第35話 結界付き病院007号室
ウリエルの車がとまったのは、「○○整形外科クリニック」と地味な看板が掲げられた病院だった。
黒須は思わず口に出した。
「おいおおい、こんなオンボロ病院で大丈夫なんかよ」
「ここじゃないです。その隣ですよ」
ウリエルに言われて、隣を見ると大きな銀杏の木の横に「○○大学病院」の看板が立っていた。
「うへ、こんな大きな病院によく入院で来たな。人間じゃないのに」
「もちろん、正面からは入れません。この病院の裏口に回ってください。そこに旧館があります。そこの007号室です」
「ここでもねーのか。どんだけじらすんだよ」
「大きな大学病院ですが、旧館は別物なんです。結界付きシークレット病院とでもいいましょうか……」
「何言ってんだ、お前」
ダニエルはその意味が理解できたらしく、先を行くウリエルを追いながら、黒須に説明した。
「ウリエルさんが言っている意味は、たぶんこうですよ。ここは『天界出張所や地獄分室が把握できない「第三勢力」的な施設』なんです」
「第三勢力が日本にあるって?」
イワンも走って追いついた。
「俺、知ってまーす。八咫烏とかいう謎の集団。都市伝説では裏天皇とか言われてるんだよね」
ダニエルはイワンに笑顔で返した。
「イワン! 正解だよ。たとえるなら、人間界でひっそり活動している“中立の治療院”とでも言うのかな。旧館の外観はただの古い大学病院なんだけど、実は隠された病棟があって、そこは天界・地獄の干渉を遮断する“バリア”で守られているんだ」
イワンはただの陸上バカではなかった。
実は、都市伝説系YouTuberの大ファンだった。
マルとマリも、やっとダニエルたちに、追いついた。
「ウリエルさんはどこ?」
そうこうしているうちに、ウリエルは病院のエレベーターに乗っていた。
「早く、早く! みんなー、こっちに乗って」
エレベーターは上に向かって移動しているようだが、重力の感覚が曖昧でどこにいるのかわからなくなる。
そんな不思議なエレベータのドアが開いた。
ウリエルに続いて全員廊下に出た。
黒須は病室に入ると、白い布団が枕までかけられたベッドを見つけ、その場に崩れ落ちた。
「なんってこった! 顔が布団で隠されているじゃねえか。遅かったか……」
黒須は、ベッドをつかんで泣き崩れた。
「ルカ! おいおい、なんて姿になってしまったんだ。嘘だろ。
この世の終わりが分かっていたなら、君ともっと楽しく過ごせばよかった。
……堕天使になって七千年、ずっと地上にいたって、今まで一度も彼女が出来たことなんかない。
女の子とパーティーに行ったり、公園でアイスクリームを食べたこともない。
遊園地は……君と下見で行ったけど、あれは業務だったし、恋愛CIAが言うようなロマンチックな時間なんてなかったし、キスもしたことない。
……目を開けてくれルカ。……君は本当に俺の天使だった。
ずっと一緒にいてくれよ。いつものように笑って、ただ一緒にいてくれるだけで……、それだけでいい。これは嘘だと言ってくれ。俺は君がいないと……愛してる」
黒須は布団にしがみついて、号泣した。
すると、後ろからトントンと、黒須の肩を叩く者がいた。
「すみません。その話どこまで続きます? ルカ先生なら、隣の部屋ですが」
振り向くと、ダニエルが立っていた。
黒須は、一瞬固まった。
「え?」
黒須は布団をめくった。
そこは虚無だった。
「なーんだ。ダニエル、早く言えよ」
「いやー、黒須先生、布団に語りかけちゃって、ついにここまで壊れたかと心配しましたよ」
「何が」
「一応、録画しときましたね。治療の参考画像になるかもしれません」
「だから何の治療だよ!」
黒須は騒ぎながら隣の病室に移動した。
病室には、点滴したままベッドに横たわるルカ。
その側には、ウリエルとマルとイワン、そしてマリとロクさんが心配そうに座っていた。
ウリエルは、黒須に向かって人差し指をたてて静かにするように伝えた。
「ルカ先輩は、天界の回復ポーションで快方に向かっています。今はただ寝ているだけです。このままいけば、翼の回復も早いでしょう」
「そうか。よかった……ルカ……」
ダニエルがそっと囁いた。
「黒須先生、さっきのセリフもう一回ここで言いましょうか?」
「あんなの、二度も言えるわけねーだろ!」
ウリエルは、ルカのベッドの周りをカーテンで隔てて、病室を作戦室のようにした。
「さて、みなさん。ハルマゲドン阻止計画について作戦会議をしましょう。
ルカ先輩は今怪我をして寝ています。そのルカ先輩は、戦わずして勝つ方法をずっと考えていました。ルカ先輩は、『戦争をする必要はない』と」
黒須はしみじみとつぶやいた。
「ああ、ルカはお花畑だった。ハルマゲドンの始まりだって、ちゃんと解決できると信じていた」
「僕は、ルカ先輩の遺志を継ぎたいっす!」
「いや、まだ死んでない」
「あ、間違った。とにかく、戦わない作戦会議です」
「生徒たちはずっとここにいて大丈夫なのか?」
「この病室は6人部屋で貸し切ったんで、ここでハルマゲドン阻止計画を話し合うには、いい場所でしょう? ベッドもありますから、疲れたらここで寝てもいいっすよー」
ウリエルは病室の端からホワイトボードを引っ張り出してきて、メモをマグネットで貼りつけた。
それは、東京中心部の地図だった。




