第33話 天使規定第746条の罪と刑罰
ウリエルが白いバンを運転していると、ナビの地図画面に赤いマークが点滅した。
ルカが現在いる場所をGPSで表したのだ。
赤いマークは赤坂見附の地下鉄出入口から、ちょうど出たところだった。
「あそこにいました! あ、でも、黒須さん、今は追いかけない方がいいっすよ。先輩の後ろに天界の大物が……」
残念ながらこの堕天使、黒須は、ウリエルの言葉を最後まで聞く余裕など無い。
いきなり車の助手席から飛び出すと、赤坂見附駅まで走った。
信号が赤なんてお構いなしだ。
クラクションが鳴る車の間を縫うように黒須は走ると、ルカのところまでたどり着いた。
「おーい、ルカ! すまなかった。ゆうべ、お台場海浜公園で言ったことは本気じゃない。一緒にやろう、な、謝るから。そうだ、ウリエルの車があるからそれで逃げよう」
「はぁ? あんた、昨夜フラれてもまだ懲りていないの?」
「事情が変わった。地獄の東京室長に、俺たちが付き合っているってバレた。君の言った通りだったよ。でも逃げられる。こと座、白鳥座、……宇宙に逃げれば誰にも気づかれない」
「事情が変わっても、わたしの返事は変わらない。そもそもあんたとわたしは付き合っていないし、ハルマゲドンの始まりだって、頼る相手さえ間違えなければうまくいくはず。ちゃんと解決できる」
「誰に頼っても無駄だぁー! 相手は神だぞ。謎の行動とるし、俺たちに話しかけることも無い!」
「ええ。だからわたしから話しかけるつもり。そうすれば、きっとなんとかしてくれる」
「そんなことはない。ルカ、おまえは賢い。賢い奴がなんでそんなにバカなんだ! このお花畑がぁー!」
「……主よ、彼を許したまえ」
黒須は再び絶望した。
「そうか……それが答えか……。期待した俺がバカだったよ。やっぱり俺は、……帰るよ。家に帰って荷物をまとめて、教師もやめて、君とはおさらばだ!! 宇宙へ行ったら、きれいさっぱり君の事なんか忘れてやるからな!」
黒須は地下街と消えて行った。
そして、その一部始終を柱の陰から見ていたのは、大天使ミカエルとガブリエルだった。
大天使の目の前で繰り広げられた、ルカと黒須の口喧嘩。
信号待ちしながら、その様子を見ていたウリエルは、最悪の事態を覚悟し、思わず胸で十字をきった。
「あ~あ。黒須さん、やってくれちゃった。恋愛偏差値0を通り越してマイナスだよ。恋愛CIA もお手上げっす!」
ルカは、赤坂の恋愛CIAオフィスに入り、デスクの上を片付けていた。
そこへ、大天使ミカエルとガブリエルが音もなくやってきた。
「どうも、こんにちはー。明日もジョギングするのかな? ルカ」
「これは、これは、ミカエル上官とガブリエルさま。お疲れ様です。今日は緊急会議ですか?」
ミカエルは、受付に飾ってあった、白いバラをつんで香りを楽しんだ。
「んー、かぐわしき花だ。ルカに似ているな」
「そんな、わたしとバラでは天と地ほどの差がございます」
「美しき花には棘がある。似ているじゃないか、ルカ。で? 君は天かな? それとも地かな?」
ミカエルは冗談を言ったが、目は笑っていない。
それは、いつもより厳しい状況だという意味だ。
「ミカエル上官……」
「緊急と言えば、……残念ながら緊急だ」
ガブリエルは、ルカの前に進み出た。
「このところ、心配な情報が入って来たものだから……君は堕天使と付き合ってないか?」
「まさか、そんな……」
だが、ガブリエルは、ルカと黒須が一緒に会っている写真を4枚、デスクにばら撒いた。
ルカは驚いて叫んだ。
「なんですか、これ! 盗撮じゃないですか……。天使がこんなことをしていいんですか?」
「天使エージェントなら、盗撮くらい職務規定の範囲内だ。ルカ、君もやったことあるだろ。問題は盗撮ではない。ここに写っている状態を、どう説明するのかね。写真だけではない。いつどこで何をしていたか、裏ルートからの報告書付きだ」
ミカエルが仲間を褒めた。
「ガブリエル、君っていつも仕事は完璧だね」
「ありがとう、ミカエル」
ルカは、盗撮された写真について反論した。
「これは、潜入捜査の一部です。付き合ってなんかいません!」
だが、ガブリエルはルカを真っすぐ見ると、追及してきた。
「さっき、赤坂見附駅で、この堕天使と別れたばかりのようだったが、……それまでは付き合っていたという解釈でいいのか?」
「………」
ルカの反論は詰んだ。
ミカエルは、やさしく言った。
「ルカ。そろそろどちら側か選びなさい。天国に戻るか、それとも堕天使に堕ちるか」
ルカはミカエルの偽善的な優しさを、睨み返した。
(黒須を堕天使に堕としたのは、このミカエル上官だったって話。知らないとでも思ってる?)
