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ハルマゲドン始まったってよ ~堕天使教師とマッチングしたのは天使エージェントだった~  作者: 白神ブナ


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第31話 ガブリエルの裏ルート

 気持ちのいい朝だった。

東京、皇居の周りをジョギングしている人たちの中に、ルカとウリエルの姿があった。


「先輩、朝から体力づくり、すがすがしいっすねー」


「天使エージェントなら、基本のルーティンよ」


すると、彼らの後ろからランニングウエアに身を包んで走って来た男が、ルカたちを颯爽と追い抜いていった。

天使エージェントの上司、大天使ミカエルだ。


ルカは、ミカエル見ると、慌てて彼の走りに合わせてペースをあげた。


「おはようございまーす。ミカエル上官。わたしです」


「ああ、君なのはわかっているよ、ルカ」


「あの、このタイミングで言うのもなんですけど……、実は上に報告しなければならないことがあります」


「上とは?」


「ボスというか……、神にです。ダニエル日辻が予言通りに覚醒したことで、別の案を……」


「ダニエル日辻が覚醒するのは、予定通りだろう。何を慌てている」


「はい、そうなんです。もうハルマゲドンは起こります。間違いなく」


「予定通りだ。だからどうした。来るべき日に備えて、わたしもこうして走っている」


「……来るべき日に備えて?……」


ミカエルの走るペースは速い。

彼は天界における、『戦いの大天使』だ。

ミカエルの速さで追いかけながら会話し続けていると、ルカはだんだん息が上がって来た。


「はい。でも、はぁ、はぁ、ちょっと、お待ちください。……わたしたちに、他にできることがあるのではないかと……待って、止まって話を聞いてください。上官!」


ミカエルは、やっと足を止めると、笑顔で振り向いた。


「もちろん、戦う。……、そして勝利する」


ルカは肩で息をしながら、ミカエルの意見に首を振った。


「いいえ、戦争する必要はないと思います」


「しなきゃダメだ。戦争がないと、勝てないだろ。ん? 違うか?」


ウリエルが、後ろからやっとルカに追いつくとペットボトルの水を渡した。


「はぁ、はぁ、……、やっと、追いついた。ミカエル上官、ルカ先輩は戦わずして勝つ方法があるのではないか……と、そう言いたいんです……よね」


ルカは、ウリエルの言葉に頷いた。

だが、上司にハルマゲドンを避ける方法を聞こうとしたのが、そもそも間違いだった。

この上司は戦いの大天使ミカエルなのだ。

ミカエルは、無茶なことを言い出したルカを憐みの目で見つめた。


「いいかい? ルカ。君はこの地球上でやりたいことをやり終えて、エージェントではなく、正式な天使に戻れ。天界では課長クラスの椅子を用意してある」


そして、ミカエルは再び走り始めた。


ルカは水を飲みながら、ミカエルの背中を目で追った。

そして、黒須が授業で使った言葉を、ふとつぶやいていた。


「聖戦なんて言葉は……嘘っぱちだ」


瞬間移動でミカエルが戻って来て、ルカに聞いた。


「え? 何か、言ったか?」


「いいえ、別に……」


「あ、そうそう、ルカ。言い忘れた。侵入捜査対象の堕天使黒須だが、……もう抹殺していい頃だろう。君が出来ないというのなら……、わたしがやってもいいが?」


「あ、そうでした。うっかりしておりました。ホホホ、心配には及びません。大丈夫、必ず消して見せます」


「そうか、よかった。じゃ、がんばれよー」


ミカエルは、ジョギングしながら遠くへ去って行った。



 それから数時間後。

ジョギングから戻って来たミカエルは、雲の上の天界から地上を見下ろしていた。

ミカエルのデスクには、かなりの報告書がたまっている。

大天使ガブリエルが白い翼の上にガウンを羽織って、報告にやって来た。


「ミカエル。出過ぎた行動かもしれないが、ルカが人間界で行動していることを徹底的に調べさせてもらったよ。君が出した潜入捜査の観察資料を、見直してみたんだが……」


ガブリエルは、4枚の写真をミカエルのデスクに広げた。

ルカと黒須が学校の屋上で手を握り合っている写真。

学校の準備室で、マッチングアプリしている写真。

赤坂の天界出張所に黒須がドーナツを持ってコーヒーを飲んでいる写真。

遊園地のジェットコースターで楽しんでいる写真。


ミカエルは言った。


「これは、潜入捜査の一部じゃないか。遊園地はわたしも行っていた。他の写真だって、きっと納得できるわけがあるはずだ」


「ああ、もちろんだ。ルカは最優秀エージェントだからな。でも、念には念を入れ、裏ルートを使って捜査したいんだが、いいかな」


