第29話 上司への報告と黒須からのDM
赤坂タワービル22階、恋愛CIAオフィス。
別名、天界東京出張所。
そこに、大天使ミカエルとガブリエル、そして、課長クラスの天使たち、合計四人の天使が降臨していた。
ミカエルとガブリエルは重役用の立派な椅子に腰かけ、足を組んでいる。
「で? ルカ、伝言は受け取った。大ごとだって? 話してくれ」
ルカは緊張のあまり、顔が引きつっていた。
「大ごと……です」
ガブリエルがルカに聞いた。
「何があった?」
「あ、はい……、実は、その……」
なかなか話を切り出さないルカの態度に課長天使たちは、警戒感を抱いた。
ルカは、ゆっくりとひと言ずつ、ゆっくりと言った。
「……封印を解く者、ダニエル日辻についてです……」
大天使ガブリエルは、話を促した。
「それで?」
「……報告します。地獄が用意していた“器”は黒猫でした」
話が長くなるように感じたガブリエルは、さらに促した。
「それは知っている。前置きはいいから、早く大ごとの内容を言いなさい」
「はい。しかし、獣は狙いを外し、ダニエルが持ち歩いていた黒いヤギのぬいぐるみに憑依。
ダニエルが即座に『ロクさん』と命名したことで、魂の定着が完了しました。これは、向こう側の策略でしょうか」
大天使ガブリエルがルカに聞いて来た。
「向こう側とは?」
ルカは黙って指を下に向け、地獄という意味を示唆した。
それを見て、ガブリエルとミカエルは眉間にしわを寄せた。
「……黒ヤギだと? 本来の計画では黒猫だったはず。地獄の諜報部員からそう聞いていたが」
「正確には黒ヤギのぬいぐるみです。阻止はしました。……ですが、別の形で顕現したのです」
ルカは視線を伏せながら続けた。
「鳩となったウリエルが猫をおびき寄せ、危機は回避できました。
ですが……結果的に“ロクさん”という、落語好きの生徒による奇妙な名付けが、封印をアレンジする形になったのです」
「落語好きな生徒とは?」
ルカは一瞬とまどった。
落語好きなのは、黒須なのかダニエルなのか……
「……こ、これは、堕天使側の趣味かもしれません」
「趣味?」
ミカエルはため息をつき、額を押さえた。
「……ルカ、君はいつも“想定外”を引き寄せるな。仕事はよくできるのに」
「申し訳ありません。しかし、器が猫でなかったことは、むしろ幸運かと。
人の目に触れやすい猫より、ただのぬいぐるみの方が、監視と管理が容易です」
ルカによる説明に、ミカエルはしばし沈黙した後、わずかに口元を緩めた。
「猫かぬいぐるみかは、たいした問題ではない。いずれにせよ、ハルマゲドンはもう始まった。ダニエルは封印を解いたのだ」
「はい、あの……でも、堕天使の黒須はズル賢いですから、油断できません。……それに……ダニエル日辻が封印を解いたのではなく、これはまだ仮説ですが、他に封印を解く者がいた可能性とかは……」
「何も変わらない、ルカ」
ガブリエルがルカの仮説を遮った。
そして、ミカエルは大昔の話を始めた。
「天界で戦いがあった。文明が出来るずっと前だ。黒須たちは追放されたが、何も解決されていない」
ルカは必死に笑顔を作って、震えつつ反論してみた。
「ええ……そうでした。でも、だからって、また戦争しなくても……」
ミカエルは、ルカの顔を見てハッキリと言った。
「ルカ、君は優秀な天使エージェントだ。君の仮説には感謝しているよ。……だが、残念ながら、わたしたちは他にやるべきことがある。地球は勝手に滅びるわけじゃない。……わかるよね?」
「はい、もちろんそうです。わかっております」
「ウリエル、君はどう思う。君からの報告とルカの報告は、一致していて相違がない。
ただ、解釈が若干違うようだ。ウリエル、君はルカの言うことは正しいと思うか?」
「まだ、わかりません。でもルカ先輩の言いたいことは、ちょっとだけ理解できます。ダニエル日辻は、封印を解く破壊者なのか、ただの人間なのかは、正直に言うと……微妙なところです」
「なるほど、君の考え方は受け止めよう。しかし……ルカ。地上に長く居すぎて、人間に甘くなっているのではないか?」
「申し訳ございません」
「……減点は免れんが、君の意見は一理ある。よし、その“ロクさん”とやら、しばらく監視しておけ。次は失敗するなよ、ルカ、ウリエル」
「「御意」」
ルカは、ダニエルの人間性を主張したかったが、大天使たちには伝わらなかった。
ルカの憂いた横顔を見て、ウリエルにはそれがよくわかった。
そのあと……。
大天使たちは天界に戻り、さっそくリーダー会議を開いた。
ミカエルは、課長クラスの天使たちに向かって聞いた。
「さっきのこと、どう思う?」
「彼女は地上に長く居すぎています」
「信用するのはどうかと……」
「注意するに越したことは無いでしょう」
ミカエルは暗い表情で、小さくつぶやいた。
「やはり……そう考えた方がいいな」
ルカは赤坂のオフィスで、ぐったりしていた。
「あー、緊張した。言いたいことの半分も伝えられなかった……」
そのとき、スマホのマッチングアプリの通知音が鳴った。
《黒須さんからメッセージが届きました》
ルカは、さっそくDMを確認した。
《俺だ。DMじゃ伝えられない話がある》
ルカはすぐさま姿勢を正して、返信した。
《DMじゃ伝えられない話って何?》
《DMで伝えられないっていってるだろ。ここで聞くな》
《じゃ、どうする?》
《君の携帯番号を教えろ。もしくは俺に電話しろ》
《そんな口説き方ある?……マイナス10点!》
黒須のDMにすぐ返信しているルカを見て、ウリエルはため息をついた。
「だからぁー。ハニトラにかける計画だよね。ツンデレはやめといた方がいいと思いますよ、ルカ先輩?」
「うるさい! 余計な口出しするな!」
「ちぇっ! なんだよ。さっき上司の前で助け船を出してやったのは、僕なのに……」
また黒須のDMがきた。
《港区台場1丁目4》
《デートの誘い方に問題あり。普通は住所で誘わない》
《お台場海浜公園だよ! ググれ》
《回りくどい誘い方! 海浜公園たって広いんだから。もっと具体的に誘うべきだ!》
《たとえば?》
《自由の女神像とか、わかりやすく……》
《じゃ、そこだ。自由の女神像だ! 15分で行く!》
勝手に場所を決め、いきなり15分後と言ってDMを切った黒須に、ルカは声を荒げた。
「まったくもう! デートの誘い方、下手すぎない?」
「でも、先輩? 嬉しそうっすよ。どうします? 僕がサポートします?」
「いや、……これは、任務だ。っていうか、デートっぽいけど……任務だ。ウリエルは……裏へ回れ」
「了解! ルカ先輩、そうこなくっちゃ!」
「15分しかない。飛ぶぞ、ウリエル」
「了解!」
ルカとウリエルは翼を広げて、お台場海浜公園に向かって、夜空を飛んだ。




