第27話 第二の獣はべらんめぇ
第二の獣は黒いヤギのぬいぐるみに憑依してしまい、呼吸できずに大人しくしていた。
それだけではない。
机の中に押し込められ、なおさら身の動きが取れないままじっとしていた。
そして、放課後。
黒いヤギはやっと机の中から解放された。
教室に残っていたダニエルは、ぬいぐるみを抱きながら、親しい友人たちを前に熱を帯びた声で話しかけた。
「ねぇ、今日の世界史の授業面白かったよね」
すると、マルとイワンとマリは言った。
「ああ、戦争はなぜ起こるのかって話? 歴史に戦争の記述が多い理由もわかったね」
「ダニエルって、世界史が好きなんだ」
「うん。人間の欲がある限り、戦争はなくならないって黒須先生が言ってた。あれにはちょっと絶望しちゃったけどね」
ダニエルは、友人たちに提案した。
「だからさぁ、僕たちで新しい世界を作り直そうと思うんだ。先生が言ってたように、今の世界は不完全で、どうしようもない。僕たちがやれば新しく作り直せる。ねえ、やろうよ」
友人たちは顔を見合わせ、最初は冗談だと思って笑った。
「また中二病かよ、ダニエル」
「お前、ゲームのやりすぎじゃない?」
だがダニエルは真剣だった。机を叩き、目を光らせて続けた。
「本気だ! 僕たちならできる! この腐った世界を変えるんだ!」
イワンがダニエルにツッコミを入れた。
「でもさ、俺らにはそんな力ない。たとえあったとしても、世界を変えるって……具体的にどうすんのさ」
軽い気持ちでマルは模範的回答をした。
「大人になって選挙に立候補して、国会議員になるとか? あるいは有名大学を出て官僚になるとか?」
マリは肩をすぼめて呆れかえった。
「そこに到達するまで何年かかるのよ。ダニエルが言いたいのは、今変えたいっていう意味じゃないかしら」
マリの意見に、ダニエルは大まじめな顔で、また机を叩いて主張した。
「そうだよ。マリの言う通り。今変えたんだ。何年も先の話じゃない。今、世の中を変える……。この世をいったん終わらせて、僕らで新しく作り直すんだ!」
次第に友人たちの笑いは引きつり、冷ややかな空気が漂いはじめた。
「なんだか、ダニエル、怖いぞ。いつものダニエルじゃない」
「この世をいったん終わらせてって……ごめん、ちょっと付き合いきれない。僕はもう帰るわ」
「俺も、部活無いし帰ろ―っと」
「ねえ、ダニエルくん、最近マジで変よ。こんなのちっとも楽しくない」
ダニエルは、黒いヤギのぬいぐるみを抱きながら、友人たちを説得した。
「僕が世界を創り直す! 僕が世界を支配したら、マルにはアメリカ大陸をやる。イワンにはユーラシア大陸。マリにはオーストラリアをやる」
「ダニエル、お前、何様のつもりだよ? じゃあ、お前はどこを支配するんだ」
マルが不機嫌に言うと、黒いヤギのぬいぐるみの目が赤く光った。
「僕は……、ここにいる。日本にいる」
「わたしだって日本がいいわ。日本はダニエルひとりのものじゃないでしょ!!」
「うるさい! 気に入らないなら帰ればいいさ! 僕は、あっちの世界から来る新しい四人の友達と一緒に、世界を変えるから」
「はぁ? なんだそれ。ふぅーん、そっか……帰ろ。マリ、イワン。新しい友達が来るんだってさ」
「おい、今、ぬいぐるみの目が赤く光らなかった?」
「うん、イワン。僕も見たよ。その不気味なぬいぐるみと一緒なら、新しい友達はさぞ喜ぶだろよ」
「わたしも見たわ……、なにこれ気持悪っ!」
そのときだった。
獣が憑依した黒いヤギのぬいぐるみは喋り出した。
「へい、旦那! あっしはロクさんでぃ! これから地獄の使いとしてよぉ、アンタにくっついていくって寸法でさぁ!」
「え……、聞いたか? 今、ぬいぐるみ喋ったよな」
「ああ、でも、なんで、江戸っ子言葉なの?」
「落語家みたい。全然、地獄の使いっぽくない」
喋り出したロクさんに、ダニエルは興奮して大喜びだった。
「ほら見ろ! 僕のロクさんがしゃべった!」
しかし、友達はドン引きだった。
「……なんかちょっと、気味悪いよ」
「やっぱ帰るわ」
と、友達はダニエルと距離を置いた。
ロクさんは空気を読まずに、妙に人情味あふれる江戸っ子口調で、場を盛り上げようと一生懸命だった。
「なんでぃ、なんでぃ、なんでぃ! そんなつれねぇこと言わねぇでよ。こちとら地獄からわざわざ来てんだぜ? ハルマゲドンの一席、聞いていかねぇか?」
