第4話 いいねって戦闘予告みたいなもの?
昼休み。
黒須に言われた通り、ルカは社会科準備室を訪ねた。
「あの……、黒須先生。ルカ・セラフィムです。入ってもよろしいでしょうか」
「ああ、どうぞー」
ルカが社会科準備室に入ると、黒須はデスクでクリームパンを食べていた。
「あら、黒須先生。お昼でした? 顏にクリーム付いてますけど?」
「あとでまとめて拭くからいい」
(こいつ、ガキかよ。昨日の夜に見た姿と違う。何このギャップ……)
「どうした? もう帰りたいとか?」
「いいえ。ちょっと、あの……お願いしていたアプリの件で、伺ったんですけど……」
(あんた、朝の約束、もう忘れてんのかよ!)
ルカは一呼吸置いたあと、なるべく自然な調子を装いながら切り出した。
「マッチングアプリって……知ってます? 私、使ったことなくて。どうやって登録するのかなーなんて……思って」
一瞬、黒須の動きが止まった。
ホイップクリームがついた顔で、ルカをじっと見た。
「あぁ、そんなこと言ってたな。……でも、マジで? 君って、ああいうの使うタイプには見えねぇけど」
「そ、そうですか?」
(見破られた!?)
「まあ、興味あるなら別にいいけど。はい、これ」
黒須はハンカチで手を拭ってから、スマホを取り出し、慣れた様子でアプリを開いて見せた。
「たとえば、こういうアプリがある。まず登録が必要だ。名前とメルアド、あと写真。で、プロフィール書いて、性格診断みたいなのに答えて……」
「性格診断? へぇ……」
「君のスマホに、このアプリインストールしてやるよ。実際に触ってみたほうが早いから」
「そ、そうですよね? でも、ちょっと怖いわぁ」
(どう? この、か弱い女子モード。これで大抵の男はイチコロ……)
そう言いながら、ルカは自分のスマホを差し出した。
黒須は、親切にもアプリをインストールしてくれた。
「まあ、形式だけな。どんなものか研究材料にしたいんだろ? 仮登録な。仮……。これがプロフ画面だ。やってみな」
黒須はスマホをルカに戻した。
本当は片手で早打ちできるのに、ルカはわざと両手でゆっくりと入力してみせた。
「若いくせに、入力おっせーな。性格診断まで、いったかー?」
「ええ、今、してるから、ちょっと待って」
(ちっ、細かいわね。……性格診断なんて。人間界の恋愛市場では、そんなものまで分析材料にしてるのか……)
黒須は心配そうにルカのスマホを覗き込んだ。
ルカは、黒須が教えてくれたアプリの画面に夢中だ。
その顏は真面目に研究中というより、完全に公安か諜報機関の顏つきだった。
黒須はアドバイスした。
「で、登録ボタンがここにあってな。これを押せばプロフィール公開されるんだが、まだ押すなよ……」
「ここ、ですか?」
指を伸ばしたその瞬間。
――ピッ。
「あっ」
「……おい」
静かな沈黙が訪れた。
画面に表示されたのは……、
「登録完了しました」の文字。
にっこり笑ったマスコットキャラが、キランと音を出した。
「えっ、ま、待って!? 今のって登録ですかぁー!?」
「君……マジで押したの?」
黒須は面倒そうにため息をついた。
「嘘だろ、こんなスムーズに押すやつ初めて見た……え? え、名前とかどうなってんの?」
「な、名前!? えっと、る、ルカ・セ……いや、仮名で登録したはず……!」
焦ってスマホをのぞくルカ。
その肩越しに黒須がぽつりとつぶやいた。
「“天界の光に導かれし者ルカ”って名前になってるけど? 君って……」
「っっっ!!!」
ルカは顔を真っ赤にした。
(わたしとしたことが、こんな凡ミスをするとは……しかも、この名前で正体がバレた……終わった。すぐさま、こいつを消すしかない)
ルカはスカートの中の太ももに隠してある銃に、そっと手を伸ばした。
その隣で、黒須はパンを口に運びながら、肩を震わせていた。
「ははっ……いや、なんか、逆にいいな、それ。逆に目立って面白い」
(はぁ? マジで気づいていない?! バレてない?)
「笑わないでください……っ。これは任務です。ちが……じゃなくて! 間違えたんです、今のは!」
「まあ、別にいいんじゃね? 一回くらい、こういうの使ってみてもさ」
ルカは自分をごまかすようにそっぽを向き、スカートのすそを直した。
(最悪だ……わたしはこいつを消しに来たのに、何故マッチングアプリに本登録しているのだ……)
そしてその夜、天界サポートのウリエルから届いたメッセージはこうだった。
《先輩、プロフィール写真なんですが、自動的に天使時代の光輪付きの写真になってたんで、即削除しました。あと、あの登録名だけは本当にまずいっす》
「……すべてが手遅れになりそうな気がする。大天使ミカエル上官の逆鱗に触れたら、格下げ決定か……」
そして、天界のサブ端末として改造されたスマホが、ルカのベッドサイドで唸った。
《通知:10件の「いいね」が届きました》
「……っ、また来た」
顔をしかめながらアプリを開くと、10人の男たちの笑顔が画面に並んでいた。
「何だこれ……“いいね”って、恋愛の宣戦布告? 相手から先制攻撃かっ……!?」
―「違いますよ、先輩。ただの“興味あり”って意味です」
イヤホンの向こうで、後輩のウリエルがあきれ声で言った。
―「あと、登録写真は削除したんですけどー、勝手に天界バックアップから光輪ありの宣材写真が再アップされてました」
「……天界のバックアップ、忖度がなさすぎる」
ルカは額を押さえた。
確かに、登録時に「プロフィール画像は自動選択」設定にした。
まさか神の管理サーバーから拾ってくるとは思わなかった。
―「あと……この“いいね”してきた人たち。調べたんですが……」
「悪魔か?」
―「いえ、ただの人間です。しかも、『天界の光に導かれし者って名前に、本気で感動』してるっぽいです。『占い師ですか?』とか『スピリチュアル系、興味あります』とか言ってますけど……どうします?」
「誤解が広がっている……!」
ウリエルの分析レポートが次々に画面に届いた。
《年収600万/趣味:キャンプ/性格:温厚だが浮気は絶対NG》
《彼女いない歴=年齢/週末は猫カフェ巡り/「オーラが見える」とコメント》
《「君の導きに従います」→3行のポエムつき》
「ウリエル、削除ボタンを押せ。心が削れていく。それと、全員ブロックも忘れずに」
―「……でも、逆に考えません? これは、黒須サトルの恋愛スキルの解明にもつながるチャンスかもしれませんよ」
「どういう意味だ?」
―「つまり、黒須があのアプリで“何を見て”“どんな女性に興味を持つか”を先回りして分析するチャンスです。あとは、ルカ先輩が……その理想像を演じれば……」
「ハニートラップ!」
―「その言葉、あまり誇らしげに言わないでください……。一応、天使なんで」
ルカはスマホを握りしめながら、小さく呟いた。
「やるしかない。わたしがこの恋愛マーケットで最も魅力的な存在となり、黒須サトルの心を掌握し……恋を成就させたその瞬間、……叩き落とすっ!」
―「……最後の部分が怖すぎます。天使ってそんなに残酷でしたっけ?」
ウリエルに言われても、天使エージェントであるルカの目はまっすぐだった。
こうして、“堕天使に恋をさせてから倒す”という、
地球史上もっともまわりくどい作戦が静かに幕を開けた――。




