第37話 地獄の四騎士集合してみた
翌朝、青葉学院高等部に出勤すると、黒須は校長室に呼ばれた。
「黒須先生、昨夜、特別合宿って何があったんですか? ダニエル日辻君のお父さまから電話がありましたよ」
「ダニエルのお父さまって?」
「知らないのか? 彼のお父さまは警視庁のトップだ。なんやら急に、『地球の未来を賭けた東京駅伝を開催することになった』と……それから、『息子がその特別合宿に参加しているようだから、よろしく』と、そう言われたんだが……。まさかねぇ。ゲームの設定か何かですか?」
黒須の隣で申し訳なさそうに立っていたダニエルが、黒須に謝った。
「ごめんなさい。僕もさっき聞いたばかりで。ウリエル兄さんが警視庁にメールしたって言ってました」
「は? ウリエルは君のお父さんの仕事先、知っていたんだ」
「はい、家庭教師に来てもらってたので……そのとき、話しました」
「そうか、……ダニエル君のお父さんルートで、駅伝開催の許可をもらったってわけか。やるじゃねえか。ダニエル、君ってツイてるな」
「え、怒らないの?」
「褒めてんだよ、バカヤロー」
校長は、調子に乗った黒須にくぎを刺した。
「ゴホン! 但し! 許可には条件がります。生徒たち全員の身の安全を約束してください。誰一人怪我することなく無事に終了すること!」
校長は、厳しい表情で言ったが、最後に勝つこととは言わなかった。
勝つことを条件にしない駅伝って、ここの校長らしいなと黒須は思った。
「ということで、これから全校集会を開きます。黒須先生は、この駅伝についての説明と、生徒への理解と協力を呼びかけてください」
「ええっ! そういう流れ?! 校長先生!」
「わたしは保護者からのクレーム対応に徹します」
「校長……かっけー」
同じころ、午前9時。
防衛省の正門前に、白いリムジンが止まって、窓が開いた。
「ここの敷地内に入りたいんだが……」
正門前の警備員に声をかけた男は、白のマントに、白と銀の鎧。目元を隠す兜をかぶっていた。
警備員は、こいつはコスプレでもしていて、来る場所を間違えているのかと思った。
「あのー、ここは防衛省です。そのお車で中には入れませんよ。東京ビックサイトかなんかと間違えてません?」
「は? 仲間ももうすぐ来るはずだが……」
すると、エンジンの轟音と共に、赤いバイクに赤いスーツを着た女がやって来た。
ヘルメットを脱ぐと、サラリと長い黒髪が肩に落ちた。
「おう、ひさしぶり。白の騎士、元気だった? 他の奴らは?」
そこへ青い冷凍コンテナのトラックもやってきて、正門前に停車した。
トラックのドアが開くと、中から銀色の髪にサングラスとマスクをし、やせ細った男が降りて来た。
「おーい、来たぞ。この車で入っていいんだろ」
「待て。まだ、一人来てない」
防衛省の警備員は、次から次へとやってくる変わった奴らの対応に困っていた。
「あのー、見学のお申込みでしょうか。でしたら、お車は、裏門にあるコインパーキングに駐車してください」
「ここに止めちゃダメなのか」
「いいじゃん、お兄さん。すぐ終わらせて、パパっと帰るんだからさー」
「いいえ、だめです。路上駐車は禁止です」
「けっ! めんどくせーな」
青の騎士がつぶやいて、ふとサングラスをずらして遠くを見た。
「おっと、おいでなすったぜ、黒の騎士がよ」
白と赤と青の騎士、そして警備員が眺めた先は……
江戸時代の黒いかごが「えっさ、ほっさ、えっさ、ほっさ、……」と、やって来た。
東京市ヶ谷という現代の道路に、時代錯誤なかごは、ゆっくりと防衛省の正門前にとまった。
下っ端の従者が肩で息しながら、丁寧にかごの戸を開けると、着物姿の爺さんが顔を出した。
江戸っ子訛りの爺さんは、他の騎士たちを舐めるように見回すと、挨拶もしないで喋り始めた。
「なんだい、おめぇらよォ。中へ入らねぇで、ぼーっと突っ立って……何してんだい?」
「爺さん、かごで来るとは運がいいな。俺たちは、車を駐車場に止めなきゃダメなんだとさ」
黒の騎士はのけぞって大笑いした。
「こりゃあ面白ぇや。どんなに立派な車だってよォ、駐車場がねぇと商売にならねぇってな。はっはっはっは!」
白の騎士は、一瞬ムッとした。
そのとき、四騎士のスマホが鳴った。
―――ブー、ブー、ブー、ブー、ブー、ブー
それぞれが、自分のスマホの画面を確認した。
《地獄通信:緊急連絡
ハルマゲドン計画の時間と場所が変更になった。
防衛省集合 → 各持ち場
各持ち場へ移動して、待機せよ。
白の騎士は、午後1:30:霞が関
赤の騎士は、午後4:00:レインボーブリッジ
青の騎士は、午後5:10:晴海ふ頭
黒の騎士は、午後6:25:お台場海浜公園
尚、これは日本のリレー形式、“駅伝”と言うタスキをつなぐ戦いである。
世界を終わらせる戦い、四騎士の健闘を祈る。
いや……、呪う。》
「何だ、これは」
「地獄事務局、ふざけんな。ハルマゲドンが午後からって、急に変更ってありなの?」
「ふーん、じゃ、移動しよか。あ、黒の爺さんは厄介だねー。かごで東京湾まで走るって。間に合うのかねー。ふふ」
黒の騎士は悔しがった。
「なに言いやがる、てやんでぇ! こちとら、かごは畳んでポータブルにできるんでぃ。おいおめぇら、かごたたんだらよ……地下鉄と電車でテコテコ移動すんだよっ!」
白の騎士は、吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「黒の騎士さん、一緒に移動できなくて、本当に悪いな」
「わたしも、残念だわー。あ、地下鉄って、乗る時にスマホでタッチするの、知ってる?」
「まあ地獄に何千年もいたら、わかんねーよな」
「なーに言ってんでぃ! バカにしやがって。スマホだのタッチだの、そいつら舎弟たちがよく知ってんだ。なあ、おめぇら?」
かごを担いできた従者たちは、皆一様に首を振った。
すると、防衛省の警備員は見かねて、親切にアドバイスしようとしたが、べらんめえ口調がうつってしまった。
「へい、じいさん。だいじょうぶでござんすよ。日本人はみんな親切でさァ、駅員でも乗客でも、聞きゃあ必ず教えてくれやす」
「おお、話のわかる兄ちゃんだねえ。兄ちゃん、長生きするんだよ!」
おかしな感謝のされ方だなと思いながら、警備員は手を振った。




