第38話 この世界の主役は君たちだ
体育館に集まった生徒たちを見渡しながら、黒須は深呼吸を一つした。
マイクを握る手は汗ばんでいた。
「みんな。今日ここで話すことは、授業でも行事でもない。参加は任意だ、強制じゃない。……だけど、すごく大事なことを話す」
生徒たちのざわつきが静まり、何百という視線が黒須に集中した。
「俺たちは今、世界の分かれ道に立っている。手っ取り早く言うと……今日の午後、東京で“ハルマゲドン”が始まるかもしれない」
ここで生徒たちの驚きの声が上がると想像していた黒須だったが、予想と違った。
生徒たちは意味がわからないという顔で、ポカーンと黒須を見ていた。
「あ……日本の高校生にハルマゲドンと言ってもわかんねーか。キリスト教信者は少ないし、学校でも教えないからな。
じゃあ、これならどうだ。……都市伝説でいう終末論。都市伝説なら、お前ら興味あるだろ。
今日、東京で古い地球が終わる」
とたんに、生徒たちの目はキラキラしはじめた。
「こんなこと言ったら、俺は教師をクビになるかもしれない。でも、今さら関係ないか……。俺の授業を受けたことがある生徒ならわかるだろう。
授業が教科書通りじゃないのには訳がある。
それは、お前たちの中に『呼ばれている者』が確実にいるからだ。
これから起こる宇宙的一大イベントをサポートするために、自ら志願して生まれて来た魂たちだ」
生徒たちは息をのんだ。
他の先生たちは困惑しはじめた。
「黒須先生、大丈夫ですかね? 校長先生」
校長はじっと目を閉じていた。
「自分に自信がない、人が怖い、強烈な孤独感、劣等感や自己否定、理由のない絶望感、そして極度の敏感体質。それが『呼ばれている者』の特徴だ」
生徒たちが、少しざわついた。
「わかる、それ……」
一人の男子生徒が手を挙げて質問した。
「先生、その『呼ばれている者』が、仮に僕だとして、何かいいことがあるんですか? 超能力が使えるようになったり、空が飛べたりするんですか?」
「そういう個人的利益にむすびつく考え方が、低次元の特徴だ。
君は力を得て、何かを支配したいか? 人より優位に立って、承認欲求を満たしたいのか?
それじゃ、闇の思い通りじゃないか。世の中、何も変わらない」
「じゃ先生、仮に『呼ばれている者』がこの中にいるとして、そうじゃない者はどうすればいいんですか? 全校集会に出る必要ないと思いますが」
「最後まで聞いてくれ。『呼ばれている者』は、光を放つ。
その光に惹かれて、まだ眠っている者たちも目覚めていく。
見返りを求めない純粋な奉仕が、他の眠っている者を揺り起こすんだ。
そうやって、目覚めた君たちが、新しい地球の礎を築く。
いいか? この世界の主役は、神ではない。君たちだ!」
生徒たちは、また息をのんだように静かになった。
「話を続ける。……君たちが目覚めることを、快く思わない存在もいる。
俺はそれを闇とは呼ばない。光と闇は、同じ一つの源から生まれたもので、コインの表と裏に過ぎないからだ」
黒須はステージの上手に行ったり、下手に行ったりして動きながら説明した。
「だが、彼らのやり方は、支配と執着と恐怖に基づいている。
彼らは人間のネガティブなエネルギーを糧にしている。
不安、怒り、悲しみ、嫉妬、無力感、罪悪感、そして対立。
ほーら、俺の授業を思い出せ。戦争について授業したことを」
全校生徒たちは、黒須の話に集中しながら、過去の授業を思い起こしていた。
「そういった重く淀んだ感情が、彼らにとってはなによりのご馳走なんだ」
すると、化学の先生が、黒須のスピーチを止めた。
「悪魔とかそういう話ですか? 黒須先生。オカルト的な話を学校でするのはどうかと思いますが……」
黒須は化学の先生を軽くあしらって続けた。
「そういう意見が出るとは、残念だな。
オカルトという言葉、俺は大好きなんだが、そんな言葉で片づけられない奴らだ。
悪魔かもしれない、神かもしれない。
そんなエネルギー的存在が、この世界に深く干渉しているんだ」
黒須は指を折りながら、影響下にあるものを一つずつ挙げて言った。
「世界の金融システム、エネルギー産業、軍産複合体、そしてマスメディア。
その中枢の多くが、彼らの影響下、あるいは彼らと共生関係にある人間たちによって動かされている。