「天界に、裏ルート? そんなものはないだろ、ガブリエル」


「そうさ、無いことになっている」



 ガブリエルは、ミカエルのいる雲から隣の曇った雨雲に移動した。

そして、天界のスマホを取り出すと、地獄の堕天使ルシファーに連絡を取った。


「わたしだ。うちの天使エージェント、ルカのことなんだが、そっちの仕事をしている可能性は?……」


堕天使ルシファーの返事は、ノーだった。


「無い? じゃあ、黒須サトルという堕天使の行動を調査した方がいいかもな。勝手なことしているかもしれないぞ……助言だけしておく」


ルシファーは不機嫌そうに返事した。


「大天使ガブリエルさんよ、それって……憐みのつもりか」


「……まさか、そういう意味じゃない。黒須は信じられないと言っているのだ。人間界に長く居たせいで……。そこはわかるだろ?

おっと、これは裏ルートだから、通信はここまでにしておく。わたしのことは信じろ。天使なんだから。それじゃ、また」


ガブリエルは、内密にルシファーとの裏ルートを持っていた。

天国と地獄とは、どっちが悪でどっちが善なのか。

この世を作った神様は「光あれと!」言った瞬間に、闇も作ってしまった。

正解は神様しかわからない。



 そのころ、黒須は青葉学院高等部、社会科準備室のパソコンで、移住先の画像検索をしていた。


「どこへ行けばいい。ハルマゲドンってのは、メギドの丘で起こるはず。じゃ、日本で最終戦争する必要はないじゃないか。日本国内で移住……、いやダメだ。もう世界中から注目され過ぎている」


黒須は地球儀をデスクから天井へ放り投げた。

地球儀は、準備室の中をプカプカと風船のように浮かんでいる。

そのまわりを、太陽系の惑星の模型も回り始めた。


「太陽系か? ああ、月ってのは盲点かもしれない。いや、ダメだ。夜、遊びに行くところがねえ」


パソコン画面を覗くと、宇宙人と美しい緑の星の画像が映っていた。


「ああ、これはいい惑星だ……、いやだめだ。こんな女は俺の好みじゃない」


黒須は、パソコン画面に映るいろんな天体写真を見て、これはダメ、あれは嫌だと、移住先を決めきれずに悩んでいた。

そのとき、

社会科準備室のドアがノックされ、教頭先生の声がした。


「黒須先生? ダニエル君たち生徒4名が図書室でまだ自習してますけど……」


「あー忘れてた。戦争の終結について調べさせてたんだった」


「もう、遅いので、鍵をかけますよ。生徒さんたちに帰宅するように言ってください」


「はいはーい。すみませんでした。今、行きまーす」


急いで、黒須は図書室に向かおうと廊下に出た。

すると、後ろにぴったりと用務員が付いて、一緒に歩き出した。

その用務員は、作業着を着たウリエルだった。


「黒須先生、お疲れ様でーす」


「うわっ! びっくりしたぁ。なんだ、ウリエルか。何の用だ、フラれた男の顏でも笑いに来たのか?」


「真面目な話。黒須さんとルカ先輩に危険が迫っています。もちろん、ダニエル君はもっと危険です」


「何の話だ。敵は地獄か? 天界か?」


「おそらく……、その両方です」


「意味がわかんねーな」


「黒須さんと、ルカ先輩はご自分で逃げられます。でも、生徒たちを巻きこむわけには行きません。僕が用務員として鍵を閉めて、このまま学校の図書室に避難させておきます」


「なんてこった! 神の計画が分からない。いつもそうだ。なぜ罪のない子供たちを巻き込むんだ」


黒須は、廊下の天井を見上げると、誰に言うわけでもなく嘆いた。


「好きで堕天使になったわけじゃない。俺はただ、神に頼まれたんだ。ちょっと知恵の木まで、道案内してやってくれって。……エデンの園でイヴにリンゴなんか食わしていない。あれはルシファーだ。俺はルシファーの下で働いていただけだ」


「黒須さん、邪悪のいやな臭いがします……」


廊下を歩きながら、黒須はまだ嘆いていた。


「神の計画だと? おい、神。聞いているのか? じゃあ、その計画、見せてくれ。……わかってるさ。人間を試しているんだろう? 試すって言ってたもんなぁ。旧約聖書の時代からずーっとだ。ヨブもノアも必要以上に試された。だがな、試すことないだろう……地球を壊してまで!」


「黒須さん! 奴らが来ました。できるだけ学校から離れてください! 僕は生徒たちを守ります!」


黒須は廊下に転がっていたサッカーボールを、思いっきり蹴とばした。


「くっそ……世界を終わらせてまで試すのか!」


黒須の怒りキックで、サッカーボールは破裂した。


―バーン!!


チャイム音が同時に鳴った。


―ピンポーン



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