第14話 転校生、チョコレートと共に降臨す
私立青葉学院高等部、朝のチャイムが鳴ると足音が廊下に響いた。
カツ……カツ……カツ……
廊下の向こうから、規則的な足音が近づいてくる。
どうやら、足音は三人だ。
1年G組の教室のドアをガラリと開けて、黒須が入って来ると、生徒たちは静まり返った。
続いて、教育実習生のルカが入って来る。
その後ろにもう一人。
見たことも無い転校生らしき少年が続いて入って来た。
G組担任の黒須が教壇に立った。
「えー、みんな、おはよう。えーと、今日からこのクラスに転校生が入る。日辻ダニエル君だ」
横にいた少年に黒須は軽く促した。
「日辻くん、簡単に自己紹介できるかな」
「はい、仰せの通りに」
立っていた転校生は、メガネをかけていて、そこから覗く目はどこか幼さが残っている。
髪はブロンドだが、どこか日本人らしさを感じる顔立ちをしていた。
肌は白いというより青白い。
そして、彼は胸ポケットから、一枚の板チョコを取り出した。
「…………日辻……ダニエルです。これは名簿上の名前で、どっちかというとダニエル日辻と呼ばれることが多いので、そっちの呼びかたで…………よろしくお願いします
教室内に奇妙な沈黙が流れた。
生徒たちはザワザワしはじめた。
「え、え? いま“ひつじ”って……?」
「羊?」
「ダニエルってハーフか?」
「なんで板チョコを出したのに、黒須先生は注意しないの?」
「校則違反じゃん」
「お菓子持って挨拶する転校生なんて、いる?」
ルカは、教室の後ろに立って、クラスの異様な空気を感じ取っていた。
(この気配……! まずい。生徒たちがダニエル日辻のオーラに反応してる……! やはり、この子が“封印を解く者”!? っていうか、なんで板チョコ持ってんだよ!?)
黒須は、笑顔を引きつらせながら声をかけた。
「え、えーと……ダニエルくんは、お父さんが日本人、お母さんがイギリス人で、ずっとイギリスで生活していた。だよな」
「はい」
一時間前、ルカは黒須から話は聞いていた。
社会科準備室で、テキストが入った箱を開けながら黒須はぼやいた。
「昨夜さぁ、なんだかゾクゾクして眠れなかったんだよな。嫌な悪寒が走ってさ」
「堕天使のくせに?」
「堕天使だって悪寒ぐらい走るさ。で、ふと気が付くと、知らない部屋にいたんだ。
机の上にはロウソクと箱に入ったチョコレートが置かれていた」
「何? 飲み過ぎたんじゃないの?」
「ん? 違う。召喚された。チョコが供えられていて、それはたぶん俺にだ。だって、その箱、魔界経由だった。メイド・イン・ヘルって書いてあった」
「堕天使を召喚する儀式にチョコレート? 初めて聞くわ」
「俺も、可笑しいと思ってさ、手にしたチョコレートの先を見ると、突然現れた俺を見て驚いている少年がいたんだ。
『ちょ、お前、召喚儀式で俺を呼んだのか!? お前、ど素人だろ。本物の霊能者じゃないな。たまたま来たのが俺だからいいようなものの……他の奴だったら危なかったぞ……わかってんのか!?』
すると少年は言った。
『はい?! 本当に出たんだ。……師よ。怒ってらっしゃるのですか? ど、どうか、心穏やかに……』
『師よ? まあ、師っていえば師だが、……教師な。え、これ……崇拝されてるってこと?