ロクさんがハルマゲドンと言い出したことは、友人たちの恐怖に拍車をかけた。
窓の外は黒い雲がたちこめ、教室は薄っすら暗くなってきた。
「なんか、雨が降りそうだぞ。早く帰ろうぜ」
「うん、なんか遠くでゴロゴロと雷がなってる……ハルマゲドンって何だよ」
「やばくない? 早く帰りましょう。なんだかわからないけど、カツ丼もハルマゲ丼もいらないわ」
ダニエルは、友達が帰ろうとするのを止めた。
「待て! 僕の話を聞け! 世界を作り直すことに賛成しろよっ!」
だが、マルたちは次々にカバンを持つと、教室から去っていった。
教室の中、ダニエルに残されたのは、ぬいぐるみのロクさんだけだった。
「……なんでだよ。僕は間違ってない……! うわーーーっ! 地獄から来るんだよ、新しい友達が……、四人の騎士たち! 僕の元に来る。ここに集え。僕はここにいるから! ここに集え!!」
ダニエルは机にすがり、声を震わせた
彼は友達が離れていくことに耐えられず、ついに声をあげて泣き出した。
その瞬間、空が暗転し、突風が吹き荒れ、校舎の窓ががたがたと震えた。
ダニエルの涙がトリガーとなって天候が荒れ、雷鳴と嵐が吹き荒れはじめた。
そして、ロクさんは叫んだ。
「おいおい、空が真っ暗じゃねえか! カミナリ様の登場だ、こりゃ。へい、らっしゃい!」
ダニエルは友達に置き去りにされた悲しみで、偽の救世主へと覚醒しようとしていた。
しだいに体が宙に浮き、ダニエルの目も不気味な赤に変わった。
マルたちが昇降口で靴を履いていると、黒須とルカに出会った。
「おーい、お前たちまだ残ってたのか。天候が荒れるぞ、早く帰りなさい」
「黒須先生! ダニエルがおかしなことを言うんです。気持ち悪くて……」
「なんだって? 丸山。今、ダニエルは教室か?」
「はい」
「ぬいぐるみがしゃべったんです。赤い目をして……」
「あんなダニエル、怖くて嫌。地獄から新しい友達を呼ぶなんて言ってるし」
ルカは黒須の顏を見つめて、恐々確認した。
「はじまったの?」
「ああ。世界の終わりへようこそ」
黒須は、すぐさま教室へ向かって走り出した。
そして、ルカは生徒たちの安全を確保した。
「大丈夫よ、心配しないで。あなたたちが安全に帰れるように守護の天使を送ります」
「ルカ先生? 守護の天使って実在するの?」
「あら、実在するわよ。わたしの一番弟子、ウリエルって少年天使は優秀なんだから」
そう言うと、ルカは小声でウリエルに指令を出した。
「生徒たちの安全を確保せよ」
―「了解。僕の翼で嵐から守りまーす」
ウリエルは青い髪をふわりとさせると、白い翼を広げて降り立ち、生徒たちに挨拶した。
「ちーーっす。ウリエルでーす。これから君たちを守りまーす」
マルとイワン、そしてマリは叫んだ。
「「「チャラっ!」」」
そのころ地獄では……。
ハエの紳士が苦虫を嚙み潰したような顔していた。
部下が報告した。
「報告! 第二の獣、覚醒しました。が……なぜか口調が江戸落語風に!」
「なにぃ!? 黒須の仕業か!」
「ハルマゲドンの獣が……“江戸前のぬいぐるみ”になっちゃいまして……」
「第二の獣が落語キャラ化だと⁉ 黒猫の予定じゃなかったのか?」
「これは、天界も予想つかない展開……なーんちゃって」
「くだらないダジャレやめろ!! おれはダジャレが大っ嫌いだ」
くだらないダジャレを言った悪魔は、その場で炎に包まれて消された。
「ぎゃーーー!!!」
「……ちっ! 黒須め。あいつ、なにを企んでおる……」
悪魔たちは、ハエの紳士の前で震えあがっていた。
一方、天界のミカエルは東京を見下ろしながら、余裕の表情だった。
ウリエルはマルたちを翼で守りながら、ミカエルに連絡をした。
―「ミカエル上官、一大事です。獣が目覚めました! ……それもヤギのぬいぐるみになって。ついでに、べらんめえ言葉っす。……それから、ダニエルは覚醒したようです。地獄の四騎士を呼ぶと言ってるらしいっす」
「うん、計画通りだ。嵐も雷も、台本どおり進んでいる。問題ない。」
ウリエルは上司に面と向かって反論はしない。
「御意」
だが、内心は違った。
(……ほんとに問題ないんっすか? 神の計画にしては、めっちゃぶっ飛んでるんですけど?)




