第18話 褒めて!僕の諜報活動(ウリエルSIDE)
ルカが黒須による世界史の授業を聞いていたころ、ウリエルはダニエル日辻の家庭訪問をしていた。
正確には、諜報活動と言うが……。
「すみませーん! お宅の水道工事に来ましたぁ!」
玄関のチャイム音と同時に元気すぎる声が、日辻家のドア越しに響いた。
玄関を開けたダニエルの母は、金髪をひとつに束ね、怪訝そうな視線を少年に向けた。
「水道工事? 予約? シテイマセン……」
「水道の安全点検で……、只今絶賛サービス期間中なんです! あ、もしよかったら、今なら無料で家庭教師もやってますけど!?」
「……オー、You、ダレデスカ……ナニ仕事?」
突拍子もない二択に、ダニエルの母は呆気にとられたが、「家庭教師」という言葉に目を細めた。
「僕、水道工事しながら、かけもちバイトで家庭教師やってるんでーす」
「家庭教師……オー、ソー・グッド。デモ、アナタ、トテモ若くミエマス。ワタシの息子と同じの歳デスカ?……」
「アッハァー! 童顔なんで……、よく間違われるんです。僕、大学生です」
「オー、大学生。……イイね、ナイス・タイミング。ワタシの息子、日本語ノ作文でクルシンデイマス」
「お任せください。僕は大学の文学部英文学科で、日本語も英語も両方ペラペラでーす」
こうして、ウリエルは不自然ではあったが、なんとか日辻家に潜り込むことに成功した。
そして、さっそくダニエル日辻の情報収集を開始した。
ダニエルの部屋はどこかとウロウロしていると、奥様に注意された。
「ヘイ! 水道屋サン。息子の部屋に、水道はナイデス。その部屋は見なくて大丈夫デス……」
「あ、ああ、そうですね。いや、そうじゃなくて……家庭教師として、息子さんがどんな参考書やどんな本を読んでいるのか把握しときたいんで……入っていいですか?」
「オー、イエス。ダニエル、知ってもらう。大切ね。ドウゾ……」
ダニエルの部屋に通されると、そこは奇妙な世界だった。
壁には逆さ十字のポスター、机の上には黒いロウソクと動物の骨らしきもの、そして「悪魔召喚マニュアル(自作)」と書かれた分厚いノートが置かれていた。
「うわ……自己流すぎるっ」
ウリエルは心の中で苦笑いした。
ダニエルの母と会話を重ねるうちに、少しずつ事情が見えてきた。
ダニエルの父親は日本人で公官庁に勤めていて、母は英国人。
小学生時代をロンドンで過ごし、そこで変な悪魔崇拝サークルにかぶれた。
帰国後、日本の高校に馴染めず、気味悪がられて引きこもりになってしまい、思い切って転校したという。
しかし話を聞けば聞くほど、根は真面目で紳士的に教育された少年のようにウリエルは感じた。
悪魔崇拝も、実際はただの趣味の延長で、孤独を埋めるための儀式とウリエルは見ていた。
だが、一か所だけ空気が淀んでいる。
部屋を一通り見てから、急に足元に違和感を持った。
(部屋の中央にある丸いラグの存在がどうも気になる)
ウリエルは、丸いラグを思い切って裏返してみた。
そこには魔法陣が描かれていた。
(マジで、悪魔召喚してたのか……。うっ、邪悪な臭いがする!)
慌ててラグを元通りに戻した。
「水道屋サーン、いかがですかぁ? 紅茶でも飲みませんかぁ……」
ダニエルの母が部屋を覗きに来た。
「あ、どーも。お気遣いなく……」
「オー、アナタ、汗ビッショリ。エアコン、つけますね」
「だ、大丈夫です。ハハハ! つい一生懸命なっちゃって……」
「ダニエルは、日本で友達出来なくて……、水道屋サンのお兄さん、いるといいデス」
「はい、いるといいですね」
「ヘイ、ユーの事ネ!」
「あはっ! そうだった。僕ならいつでも……」
そう言ってウリエルは、全身に冷や汗を吹き出したのを笑ってごまかした。
その日のうちに、ウリエルはルカに報告をあげた。
赤坂の恋愛CIAオフィスから、ルカのイヤホンに通信した。
―「で、結論から言うと、あの子は悪いヤツじゃないと思います。ただ、友達ゼロでちょっとズレてるだけ。ところがですねー、ド素人のくせして、下手な悪魔召喚して邪悪なものを呼びやすい体質になっているんすよ」
「そう……」
ルカは、意外そうに目を細めた。
―「うん。まあ、部屋はちょっと怖いけどね」
「……なるほどね、ちょっと同情する」
その言葉に、ウリエルの声が一瞬だけこわばった。
―「え? 先輩、あいつに同情なんかしちゃうんですか?」
「だって孤独なんでしょ。放っとけない……」
―「……うーん。ルカ先輩の心に刺さっちゃったかぁ。正直に報告しなきゃよかった」
「何、拗ねてるの。ウリエルは天使でしょ、正直に報告するのは当然よ」
―「はーい。僕らは嘘がつけませーん」
「ウリエル……。家庭訪問、よくやった。今日は早めにオフィスに戻るから」
―「はい! お待ちしてます!」
夜、ルカが赤坂の恋愛CIAオフィスに戻ると、机の上のコーヒーカップには、なぜか「世界一の先輩」と手書きされたマグが置かれていた。
ウリエルが真っ白いマグカップにマジックで書いたらしい。
「ウリエル……、これ……」
「別に。深い意味はないっス」
ウリエルの耳は、何故かほんのり赤くなっていた。
「君は、世界一の後輩よ」
そう言ってルカがウィンクすると、ウリエルの顏は甘く崩れた。