俺……? んんー、崇拝されるなんて何百年ぶりだろう……。学校じゃ誰も崇拝しないし』
『学校? 明日、学校に行きます! 今まで家に引きこもっていたけど、師がいるなら、学校に行きます!』
『引きこもりなのか? お前……』
『はい、いろいろと……人間が嫌いで……』
『はぁーん……おもしれえ。絶対、学校行け。どこの学校か知らないが、お前の居場所は必ずある』
『はいっ! 明日から、青葉学院高等部に行きます! どうぞ見守ってくださいっ!』
『あああーん? 青葉学院高等部だとぉ? お前誰だ? ひょっとしてダニエル日辻か?』
『どうして僕の名前を……、やっぱり、本物の悪魔だ。よっしゃー!やったぁー!』
『正確には堕天使だが……。まあその辺はどっちでもいい。もうお遊びで悪魔召喚なんかするんじゃないぞ。魔界のエネルギーに憑りつかれるぞ。いいか、召喚はこれっきりだ。わかったな!!』
『はい、師よ』
ってなことがあったわけよ」
ルカは臨場感あふれる黒須劇場に聞き入ってしまい、思わず拍手した。
「すばらしい演技力。感動の教育ストーリーだった」
「おい、君。俺のこと、バカにしている?」
――そして、現在。
話を聞いたルカは、教室で自己紹介をしたダニエルを見て分かった。
悪魔崇拝の儀式はまだ続いている。
生徒たちのざわめきを鎮めようと、ルカは生徒たちに変わって黒須に質問した。
「黒須先生、勉強に必要のないお菓子……チョコをお預かりしましょうか? それとも黒須先生から注意します?」
転校生ダニエルはルカの声を無視して続けた。
「これは…………"地獄の炎の導き手、黒き教師様"に…………」
教室は、再び凍りついた。
黒須の目は死んだ。
つまり、肉体の目が死にそうなくらい絶望した。
「おいおいおいおい、ちょっとやめろ!! なんで俺が悪魔の二つ名みたいなのつけられてんだよ!?」
ルカは心の中で叫んだ。
(だって、そもそもあんた、堕天使じゃん。ただの教師じゃないから……あの子から崇拝されるレベルの、"地獄の炎の導き手、黒き教師? ぴったりじゃん)
ダニエルは、板チョコをそっと黒須の教壇に置いた。
「これは……本日の捧げものです……。召喚の際に必要な……血糖値の安定を……」
「いや気遣いしてくんな! てか、普通の板チョコ!!」
ルカは心で再び叫んだ
(まさかの……栄養面配慮かっ!?)
こうしてダニエル日辻という転校生は、黒須のクラスにやってきた。
そのころ、学校の屋上では、ルカの部下、IT・情報諜報担当の少年天使ウリエルが分析していた……。
彼はいつものように、ルカ先輩の任務ログをチェック。
(……ふふ。ルカ先輩、今日も任務完了率100%。さっすがー♪ あの黒須とかいうポンコツ教師と組まされても、ちゃんと仕事しているんだから……すごいなあ、ルカ先輩は……)
だが、そのとき。突如、通信ログに新しいタグが表示される。
「エンジェルID:RUKA ⇄ 転校生 DANIEL HITSUJI」
ウリエルの顔色が変わった。
「……は? ルカ先輩が……あの"転校生"と接触? しかも、“笑顔マーク”ついてる!?」
それは、天界ログの感情タグである。
さらに解析を進めると、ルカの記録に以下の一文を見つけた。
《「ダニエルくん、悪い子じゃないかもしれない……」》
ウリエルは、ぷいっとそっぽを向いた。
「はぁ?!……ちょっと見ない間に、あの転校生、懐いてる?……。てか、笑顔タグって、僕と通信するときは付かなかったよね……?」
パソコンのマウスをカチカチ、激しくクリックしながら、顔はむっつりしていた。
「あーもう。どうせ僕なんか、ただの“天界の諜報ツール係”ですよーだ……。ルカ先輩には、ああいう陰キャで謎めいたやつのほうが刺さるんだ……」
昼休み時間になった。
ルカは黒須と、ダニエル日辻について話していた。
「あの子の……悪魔召喚って素人ですよ。黒須先生、崇拝されて喜んでます?」
周りにいた先生たちが、ルカの言葉に驚いて黒須のほうを見た。
「おい、声が大きい。悪魔とか、ここで言うなよ」
「すみません……。ダニエルがそんなことする転校生だなんて、心配です。ちょっと家庭訪問をした方がいいんじゃないですか?」
「ああー、俺の方は業務がいっぱいで、そこまで手が回らん」
「じゃあ、わたしが行ってみます。住所教えてください」
すると、ルカのイヤホンにウリエルが通信で割り込んできた。
―「……それ、僕が行きます。単独で。」
「え? でも……」
―「今後の脅威管理上、僕のほうがいいっすよ。潜入は得意ですし。ルカ先輩、別の任務ありますよね?
それに……そんな転校生なんかに、あんまり関わってもしょうがないですし!」
「ウリエル、なんだか怒ってない? 嫉妬……してる?」
黒須は不思議そうにルカを眺めていた。
「君、誰と話してんの?」
「あ、いいえ……こ、これは、大きな独り言……」
「俺がぁ? 誰に嫉妬してるってんだ? 別に問題ないよ、君がダニエルの家庭訪問しても。どうぞ、どうぞ。俺は嫉妬なんてしないよ……少ししか」
(結局するんじゃん! ウリエルも黒須もめんどくさっ!)