ルカが反論しようと、息を吸った瞬間。
天界から7人の天使たちが吹くラッパの音がきこえた。
ガブリエルが、ミカエルを促した。
「……、あ、ハルマゲドンがはじまった。ミカエル、急ごう」
「もし黒須を抹殺できないのであれば……残念だが、ルカ、おまえは天使規定746条に違反した罪により、翼に損傷または苦痛を与える刑罰に処す」
ミカエルは両手で大きく風を切った。
「行くぞ、ミカエル!」
ガブリエルが言った直後、天界出張所のオフィス全体が炎に包まれた。
轟音とともに、ビルも街も黄金色に染めていく。
「キャーー!」
翼を折られたルカは、悲鳴をあげた。
ミカエルは強化ガラスの窓を蹴飛ばして割ると、ガブリエルとともに、都会の夜空へすーっと消えた。
赤坂の恋愛CIAオフィスから離れた場所で、様子をうかがっていたウリエルは、急いで黒須に連絡した。
黒須のスマホに、ウリエルから電話が入った。
―「赤坂の……赤坂のオフィスが燃えています!……、黒須さん? ねえ、黒須さん!」
黒須は、電話の相手がウリエルだとわかると、そっけない返事を返した。
「なんだ、お前か」
―「黒須さん! どこにいるんですかっ?」
「旅支度する前に、どっかで一杯ひっかけようかと思って……飲み屋街を歩いてる」
―「はぁ? だから、恋愛偏差値0なんですよ」
「なんだと? るっせーな! 偏差値関係ねーだろ」
―「赤坂のオフィスが燃えています!! 出火原因は、天界側か地獄側か、わからないけど……とにかく、ルカ先輩を早く助けないと!」
「バカヤロー! 早くそれを言いやがれ!」
猛スピードで赤坂に引き返した黒須は、消防署と警察署の規制線テープが張られている中、炎の現場に飛び込もうと……、
だが、警官に呼び止められた。
「あ、ビルのオーナーの方ですか? 危険です。立ち入らないでください!」
「俺が、ビルのオーナーに見えるか? 炎の中でも登って行けるぜ!」
「ちょ、ちょっと、マジでやめてください! 入ったら危ないですよ!」
景観を振りほどき、炎の階段を22階まで疾走すると、炎のオフィスの中でルカの名前を呼んだ。
「ルカ! ルカ! どこにいるんだバカヤロー! ルカ! ……ああ、神……じゃないサタン……、ああああああ!!! どっちでもいい……どっちでもいいから、ルカを助けろよー!」
瓦礫と火柱に囲まれ、黒須の胸に込み上げるのは、恐怖ではなく怒りだった。
「……ふざけやがって」
拳を握りしめ、炎の中で低く唸った。
「ハルマゲドンだと? 誰がそんな茶番を許すか……。俺は絶対に阻止する。そしてルカを……必ず助け出す!」
炎に照らされた堕天使の瞳は、決意の光でぎらりと輝いた。
ちょうどそのとき、消防隊の放水が始まった。
かっこよく決めた黒須だが、水の勢いで無残にも床に倒された。
「ちっくしょう。聖水じゃなくてよかっ。……」
黒須は、床からゆっくりと上半身を起こし、周りの状況を見て絶望した。
フロアは火の海だ。
「あぁ……消滅してしまったのか。誰だ、俺の彼女を殺したのは……、バカヤロウ!! どいつもこいつも! 」
ふと、黒須は床にまだ燃えていない白い羽が落ちていることに気づいた。
「ルカ、ルカ! 翼を折られたのか? まだどこかに……」
ミカエルが蹴って割って出て行った窓の強化ガラスには、幸いなことに防火カーテンが絡みついていた。
そこに、ちらりと白い手が見えた。
「ルカ!!」
黒須は防火カーテンに捕まっているルカを見つけると、かけ上がって窓まで近づいた。
次の瞬間だった。
物凄い爆音と爆風が起きて、ルカと黒須は窓の外へ弾き飛ばされた。
弾き飛ばされたタイミングで、黄色いセスナ機が、二人を後部座席で受け止めた。
そして、急上昇……。
赤坂のビルから火柱が上がった。
「ふーーー、間一髪!」
セスナの操縦士は、ヒューと口笛を吹いた。
後部座席にいた黒須は、それを見て驚いた。
「ウリエルか?」
「一度、やってみたかったんっすよねー。こういうの。ミッション・コンプリート! ヒュウ♪ 気持ちいいーーっ」




