第13話 学校の屋上で密談を
学園恋愛ドラマの告白シーンと言えば、学校の屋上がよく使われる。
この日、黒須とルカは授業のない時間を狙って、二人で屋上にいた。
心地よい風が吹き抜ける。
黒須は手すりにもたれ、空を見上げていた。
ルカは内心ドキドキしながら、黒須に近づいた。
(まさか……まさかとは思うけど、告白じゃないよね? いやでも、あの《一度だけなら考えます》って返信……誤解されてる? ならば、誤解を解かなければ……)
「……話って、何?」
ルカの問いかけに、黒須は真顔で答えた。
「世界が終わる」
「は?」
(告白じゃない? そんなことより、こいつもハルマゲドンが始まることを知っているのか。いや、待て。黒須流のギャグかもしれない……)
「マジでヤバいんだ。今度来る転校生……ダニエル日辻。彼が“神の巻物の封印を解く者”かもしれない」
(うわぁ、マジな話かぁ。ちっ! ん? 何わたし……残念がってしまった……?)
「だから、おれと手を組んでほしい」
「……ちょっと待って。世界が終わるとか、手を組むとか、いきなり何言ってるの。って、いうか、“告白”……じゃ、ないの?」
「え? 告白? 誰が? 誰に?」
ルカはあわてて目をそらした。
「なんでもないッ!」
黒須は、ちょっと真剣に考えていたが、やがてポンと手を打った。
「はっはぁー、そうか! マッチングアプリのDMだったから、勘違いされたか……。なるほど、……“俺と手を組まないか”の言い方がマズかった……。“チームを組まないか”の方が良かった? “バディになってくれ”とか?」
(……この堕天使、恋愛に関しては本当にポンコツ……! マッチングアプリじゃない連絡先を聞けばいい話じゃない…聞かれても教えないけど。学校の屋上というシチュエーションで、なんで世界の終わりについて語り合わなきゃいけないんだよっ!)
「単刀直入に言う!」
(来たかっ!)
「世界が終わるのを、防ぎたい。……協力してくれ」
(あぁ、終わったぁーー。やっぱ、ホントにそっちなんだ)
ルカの恋愛エナジーは急に低下した。
急低下したルカは腹が決まった。
こうなったら切り替えて、真面目に天使エージェントとして、黒須と向き合うことにした。
「……わたしは天使だ。堕天使に肩入れするつもりはない」
「……だよな。まあ、普通はそう思うよな」
黒須は肩を落として、ルカに背を向けた。
また風が吹きぬけて行く。
その風に乗って、校庭の喧騒が遠く聞こえてくる。
体育の授業だろうか。
「世界が終われば、この子供たちの声も聞こえなくなる……」
黒須は寂しそうにつぶやいた。
ルカは、その声にぐらっときそうな自分に抗った。
「仮に、助けたいと思っても……助けられない。神の計画に逆らうことはできない。天使だから……」
黒須は振り向いて笑った。
「じゃあ、こうだったらどうする?」
黒須はルカの目を真っすぐ見た。
「世界が終わるのが、神の計画じゃなかったとしたら? 考えてみろ、無慈悲じゃないか。何万、何億人もの命が消えるかもしれないんだぞ。これが、悪魔の計画ならどうだ?」
ルカは、息をのんだ。
確かに大勢の人間が消えるなんて、無慈悲だ。
ハルマゲドンは悪魔の計画と言えなくもない。
黒須は続けた。
「わからんだろう。転校生がやって来るのが、天の計画なのか、悪魔の計画なのか。ルカの所にもミッションがきたんだろ? 俺を妨害するのも、神の計画の一部かもしれないぞ」
黙示録によると、封印を解く者は禍を呼ぶ。
転校生が来たら、“見極める”だけでは終わらないかもしれない。
ルカは混乱していた。
「でも、あんたは堕天使だわ。神にそむいて反乱を起こした。でしょ? わたしはよく覚えている」
「え?……そうなの? ってことは、俺が君を消さなかったことも……覚えているのか?」
「うっ……、そっちこそ、やっぱり覚えてたんだ! あの日、わたしはあんたに情けをかけられた。それが天使エージェントとして唯一の汚点。あの反乱のさなか、あんたはわたしを見逃した。『消す価値がない』と言ってね」
「おっと、待ってくれ。勘違いしているようだな。これだけは訂正させてくれ」
「何?」
「俺は、神に『ちょっと暴れてきてくれ』と言われただけだ。誰も殺しちゃいない」
「嘘。ミカエル上官はルシファーを踏みつけて剣で……」
「それ、それ! それだが……ミカエルとその使いたちとが、竜に戦いを挑んだ。いいか?俺たちじゃない。ミカエルが先に手を出したんだ。神の計画が、そうさせた」
「天の戦い……って、そういうことだったっけ?」
