第34話 食事って新橋の居酒屋かよ
「バカヤロー。驚かすんじゃねぃ!」
ウリエルはセスナについていたヘッドホンを通して、黒須に話しかけた。
「いいじゃーん。脱出に一役買ったんだから褒めてくださいよー」
「褒めてやりたいが、まだだ。ルカの意識がないんだぞ。お前、後輩だろ。なんとかしろ!」
「はい! 僕は、ルカ先輩を病院に連れて行きます。だから、黒須さんは……、生徒さんたちと合流して食事でもしてください」
「いやいや、違うだろ! 飯食ってる場合か! 俺もルカといる。病院まで連れて行け」
「それ、却下します」
「何だと―?」
「生徒さんたちが不安でお腹空かせて、黒須先生を待ってるんです。それに今、黒須さんと先輩が一緒にいるところを誰かに見られたら、また攻撃されます。今度見つかったら、翼折るくらいじゃ済まないっすよ」
「お前ら……、天界のすることは地獄よりひでぇな」
「とにかく、一旦、二手に分かれるのが得策です」
黒須は傷だらけのルカを抱きかかえたまま、離れたくはなかった。
「だけどよぉ……」
ウリエルはセスナの受信機の音量をマックスにして、黒須を説得にかかった。
「ハルマゲドン阻止計画なんですがー、生徒たちが提案してくれたんです。ダニエルは友達の為に戦うと言っています! そして僕は、ハルマゲドンのプログラムを書き換えます。僕たちは本気でやりますよ。この世の終わりを止めますからっ!!」
「え、あいつらが?」
「はい、本気です。僕が地獄の四騎士のことを生徒たちに教えました。四騎士と戦うために、今はしっかり栄養を取って英気を養うんっすよ。黒須さんもそうしてください」
「あのダニエルが……、地獄の四騎士と戦う?」
「はい、ついでにロクさんもです。だから、生徒たちには……、黒須先生が必要なんです!!」
「……俺が、必要とされることなんてあるのか?」
堕天使ではあるものの、黒須は元天使だ。
必要とされる喜びに、思わず胸の奥が熱くなった。
その熱い思いに応えたくなって、黒須は決断した。
ルカの事は、一旦ウリエルに任せ、生徒たちと一緒に、この世の終わりを止めようと。
「わかった。生徒たちにめし食わせりゃいいんだろ」
「そうです。こういう役目って、僕じゃなくてやっぱ、黒須先生っしょ! 黒須先生の代わりは誰も出来ないっす。入院先が決まったら、すぐに迎えに行きますから……」
セスナの後部座席で、黒須は気を失ったままのルカを強く抱きしめた。
「もう、俺はどこにも逃げない。……離さないからな」
黒須のつぶやきが、ヘッドホンを通じて聞こえて来た。
ウリエルまで胸がキュンと痛くなった。
生徒たちにご飯を食べさせるため、黒須は学校の外に出た。
だが、生徒たちは飲食店のテーブルに寄り添いあいながら、戸惑っていた。
「僕たち、未成年なのに、こんな店入っていいのかな……」
「マルの気持ちはわかる。だけど、黒須先生が一緒だし、お酒を飲まなきゃ違法じゃないだろ」
「マルとイワンは、まだいいわよ、男子だし。女子を居酒屋に連れて来るってさぁ、教育者としてどうかと思うわ」
「でも、ここの焼き鳥、おいしいよ。マリ、つくね食べてごらんよ」
ダニエルに勧められてマリは、つくねを一口食べた。
「……、うまい。けど、ご飯が欲しくなるね」
「だよねー。うん、みそ汁と漬物も欲しいなぁ。マル、頼んでみる?」
「黒須先生に言うのはなぁー……、 あんなに酔っぱらっているから、自分たちで注文しちゃうか? このタブレットでさ、イワン」
「いいんじゃね? どうせ会計は黒須先生もちだろ?」
「ロクさんも何か注文する?」
「てやんでぃ、ここは、パ――ッとウナギでも食いましょうや!」
「ダメ。それは、贅沢すぎる。黒須先生がかわいそうよ」
「マリ姉さん、そんじゃ、あっしはマグロの中トロでいいや……」
「ロクさんって、遠慮が無いな。いいよ、めんどくさい。頼んじゃえ」
と、マルがタブレットを手にした途端、居酒屋の店長がそれを取り上げた。
「ほらよ、おにぎりもってきてやったよ。漬物とみそ汁付きだ」
