? こちとら授業と婚活で忙しいんだよ! ああー、めんどうくせぇなぁ、もう!」
黒須が懸命に走っている様子を、ロクさんが実況中継した。
「おーっと黒須のだんな、足がもつれそうだ! ここで踏ん張れ! 大江戸八百八町の心意気、見せてくだせえー!」
黒須が神に一発文句をぶちまけたところで、神に届いたかどうかわからない。
黒須にとって神よりも大切なもの。
何よりも黒須を突き動かしている理由が、潮風公園の太陽の広場で待っていた。
ウリエルとルカは、ゴールテープを持って、黒須が来るのを待っていた。
「ウリエル。あいつ、ホントに走って来るでしょうね。ズルして空を飛んできたりしない?」
「ルカ先輩、わかっているくせに。黒須さんの性格からして、走る確率100%でしょ」
「知らないわよ! あいつは堕天使だ。ズルしてなんぼじゃないのか?」
「あ、来ました!……走ってます!」
「ふん……期待通りでつまんないやつだ」
黒須は公園の向こうに、ルカの姿を探した。
花火筒が並ぶステージの向こうにルカ。
彼女は、白いドレスのような衣装に包帯の翼。
静かにゴールテープを持ってたたずんでいるもの……と思ったが、ルカは突然、黒須を罵った。
「なにをちんたら走っている。こっちは待ちくたびれて、帰ろうと思って片付けるところだ! せっかくだから、その頭、この拳銃でぶち抜いてやる。さあ! 早くこっちに来な!」
黒須の目はきらきら輝いた。
「ルカ……、君になら殺されてもいい……」
黒須は息を切らせながら、ゴールを全力で駆け抜けた。
その瞬間、テープが切れた。
黒須がテープを切ったと同時に、ルカの空砲が鳴った。
パーン!!
装置の電源スイッチがオン。
集められた爆弾の火薬が一斉に変換され、轟音と共に夜空を裂いた。
ピューーーーーー…… ドォォォン!!
パラパラパラパラ……
花火が夜空に咲いた。
サタンは爆弾が花火になった瞬間を見て、やられたと悟り、急いで、地獄へ一旦避難した。
「あの、バカ! 黒須のヤロウ……」
黒須は本当に撃たれたと勘違いして、地面に倒れ込んだ。
そんな黒須の背中を踏みつけて、ルカは怒鳴った。
「起きろ! アホンダラ、空砲だ。死んでない!」