「そうだよ。ヨハネの黙示録と旧約聖書は微妙に違う。俺はちょっと暴れて来てくれって神に言われただけ。そしたら、地に堕とされたんだ。悪魔になりたかったわけじゃない。それも神の計画ってやつだよ」
「信じられない……。でも、わたしを価値がないと愚弄した」
「俺が君に言ったのは、『消す価値がない』じゃない。『消す必要はない』だ……そうだろ? もともと戦うつもりなんてなかったんだから」
「『消す価値はない』と言ったわ」
「んんーー……そうかもしれないなぁ。そう言ったかもしれないが……」
「ええええ! 記憶が曖昧なの? そこ、重要なところなのにぃ? 覚えていないの?」
「とにかく……最初から、反乱軍の戦いなんてなかったんだ。あの大天使ミカエルが剣を振りかざして、俺たちを倒している絵があるだろ? あれは、何世紀もあとに人間が描いたもんだが、あんな風に先制攻撃したのはミカエルだ。俺が言うのも変だが、ちゃんと聖書を読んでみろ!」
ルカは茫然とした。
そう言われてみると、旧約聖書には、ミカエルが堕天使を追放したという直接的な記述はない。
“ルシファーは元々最も美しい大天使であり、神に反逆したために天から追放され、堕天使となった”
とだけ、書かれている。
「じゃ、ヨハネの黙示録に書いてあることは何?」
「ヨハネの黙示録は、イエスの使徒ヨハネが見た幻視だろ? だって本人が幻視だと書いてある。それを書き留めたものだ。もしかしたら、幻視で見た物って、映画のワンシーンだったかもしれないぜ。ハハハハハ……」
ルカもつられて笑ってしまった。
「ハハハ、なぁーんだ、そうかぁ! って、違うっ! 笑えない。……笑うとこじゃない」
冗談を飛ばし過ぎたことを、黒須は反省した。
「悪かった。だから、転校生が封印を解くって話なんだが、それが神の計画か悪魔の計画か、そんなの誰にもわからん。ってことはだ、……俺が君に邪魔されるのも、神の計画のうちかもな」
「……!」
「“悪魔の計画”なら、それを妨害するってのは、ありだろ。だって、君は天使なんだから」
ルカは絶句した。
(……この男、ほんとに天然なのか、それとも底が見えないだけなのか……)
「……わたしは、最優秀天使エージェントよ。あんたの口車に乗せられるほど、バカじゃない」
「じゃあ、信じなくてもいい、別に。俺は……」
黒須は空を見上げた。
「俺は、ダニエル日辻を“普通の生徒”として育てる。それが、たとえ神にも悪魔にも逆らうことになったとしてもな」
(普通って……何? こいつ、ダニエル日辻を“教育”するつもりなの? それで……ハルマゲドンを回避するつもりか?)
「まあ……なんか、告白だと思って来てくれたのなら、悪かった」
「別に、思ってないし。思うわけないじゃん」
黒須は、ルカに真剣に頼み込んだ。
「そうか、それならよかった」
「はぁ? よれならよかっただと? マッチングしたんだから少しは残念がれ!」
「悪かった。ゴメン、とても残念だよ。ああ、いいなぁ。強く叱る女の子って可愛いよなぁ……ルカ、頼む。君だけが頼りだ」
(……この“君だけが頼り”って、普通の女子なら堕ちるやつ……でも、頼んでいる内容が“世界の終末”って……! 内容が重すぎるっ)
黒須はわざとルカに邪魔させようと、邪魔したくなるような言い方をしてきた。
「考えてごらん? 転校生のダニエル日辻は、邪悪な者の影響力の元で教育を受けることになる。つまり、俺の元でな。邪悪な俺に失敗させようとするやつがいたら……最悪だよなぁ。君に邪魔されたらさぁ……、めっちゃ困るよ。ダニエル日辻は人間らしく育ってしまうからな」
「誘導してる? 邪悪な者の影響を受けないように、わたしがダニエルを人間らしく教育しろっていうこと……? 例えば、友情とか、恋愛とか……」
「いや、恋愛はない。……でも、それも含めて“教育”か……? あぁ、それもいいな」
黒須は真剣に考え始めた。
(いやいや、恋愛は否定していいんだよ。合っている。でも、こいつが言うのも一理あるか。勉強だけが教育ではない)
ルカは黒須の言う計画に乗った。
「そうね、その解釈はいいかも……。あんたを邪魔することなら、天界も反対できない」
「ああ、それがいい。神様はきっと……お喜びになるぜ」
黒須は手を差し出した。
ルカはその手を恐る恐る握った。
こうして、ルカは堕天使と手を組むことになった。
創世記以来、最強の迷コンビ誕生である。
「……ちょっと、いつまで握ってんの。もう離せ!」
「あ、ああ、そうか。ごめん」
慌てて手をひっこめた黒須の顏は、赤かった。
ルカに怒られると、なぜか嬉しいドMな堕天使黒須だった。