「えええー! やったー! 店長さん、いいんですか?」
「大丈夫、黒須先生に請求しとくから、遠慮せずに食べな」
「ありがとうございます! じゃ……ウナギと中トロは無しだな、ロクさん」
「へい、わかりやした。何より旨えもんは、高級食材よりも人の恩ってことですな。その恩にあやかったあっしが、本当の、恩ザロックってな」
生徒たちは静かになった。
「今、気温2度くらい下がったね」
そんなことになっているとは思いもよらず、黒須は相当飲んだくれていた。
「おーい、魔王のお湯割り! おかわりー」
生徒たちが無言でご飯を食べている間、黒須は愚痴っていた。
「おれだってさー、堕天使になんかなりたくなかったんだ。上司のルシファーに『ちょっと脅かすだけでいい』って言われてよ。そしたら気がつきゃ、天界から真っ逆さまに地獄行きだ」
すると、隣で聞いていたサラリーマンが、涙ぐみながら肩を叩いた。
「わかる、わかるよー兄ちゃん! 俺も似たようなもんだ。上司にちょっと気を使っただけでさ、気がつきゃ中間管理職。板挟みよ! 天界と地獄どころじゃねえ!」
「……堕天使と中間管理職を一緒にするなよ」
黒須は苦笑いした。
そして、生徒たちはそのやりとりにクスクス笑っていた。
「黒須先生って、ほんと人間くさい」
マルがそういうと、ダニエルは否定した。
「人間臭いって言うけど、黒須先生って、本当に堕天使なんだってば、マジで」
「えー? じゃあ、ルカ先生って、魔女なの?」
ダニエルは迷いながら考え込んだ。
「それは違うと思う。たぶんその反対……」
マリが息をのんだ。
「え、天使? 先日の嵐の件、守護の天使って、あれ、マジな話?」
イワンがみそ汁をすすりながら、面白半分にふざけてみせた。
「堕天使が天使に恋した。けど、フラれたってパターン?」
「その線だと思うよ。だから面白いんだよな」
ダニエルたちが盛り上がっている横で、黒須がにらみを利かせた。
「なんか言ったかー?」
「えええっと……」
黒須は焼酎を飲みながら、真っ赤な顔でつぶやいた。
「ルカ先生は天使だ」
一瞬、居酒屋が静まったかと思ったが、
サラリーマンたちは、黒須の言葉に息をのんだ。
「おお……」
そこに、ロクさんは旨い具合に冗談を飛ばした。
「てやんでぃ、好きになったらどんな怖い女でも、天使に見えるって寸法でさ!」
サラリーマンたちは謎の共感モードで盛り上がった。
「それなー! わかるよー、ちくしょー!」
「うちの嫁もなー!」
「この黒ヤギさん、いいこと言うねー」
「ハハハ、ぬいぐるみの声が聞こえるなんて、今日は酔いが早いな」
酔っ払い同士が盛り上がっている所に、急ぎ足のウリエルが店内に入って来た。
「お待たせしましたー。エンゼルタクシーです。お客様に黒須様はいらっしゃいますかー?」
「おーい、ここだぞー。大人数だが乗れるのかー?」
「大丈夫です。では店長、飲食代は黒須先生につけといてくださーい」
「ああ、了解。いつものことなんで……」
「さあ、みなさん。乗ってくださーい。ルカ先生の所へ行きますよー」
黒須は急に酔いがさめた。
「そうだった、ルカ! ルカは生きているのかー! 早く連れていけー」
ウリエルは生徒たちにお願いした。
「安全のために、シートベルトを、……特に、黒須先生のシートベルトはしっかり装着させてくださーい。足りなかったら、ここにロープあるんで、これでグルグル巻きにしちゃってもオッケーでーす」
「了解!」
マルとイワンは黒須を押さえつけ、シートベルトを装着させたうえにロープでしっかり固定した。
エンジンがかかると、ウリエルのエンゼルタクシーは、急発進して新橋の街を走り抜けた。
「ねえ、夜の新橋を走るにしては、随分……スピード速くない?」
「キャー!! 対向車にぶつかりそう!」
「やめてー! ウリエルさんって……本当に天使? もしかして暴走族じゃないの?」
生徒たちが後部座席で震えていたが、ウリエルはお構いなしで病院へと急いだ。
「さあ、どっちでしょうねー。ヒャッホー!」