テレビやネットがネガティブキャンペーンしているのは、大衆を意図的にコントロールするためだ。
恐怖にとらわれた人間は……、さて……、この続きを言える生徒はいるか? おーい、誰かー、俺の授業を聞いているなら、言えるはずだ」
マルが勢いよく手を挙げた。
「はい、丸山。答えろ」
「はい。恐怖にとらわれた人間は、冷静な判断力を失い、より強いリーダーを求め、依存するようになります。つまり、支配されやすくなります」
「丸山、正解だ。だから、奴らの手口に騙されるな。
最強の防御法はたったひとつ。『同調しない』。彼らの作った土俵に乗らない。スルーすることだ」
ここで黒須は一回深呼吸した。
「前置きが長かったな。本題に入る。
……今日、地獄の騎士と名乗る変な奴が、東京に四体現れる。
この世界をコントロールしようとしている奴らだ。
こいつらが現れて東京で何が起きても、それに感情をのせて怒りを増幅させないように注意しろ。
『ああ、また彼らは彼らの仕事をしているな』と、ただ、一歩引いて観察しろ。
お前たちが負の感情のエネルギーというエサを与えなければ、彼らはお前たちをコントロールできない。
これが、今から始まる大イベント、ハルマゲドンをひっくり返すための、もっとも重要な鍵だ」
一人の女生徒がつぶやいた。
「ハルマゲドンって、そういうイベント……なの?」
「あ、いいねぇ、その疑問。その程度に捉えた方が最強だな。
こんな俺は、ただの教師だ。が……俺には信じていることがある」
黒須は言葉を区切り、彼は真っ直ぐに生徒たちを見据えた。
「それは、みんなが今日まで守ってきた“当たり前の日常”の強さだ。
授業があって、部活があって、友達と笑って、バカみたいに悩んで、そんな毎日が続いていくこと。
その当たり前の日常が、俺は世界で一番尊いものだと思ってる。
楽しいね、美味しいね、よかったね、ありがとう、ごめんね。そんな言葉が普通に溢れる世界。どこ探したって、ここ以外にないぞ」
つい胸の奥から熱がこみ上げ、声が強くなった。
「明日も明後日も、大好きなアニメが見たい。
美味しいご飯が食べたいなら……どうか、力を貸してほしい。
武器を取れとは言わない。戦いは東京を走る駅伝だ。給水でも応援でも、何でもいい。
君たち一人ひとりの声や手が、この街を、世界を守るタスキになる。
ヒーローを作るんじゃないぞ。この世界の主役は神でも悪魔でもない、君たちだ。
タスキをつなぐことが特別なんだ。君たちが主役だ。
だから……今日くらい、ちょっといい事しようぜ?」
静まり返った体育館に、黒須の声だけが響いた。
「ごめん。俺はしゃべり過ぎた。
奴らの計画をひっくり返すための駅伝だが、特別能力に目覚めたダニエル日辻、彼をこの一大イベントのアンカーにさせようと思う。
あとはそれぞれの区間でタスキをつなぐ。それは……君たち次第だ」
一瞬の静寂のあと、体育館の後方から椅子を引く音がした。
立ち上がったのはマルだった。
「先生。僕、やります」
短い言葉だったが、その声ははっきりと体育館の空気を変えた。
次にイワンが立ち上がった。
「お前だけに任せられるかよ。走るんなら、当然俺だろ」
そして、マリが続いた。
「給水でも応援でもいいんですよね? わたし……みんなを支えます!」
三人の決意に呼応するように、他の生徒たちも次々と立ち上がり始めた。
「わたしも!」
「応援なら得意だ!」
「人員整理くらいできる!」
「SNSで応援拡散とか、いいんじゃね?」
生徒たちの決意が、波のように広がっていった。
体育館の空気は熱を帯びて、さっきまで不安げだった生徒たちの顔に、確かな決意が宿っていく。
壇上の黒須は、それを見て小さく目を伏せ、苦笑した。
(やれやれ……やっぱり、こいつらの方がよっぽど勇敢だな)
黒須の演説を聞いたダニエルは、友達を見つけたときと同じように嬉しそうに微笑んだ。
「黒須先生、さすがだ」
そして、ロクさんがポケットから顔を出して叫んだ。
「だんなァ! こりゃあ駅伝、優勝まちげぇなしでぃ!」
「ロクさん、勝ち負けじゃないんだよ」
「へいへい、わかってやす、わかってやすって。駅伝ってぇくらいだからねぇ、早食いよりも……味わいってやつでぃ!」
「それは駅弁」
体育館は笑いと拍手が混じり合い、全校集会は一つの決起集会へと姿を変えていった。




